第13話 復活の兆し


 はっとして目が覚めた。気がつけばウトウトと意識を失っていたのだが、急にぱっと目が覚めたのだ。何かが心を騒がせている。それが何かはわからないけれど、寝ている場合じゃない。そんな思いに駆られていた。

 起き上がれば、先ほどと変わらない。機械と本に埋もれた部屋の中にいて、首を回せばエメラルド色の髪をした女性がせっせと薬を作っていた。急に起き上がった少女に気がついて、小鬼の声が響いた。

「どうした、嬢ちゃん? 急に起き上がって大丈夫か?」

 その言葉に、声をかけられた少女、ヨウサは不安げに周りを見渡し、窓を探した。外を見れば相変わらず不気味な空模様、昼にしてはいやに暗い嫌な天気だ。しかし――

 ヨウサは唐突とうとつに立ち上がると、その窓に近付いた。急に動き出すものだから、薬作りにいそしんでいたリサがはっとして顔を上げる。

「あ、ヨウサちゃん、無理しちゃ駄目よ、まだ身体が……」

 言いかけて近付いてくる女性に、ヨウサは振り向きもせず窓の外を見上げていた。

「――空が……」

 その言葉に、リサもキショウも窓の外を見る。厚く黒い雲に裂け目ができていた。そこから、明るい日差しが地面めがけて一直線に射していた。

「光が……射してる……」

 ヨウサの言葉にリサとキショウは目を見合わせて、ぱちくりとまばたきしあっていた。

「これはもしかして……」

と、キショウはその遠くの空を見つめながらつぶやいた。






 やけに身体が暖かい。全身がズキズキと痛んでいた感覚を思い出して恐る恐る腕を動かすが、痛みがない。そっとまぶたを開けば、暗いはずの空間にうっすらと白い明かりがホタルのように浮かび、下から上へと舞い上がっていく。

 しばらくその光を見ていたが、その光の向こうに、横たわっている青い頭の少年が見えた。それが弟のシンジだと気がつくと、思わずシンはがばっと起き上がっていた。すぐに駆け寄って、弟の肩をゆさぶる。

「シンジ……? シンジ……! 大丈夫だべか!?」

 先程の戦闘を思い返し、無事であるはずがないと思った。それはシン自身もなのだが、今は目の前の弟のことで頭がいっぱいだった。勢いよくゆさぶれば、まゆをしかめ、シンジは首を振った。

「いたた……そんなにゆさぶらなくても起きるって…………はっ、シン!? 無事!?」

 シンと同じことを思ったのだろう。起こしてくれたのが兄だと気がついた途端とたん、シンジも勢い良く起き上がり、兄の様子をきょろきょろと確認し始めた。その様子に思わずシンが吹き出した。

「ぷっ……なんだか、オラ達同じことしてるだな……」

「へ? ……あ、ああ〜……そうだね、てかお互い無事だね」

と、二人はお互いの無事を確認しあって、思わず笑いだした。しかしすぐに笑いが治まると、はたと思い出して双子はポケットをまさぐった。指先には粉のような光る粒があった。ガイからもらった光の結晶石の残骸ざんがいだった。結晶石はくだけてその働きを終えていた。

「粉々だべな……。これのおかげ……だべか?」

「そっか、きっとあの最後の封印の時、僕達死にそうなくらいの大怪我受けたんだよ。あのペルソナの魔物、思いっきりぶつかったものね」

 シンジの言葉に、シンが急に何かを思い出したように周りを見回しだした。

 薄暗い空間に、くだけた床や壁が所々見える。魔物化したペルソナとの対戦の跡だろう。しかし光がふわふわと浮かび上がっている以外、特段変化は見られなかった。そして、あの大きな魔物の姿も見当たらなかった。

「そうだべ、ペルソナ……どこに……」

と、シンが言いかけた時、シンジがある方向を指差してあっと声を上げた。見れば床に横たわる黒いマントが見え、そのマントに隠れるように白銀の頭が床についていた。

「ペルソナー!」

 双子は思わず駆け出した。呼びかけながら近づくが、男はピクリともしなかった。そっと歩み寄り、二人は男の身体を見回した。

 黒いマントに隠れ、ほとんど体は見えなかったが、どうやら男はうつ伏せに倒れているようだった。マントから突き出した腕には幾つかの切り傷と、白銀の頭には赤黒い血の跡がうっすらと見えた。よく見れば、その頭のすぐ隣にくだけた仮面が落ちていた。下半分がくだけ、目元部分しか残っていないあの白い仮面だ。シンはそれに近づいてそっとそのひたいを見た。見ればそこは空洞になっており、そこにあったはずの光の闇の石はきれいになくなっていた。

