魔法少年少女とマスコット
ピクルズジンジャー
第1話
「げっ今日の数学おれ当てられんじゃん。やべーよ、全然なんもやってねえよ。超やべー。なあ益子ー、ノート見せてくれよ。頼むっ、この通り!」
「はあっ⁉︎ なんであんたに。っていうかこの前英語のノートも見せてあげたよねっ? その借りまだ返してもらってないんだけど」
「じゃあその分と今回のとまとめて返すから。今度アイスでも奢るから〜。なあ頼む」
「じゃあガリガリしてないプレミアムなのを奢ってくれるならいいよ」
「げっ、足元見やがって……。いーよ、その代わりガリガリじゃないやつなら一個だぞ」
「うーん、しょうがないな。はいっ」
「おっ、サンキュー」
隣の席の益子とその後ろの席の沢田がいつものようにキャッキャとやりあっている。よー沢田夫妻……などと沢田の野球部仲間から声をかけられて「そんなんじゃないし、」と声をハモらせるのも毎度毎度お馴染みの光景だ。
それを因幡緋呂はじっと眺めていた。
親しみやすい丸顔に肩を越す長さの黒髪を二つにわけでむすんでいる益子と、短く刈った髪に日に焼けた肌と見るからに俊敏そうな贅肉の少ない体格が特徴的な沢田、背の順で並ぶと前の方で前後するし掛け合う様子も中学生らしく微笑ましい。その様子を眺めると複雑な気持ちになってしまうのが天然の赤毛と仏頂面で初対面の人間から十中八九怖がられてしまう緋呂だった。
「どうかした、因幡?」
「いや、どーもしてないす」
きょとんとした目を向ける益子の視線を避けるように視線を窓の向こうへ向ける。益子の知らない所でかわした沢田との約束もあるので、あまり親しそうな様子を見せるのも気が引けた。
実際
「なー、益子。ここよくわかんねーんだけど」
と、沢田が益子の髪をつまんで軽く引っ張り注意を引かせる。
「痛っ! もーガキじゃないんだからやめてよそういうことは。で、どこがわからないの?」
「だからここだって……」
なんとわかりやすい嫉妬か。この些細なやりとりを眺めていたクラスメイトがニヤニヤしたりホワーンと和んでる気配を察して因幡は冷や汗を垂らした。いつの間にやら船井第二中学2-3のラブコメドラマの登場人物に自身が組み込まれてしまっている。由々しき事態だ。
よってその日の放課後、いつもの場所で緋呂は益子に抗議した。
「益子さん、俺思うんすけどああいうのはやめた方がいいっすよ。見てらんないす」
「あーいうのってどんなの?」
住宅街にある民家改造カフェのスノードロップ、北欧家具風のテーブルを挟んで緋呂と益子は向かい合う。緋呂の前にあるのはガムシロとフレッシュを入れたアイスコーヒーで、益子の飲むのは外見からするとややギャップのあるホットのブレンド。
「だから、沢田に気を持たせるのはよくないって……。付き合わないなら付き合わないってハッキリ言った方がアイツのタメっすよ」
「えー、だって別に付き合おうって言われた訳じゃないのに『あんたとは付き合えない』っていうの変じゃない。そんなこと言ったら沢田間違いなく泣いちゃうじゃない。泣かしたくないじゃない。……あ、でも泣いた沢田見てみたいかも。こう腕で目の所ゴシゴシってやっちゃったりしてさあ、キャー!」
にへらっと、あどけなさの塊のような益子の外見からは程遠い煩悩にまみれた笑みをみて因幡は頭を抱えた。このベテランマスコットは……。
「でも意外だね。あんたわりと色恋方面に聡い方なんだね……。ニブチンキャラで設定していたけど変更した方がいいかな」
「実は……こんなことがあったんですよ」
絶対、絶対益子には言うなよっ! と真剣さゆえに怒ったような表情で顔を真っ赤にしていた顔を思い出すと心が痛むが、当の本人に(本人以外にも)彼の気持ちはバレバレなのだから無意味だろう、心の中でごめんと謝ってからことの次第を説明しはじめた。
「なあ、因幡って……益子と、その、付き合ってんの?」
「⁉︎」
担任に頼まれて嵩張る教材を運んでいた時、俺も手伝うと同じ班の沢田が付いてきたのだ。
緋呂は沢田より背が高いし体格もよく力だってある。頼まれた教材を運ぶくらいはなんてことはないので断ろうとしたが、いつになく真剣なので話を聞くことにしたらしばらくしてこのように切り出したのだった。
