第12話 最後の希望


 見ればシンジの肩には大きな傷が刻まれている。服が裂け、真っ赤な血がにじんで服を染めている。シンの両腕にも黒い傷がいくつも走っていいた。体はもうボロボロだった。ふらつきそうになるその足を、支えているのは彼らの意思だけだ。絶対に石を守るという、彼らと、そして――

 目の前でまたあの大きな魔物が大きく口を開けて叫んだ。

「おめーの望みでもあるだべさ!」

 叫ぶように吐き出した言葉に答えるのは獣の声。直後、双子目がけて大きな黒い魔物は突撃してきた。先にけたのは弟のシンジだ。突進する魔物はシンの目の前にまで迫っていた。

 魔物と激突するかと見えたその瞬間、風のごとく紙一重でそれをかわした。そのままシンは、巨大な魔物の大きな口をかすめるように背後へ抜ける。そのすり抜けざまに、張り付いた仮面に短剣を向けていた。

 ガン、と弾かれそうになるほどの強い衝撃が腕を走る。硬い仮面に短剣の切っ先が当たったのだ。その衝撃をこらえ、その剣を力一杯押し付けながら背後に走り抜けた。

その直後だった。

 今までにない獣の大声が響いた。声に驚き、シンジが魔物を凝視する。魔物の背後に着地したシンもすぐさま振り返り、自分の攻撃を確認していた。

 大きく首を振る魔物は、苦しげに鳴き叫んでいた。首を振るたび、仮面の辺りから血が飛び散る。痛々しいその様子に双子は眉を歪めた。

 一際大きく叫び声をあげたかと思うと、魔物は再び双子に振り向いた。大きく開かれた大口が、その奥が闇のように真っ黒で、思わず双子は一瞬ギクリと心臓が縮むような恐怖を覚える。しかしひるんでいる場合ではない。双子は即座そくざに構えた。

 直後、一瞬耳が聞こえなくなったかのような無音、その刹那、胸に悪いグオンとゆがんだ音が響いたかと思うと、魔物はその大口から黒い光を吐き出してきた。それが禍々しい闇の魔力であると察するのは一瞬だった。

「よけるだべっ!」

 とっさにシンが弟を押しのけるように突撃すると、その直後、双子のいた位置に黒い魔珠まきゅうが突撃し、一瞬にしてその床が粉々にちた。黒い砂のようにくだけた床を見て、冷や汗が流れた。一撃でも食らえば確実に命に関わる――そんな攻撃だった。

 しかし――

 双子が肝を冷やし、動きが止まったにも関わらず、魔物の攻撃は続かなかった。黒いエネルギーを吐き出した直後、魔物は苦しげにうめき出したからだ。そのうめき声にぎょっとして二人は魔物を見た。黒い魔物は大きく口を開け、その牙の間から赤黒い血を流している。

「体の中から破壊が始まってる……! キショウの時と同じだ……!」

 状況を即座そくざに理解したシンジの声は震えていた。その言葉を聞いてシンにも焦りが出る。しかしここで焦っても何にもならない。大きく息を吸い、心を落ち着かせた。

 落ち着いて魔物の様子を見る。仮面の一部に亀裂きれつが見えた。先ほどシンが傷つけたものだ。だいぶ仮面が浮いてきている。しかしこれだけの時間をかけてようやくだ。これ以上長く戦う訳にはいかない――シンは思わず唇をんだ。

「ペルソナの身体がもたねーだ……何より」

と、シンはそこで周りを見た。地下から吹き上げるような黒い煙が所々に見えた。封じられた光の力が大きすぎて、闇の力が暴走をし始めている。今耐えている光の石はたった一つ。しかもそれですら沈みかけている。一刻の猶予ゆうよもないのだ。

「どうにか……方法を考えねーと……!」

 焦っても仕方がなかったが、今の方法では駄目だと、シンの直感が知らせていた。早くペルソナを助けなくては――そして何より、闇の石を早く沈めなくては――

「――――!」

 それはとっさのひらめきだった。気がついてシンは一瞬息を飲む。失敗する危険がないわけではない。しかし、迷っている暇はなかった。そして何より、今一番効果を期待できるものでもあった。シンは剣を地面に向けて構えた。