「……石……ついてないね……」

 同じことに気がついてシンジがつぶやくと、シンは静かにうなずいた。

「封印が……成功したんだべな、きっと……」

 その時だった。

 ふわり、と床から優しい風が走り抜けた。ほぼ密室のこの空間だ。風が起こるとは思っていなかった双子は、思わずまばたきした。

 そして唐突とうとつにそれは聞こえてきた。風に乗るように優しい声だ。空間を包み込むような優しいその声は、静かに二人に響いた。

(そなた達の働き……地下深くから見守っていました……)

 二人はハッとして顔を見合わせ合う。身体に伝わる暖かな力、以前感じたことのある感覚だった。少し声は違うが、しかしこの口調は聞き覚えがあった。

 そう、大地の神殿で巫女が神降ろしした時の、あのお告げの声だ。

「これ……もしかして……」

「大地の女神様……で、ねーべか」

 双子が女神に気がつくと、まるでそれをほほえむかのような柔らかな光がふわりと地面から浮かび上がった。その時初めて気がついた。この空間をホタルのように浮かんでいくのは、大地の力、そして光の力の集まりだった。薄暗い空間を、白い光のたまが舞っていく。それはとても幻想的な景色だった。

(――無事、影の秘石をつかい、混沌となりかけた世界の安定を、そなた達は取り戻してくれたのですね……。今、光の力が地下深くに沈む動きが止まりました。最後の影の秘石も沈んだことで、沈む力を見事相殺したのです。一度連鎖反応が止まれば、次は復活の連鎖……光の石が地表に戻ろうとする連鎖反応が起こるでしょう。ごらんなさい――)

 その言葉に反応するかのように、また地面からふわりと風が舞い上がった。風に髪を遊ばれながら、双子はその空気を吸い込んだ。地下に似合わない清々しい風だ。

「……感じるだ……風の力だべ……」

 シンの言葉に、シンジが納得したようにああ、と声を漏らした。

「そっか、最後に沈みかかっていたのは風の力を持つ光の石だもんね。だから真っ先に風の力が開放されていくんだ」

 風は、ホタルのような淡い光を上へ上へと舞い上げていく。そんな幻想的な様子に見とれていると、また声が響いた。

(――風が陽の力を運び、間もなく炎の力も、水の力も、そして大地の力も……陽の力を取り戻すでしょう……。もう安心です――ありがとう、小さきわが子どもたち――そして――古の神々よ――)

 女神の声が遠のいていくのを感じながら、双子が光に見入っていたときだ。

「ひとまず、目的は達成できたようだな……」

 背後から声がして、双子は勢いよくふり向いた。目を向ければ、なんとあの黒いマントの男が、床に座った状態のまま双子の方を向いていた。

「ペルソナ! 目が覚めただか!」

と、とっさにシンが声をかければ、シンジはあることに気がついて、ため息をつく。

「なーぁんだぁ、もう仮面つけてるや」

 口元だけはわずかに見せたものの、くだけかけた仮面はまだ形を残している。双子がふり向いたときには、すでにその仮面を顔につけ、ペルソナは静かに片膝を立てて座っていた。

「あ、ホントだべ。ずるいだべよ〜」

「せめて顔くらい見てみたかったなー」

と、双子が文句を言うと、相変わらずの無愛想な様子でペルソナは鼻を鳴らす。そして男はそのまま無言で立ち上がった。双子が見ていると、仮面の男はしばらく無言で彼らを見下ろしていた。しかし、何も言うことなく双子に背を向けてしまった。

 その様子に、双子は少々がっかりした気持ちになった。元々敵対していた仲だ。そう打ち解けることは難しいが、お互いに協力して目的を達成したのだから、もう少し仲良くなれることを、少しばかり期待したのかもしれない。

 ペルソナは双子に背を向け、一、二歩足を進めるが――すぐに立ち止まった。双子が不思議に思っていると、ペルソナはぽつりとつぶやくように言った。

「……石が暴走していた時……意識がなくなっていたはずだが、お前たちの声がした」

 その言葉に、思わずシンとシンジは顔を見合わせた。

「ペルソナ、オラの声が聞こえただべか?」

 とっさにシンが問いかけると、ペルソナは後ろ向きのまま、顔だけ横を向いて見せた。いつもなら仮面の、あの黒い空洞の瞳が見えるだけのペルソナだが、この時は違った。ひび割れた仮面に光がうっすらと射し込み、空洞の瞳の奥に青い瞳が見えた。