『闇の力のもとに命ずる――!』

 突然の兄の声に、思わずシンジが振り向いた。見ればシンはその握りしめる剣に魔力を込めていた。剣がうっすらと光り出していた。

「シン……!?」

『混沌を支配する六つのイニシエの闇の珠玉しゅぎょくを――大地に沈めるだ――』

 シンジはその言葉にハッとする。シンの言葉に聞き覚えがあった。ペルソナの部下たちが闇の石を沈めようと儀式を行っていた時の呪文の言葉だ。

「そんな――仮面がペルソナについたまま石を沈める気――――まさか……!」

 言いかけて気がついた。言おうとしたその言葉をシンが続けた。

「石が沈もうとする力も一緒に使って仮面をがすだ……! オラたちの力だけでは時間がかかりすぎるだべ、だから――『闇の石よ!』」

 大声で叫んだシンの言葉に、魔物のひたいに張り付いたあの黒い石が反応した。呼応するようにその光を強めたのだ。

「石が反応した!? シンの言葉で……!?」

 しかし次に答えたのは魔物の叫び声だった。暴走する石の力が、術に反発しようとペルソナの身体を大きくのけぞらせたのだ。苦痛に叫ぶ獣の大声に思わずシンジが息を飲む。しかし――

 シンは迷わなかった。動じることなく呪文を叫んだ。

『応じよ、一つ目の封印――大地の闇の石!』

 叫ぶと同時にシンはその剣を床に突き刺した。甲高い魔力の反響音とともに、切っ先から地下に向かって音が沈む。術の発動を呼びかけたのだ。沈んでしまった闇の石と、今、対峙している目の前の魔物のひたいの石に。

 呼応するように、またも魔物のひたいで闇の石が輝く。

 そして、それとほぼ同時だった。突き刺した剣を中心に、水面のような波紋はもんが空間に広がっていく。その途端とたん、空間に金色の光の玉が、ホタルのように浮きだした。あの水の神殿でペルソナが行っていたような術の光景が、彼らの手によって導かれた瞬間だった。

 その様子に気がついたシンジが息を飲んだ。

「発動した……闇の石の封印の術が……!」

 希望の光が差した瞬間だった。自分たちでは発動できないと思っていた封印の術が、シンの言葉で動き出したのだ。

 思わず握りしめる氷の剣に力がこもる。術を発動したシンも、その様子に瞳を強く輝かせて弟にうなずいてみせた。

「いけるだべ!」

「うん!」

 先程まで焦燥感しょうそうかんにかられていた双子が、お互いに顔を見合わせてうなずいた。希望が繋がったのだ。目の前のペルソナと、そして何よりこの世界を守るための希望が。

 反発した魔物が再び叫び声をあげ、シンをにらみつけると、そのまま突進してきた。それに気づいたシンは、剣を床から引き抜き構えた。それに習うように弟のシンジも剣を構える。

 ここで次の呪文を切らすわけにはいかない。せっかく発動した術を成功させなくてはならないのだから――!

 首を左右に振り暴れ狂う魔物を目の前に、敵をにらみつけシンは微動だにしなかった。ギリギリまで敵をひきつけ、ギリギリの所でかわす。それを狙っていたのだ。

 しかしその動きは読まれていた。右に避けたシンに向け、魔物は即座そくざに右に首をなぎ払う。風を切る音、鈍い音に短いうめき声。攻撃を食らい、その小さな身体が吹き飛んだ。

『応じよ、二つの封印――』

 しかし呪文は止まらなかった。魔物の左側で呪文を続けたのはシンジだ。それに気付いた魔物の視線が彼に向く。

『闇の闇の石!』

 呪文と同時に氷の剣を床に突き刺す。途端とたん、またも甲高い音が地下に沈み、それに応じるように、再び魔物のひたいが先程よりも強く光を放った。

 それを拒絶きょぜつするように大声で叫ぶ魔物は、そのままシンジに向けてその巨大な腕を振り上げなぎ払う。それを跳びよけ、剣を構えるシンジに今度は魔物の尻尾が襲いかかった。連続攻撃に避けるすべのない少年の身体は、剣を構えた姿勢のまま、鈍い音とともに吹き飛んだ。

『応じよ、三つ目の封印――』

 直後、シンが再び立ち上がり呪文を口にしていた。敵の攻撃が直撃したのか、その左腕は力が入らない。震える左手を必死に構え、術の発動を準備しながら呪文を続けた。

『炎の闇の石!』

 かろうじて床に突き刺した剣は震えていた。体力はギリギリなのだ。しかし、三度、甲高い音とともに、魔物のひたいが先程よりも強く輝いた。

「止めるわけにはいかねーだべよ……ッ!」

 封印の呪文を唱えた直後、シンは即座そくざに手にした短剣で風の術を繰り出す。黒い魔物の気を引くためだ。なんとしても術を続けなければならない。弟の時間を作るためだ。

 シンの攻撃に気を引かれたその隙に、シンジは歯を食いしばり、立ち上がりながら呪文を口にしていた。

『応じよ――四つ目の……封印……!』

 言いながら、その氷の剣に力を込めるが、ズタズタの身体を立ち上がらせるだけでも精一杯だ。シンの風の攻撃に一瞬、赤髪の少年の方を向いた魔物だったが、背後のシンジの言葉に反応し、即座そくざにそちらを向いた。

「……! やべぇだ! シンジ!」

 敵の動きに気がついたシンがあわてて弟に声をかけるが、シンジは大声で答えた。

「続けて! 闇の――」

 呪文の途中で、すでに魔物の巨大な腕が振り払われていた。シンジはとっさにその腕を氷の剣で受け止めようとするが、その程度で防げる攻撃ではない。氷の剣は再びくだけ、続いてシンジの体が部屋のすみまで吹っ飛んだ。

 しかし――

『闇の水の石!』

 シンジの呪文を即座そくざにシンが続けていた。勢いよく剣を床に突き刺せば、またも甲高い音が鋭く地下に刺さり、あの仮面の石がゆらぐように光った。四つ目まで繋がったのだ。

 それに反応するように、黒い獣が苦しむようにうなり声をあげる。口の端からは血を流し、封じられようとするその石が反発するように、獣の頭を振らせる。苦しむ魔物を目の前に、シンは即座そくざに次の呪文に移った。

『応じよ、五つ目の――』

 しかし、魔物はその呪文に反発するように雄叫びを上げた。そして自分の背後にいるシンに向け、即座そくざに振り向くと突進してきたのだ。

 どこまでも、闇の石は反発する気だ。沈むまいと、ペルソナの身体を使って――!

 それを見て、シンは悔しさから唇をんでいた。

「ペルソナぁーーーーっ!!」

 突進する魔物に、シンは剣を構え大声で叫んだ。

「闇の石を封印するだよ!! こんなことしてる場合じゃねーべさ!!!!」

 怒りと葛藤かっとうから、シンは叫び剣を構えるが、魔物の動きのほうが速かった。構えたシンを勢いよく突き飛ばすと、今度はシンが部屋のすみまで吹き飛んだ。

「シン!」

 自分のすぐ隣に吹き飛んだ兄に気がついて、つい今しがた立ち上がったばかりのシンジが声をかける。しかし、そんな弟にシンは絞り出すように言った。

「呪文を……」

 その言葉にシンジははっとした。お違いの身を案じている間にも、術が進んでいるのだ。途中で途切れさせるわけにはいかない。いそがねば、とシンジが構えた時だった。

『……応じ……よ……五つ目の……封印……』

 その声に双子は息を飲んだ。

 唱えたのはシンでもシンジでもなかった。しかし聞き覚えのある声――。

「ペルソナ――!」

 思わずシンジが息を飲んでいた。

 魔物が、上を向いたまま、震えながら止まっていた。その大きく裂けた口から、絞り出すように響くのは、あのペルソナの声だった。闇の石に支配されながらも、かろうじて答えたのだ。シンの、いや双子の思いに――

 しかしそれは続かなかった。次の瞬間、闇の石に乗っ取られた身体、魔物の大声に男の声はかき消された。

 だが、そのペルソナの呪文を、シンが大声で続けた。

『炎の闇の石!』

 続けて、シンジが先程錬成した氷の剣を床に突き刺した。

 甲高い魔力の音に反応するように、苦しむ魔物の声が響いた。仮面に張り付いた闇の石がまた光っている。繋がったのだ、五つ目の呪文が。

「何としても、繋げるだべよ……!」

「うん!」

 震えながら立ち上がったシンの言葉に、シンジが力強く答えた。

 力が封じられようとして、痛みからか首を激しく降る黒い魔物を目の前に、双子は大声で叫んだ。

『今ここに、最後の闇の珠玉を封印す――光の闇の石よ!』

 部屋を震わすほどの大きな魔物の叫び声が響いた。見れば魔物は双子めがけて突進して来ていた。

 しかし、双子はそれぞれの剣を両手に構え、迫りくる魔物のひたいめがけて剣を構えていた。最後の術の体制、その姿を保ったまま――

 魔物が激突する――!

 その瞬間、最後の呪文が響いた。

『セペリエ!!』

 途端とたん、空間を甲高い魔力音が響き渡った。と、同時に双子は勢いよく身体を吹き飛ばされた。

 そして視界は真っ白になり――

 双子は急速に意識を失っていった。


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