 初めてペルソナの本当の瞳を見て、シンは思わずハッとした。ペルソナはそれに構わず静かな声で続けていた。

「……闇の石を封じろと――そんな声が聞こえた。あの声がなければ、私は……いや、我々は目的を達成できなかったかもしれんな――」

 その言葉に、またも双子は顔を見合わせた。そして次の瞬間、二人の顔には思わず笑顔が浮かんでいた。

「へへへ……」

「あの時は必死だったもんね」

 双子はその笑顔のままペルソナを見る。

「あの時、ペルソナが呪文を続けてくれなかったら、危なかったもん」

「お互い、協力できてよかっただべさ」

と、シンはにかっと笑って見せた。しかしペルソナの態度はそっけないものだった。

「……今回のことは……一応感謝しておこう。一応、な」

「なんだよ、一応ってー!」

「せっかく一緒にがんばったんだべよ! もう少し言い方ってもんがあるだべさ」

 双子が即座そくざに反発するが、それには構わずペルソナは出口に向かって歩き始めた。その後ろ姿を見て、急にシンジがあっと声を上げた。

「そうだ、ペルソナ! それよりもデルタやエプシロンは!?」

 その呼びかけにペルソナは立ち止まった。ペルソナが自我を失い魔物になった時、デルタとエプシロンは消えてしまったのだ。それを思い出してシンジは心配そうに問いかけた。その言葉にシンも顔を曇らせた。

「ペルソナが闇の石に同化されたとき、なぜか二人共消えただよ。ペルソナの術が切れたんだって言ってただ……」

「どういうことなの? あの二人は……まさか……」

 二人の不安そうな声に、ペルソナは振り返った。壊れた仮面の口元からは、表情は読み取れない。しかし、その唇が静かに動いて落ち着いた声が返ってきた。

「そうか……体を乗っ取られたから……だな……。ふむ……」

 そう言ってペルソナは一瞬考える素振りをみせた。そしてすぐにその指先を動かし、空中に奇妙な模様を描き始めたかと思うと……

 それは空中に浮かぶ模様となり、シンもシンジも驚いているその目の前で、浮かび上がった模様がキラリと光り、まるで煙から浮かび上がるかのように、その模様のあった場所から見覚えのある姿が次々浮かび上がってきた。

 そう、現れたのはペルソナの部下、エプシロン、デルタ、そしてオミクロンだ。

「えっ、ええっ!?」

「どどどど、どーいうことだべ〜!?」

 まさか消えたと思っていた人物が、ふわりと煙のように現れたのだ。これにはさすがの双子も面食らった。そんな双子に、落ち着き払った様子で答えたのはオミクロンだ。

「我々はペルソナ様の部下――言うなればペルソナ様の術によって生み出されているようなものだ。まあ、式神とでも思ってくれればわかりやすいか」

 その隣で、デルタは安心したような表情でため息をついている。

「……ほ、オレたち、戻ったのか……」

「ペルソナ様……!」

 一方でエプシロンはペルソナにすぐ振り向くと、その姿を確認して涙ぐんでいた。

「よかったですわ……。わたくし、ペルソナ様の身に何かあったら……もう……」

 するとデルタはいつもの調子でニヤリと、そしてオミクロンは静かに首を振って、瞳を閉じたままほほえんでいた。

「へっ……。ペルソナ様に限ってそれはないぜ!」

「珍しくデルタに同感だ。全てペルソナ様の計算のうちだ」

「ちょっと待て、珍しくオレに同感ってどういうことだよ?」

と、さっそくいつもの調子の部下三人を見て、思わず双子もほほえんでいた。

「よかった、デルタ達も無事だったんだね」

「安心しただべさ」

 すると、ペルソナも珍しく口元を緩めて、部下三人に声をかけた。

「……オミクロン、デルタ、エプシロン……。心配をかけた。だが、目的は遂げた。お前たちと、そして――」

と、ペルソナはそこで双子に視線を向けた。

「その二人の少年と仲間たちの協力のもとな……」

 ペルソナの言葉に、双子も思わず嬉しくなって顔を見合わせ笑いあう。


 そう、目的は達成したのだ。

 闇の石を沈め、光の石が沈もうとする連鎖反応を止めることが出来た。

 これで、また世界はいつもの様子に戻るはずだ。

 光の、陽の力がいつものようにあふれる世界、大地の女神が、そう言い残したように――


 これで一見落着、と思っていたが――

 すぐにペルソナは付け加えた。

「とはいえ、『今回は』協力したに過ぎん。あくまで、今回限りだ」

と、いつもの冷たいペルソナの物言いに、すぐに双子は反発した。

「なんだよ、せっかくめでたしめでたしって感じだったのに〜!」

「オラ達の働きは大きかっただべよ! もっと言い方ってモノがあるんでねーべかな〜」

 そんなやりとりを聞きながら、ペルソナは背を向け神殿の出口へと向かう。その後ろをオミクロンが続き、またも双子をからかうようにデルタが横槍を入れる。そしてその様子を見て、あきれるようにほほえむエプシロン。その後を双子が文句を言いながらついていく。

 そんなにぎやかなやりとりが、薄暗くも、光が浮かぶ幻想的な空間に響いていた。


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