「だってホラ、アイツおれ以外の男子とはめったに口きかないのにお前とはなんか仲いいし、お前と益子が一緒に歩いてる所見たってやつも結構いるし、そのだから……」
早口でまくしたてたあと気が抜けたのか、はにかんでごまかした。
「悪い、おれちょっとどうかしてたわ。忘れて」
「ぎぃやああああ‼︎‼︎‼︎」
そこまで聞くやいなや奇声をあげて益子は顔を手のひらで覆ってその場でゴロゴロ転がりだした。人間の姿を維持していられなくなったらしく、手のひらに乗るサイズのボア素材でできたぬいぐるみのような本来の姿に戻ってしまっている。ジタバタジタバとテーブルの上を転がるマスコット。
「ギャアアア! ヤバイヤバイ超かわいいんですけど沢田のやつー! キャー!キャー! 鼻血出るぅー!」
「ちょっとたまんないものがあるわよねー、男子中学生のむきだしの初恋はー。思春期の原液って感じよねー」
いつの間にかやってきた、益子の親友ということになっている女子の小金井姫子も弾んだ声に席につく。
「ねーっ、ちょっとヤバイよ。若返って肌がツヤッツヤになっちゃうよ」
「高級美容液に勝るよね〜」
マスコット姿の益子とぽっちゃり小金井が目を輝かせて頷きあう。
周囲にバレバレとはいえ因幡に打ち明けるには相応の決心をしたであろう沢田の想いがここで異世界からやってきた二人の美と健康の肥やしになっているかと思うと涙を禁じえない。
丸顔でおさげのあどけない女子中学生の益子、益子の友人でほがらかなぽっちゃり女子の小金井、その正体は魔法少女育成業ではベテランのマスコットとさる魔法の国の王女である。人間界での活動は十数年に及ぶらしいので外見よりも年齢は上である。会話からするにアラサーといった所だろう。この事実を知ったら沢村はどうなるか、想像するだけで涙が滲む。
「でっ、そのあとどうしたのっ?」
「どうしたもこうしたも、別に……」
「沢田」
立ち去ろうとする沢田を呼び止め、とにかく誤解はするなという思いをこめて緋呂は言った。
「益子さんとは親同士の仕事の都合で一緒になることが多いだけだから。変な誤解するなよ」
「ご、誤解とかは別に……っ! ただ」
決まり悪くなったのか沢田は視線をそらせた。
「うん、ごめん。なんかおれカッコ悪いな。なんかお前と益子が仲良くしてるのを見ると、こう、モヤモヤして……。ダセえよな」
「ヒィヤアアアっ! そこ動画に撮ってないのっ⁉︎」
「んなわけないじゃないすか。その場面で動画撮るのどんな極悪人すか⁉︎」
「ああああー、見たかったー照れたり自嘲したり嫉妬したり真剣になったりする沢田が見たかったー。海馬に永久保存したかったー。眠れない夜なんかに脳内で延々リピートしたかったあ…」
「……テーブルの上でゴロンゴロンするのやめてもらえませんかね」
ともかくそこから、絶対益子には言うなよ!と釘を刺して沢田は去っていったのだった。その背中を思い返すと、益子の真実がより残酷極まりないものに思えるのだった。
「一応、益子さんも沢田のことが好きなんすよね。それだけ大騒ぎするんだから」
「あたぼうよ」
「(なんで江戸っ子に?)だったらつきあってしまえばいいじゃないすか」
「それはムリ」
即答。
「だってあたしは妖精だよ? 沢田は普通の人間。種が違う」
「異種姦はちょっと、マズいよね〜」
ね〜、と益子と小金井は頷きあう。中学生の前で何を言うのかという言葉を飲み込み緋呂は続けた。
「俺ん所の親だって元々違う種ですよ?」
「んー、でも因幡のお母さんもお父さんも人型でしょ? あたしと沢田はちょっと違いすぎるじゃない。見た目とかサイズとか色々」
頭が冷えたのか、益子は元どおり中学生の姿に戻った。
「それにさあ、沢田だってショックだと思うよ。ちっちゃくてかわいい益子美月の中身がこんな30前後の女みたいな性格だとわかったら。それを知ってショック受ける沢田を想像するだけで胸がしめつけられるもん」
「……あー、それはそうすね」
「いやそこは否定しなよ」
益子が冷静ツッコミ返す。
「まあ、あたしとしてはだから沢田とは現状維持して行きたいワケよ」
「益子さんの言い分は理解しましたが……」
やはり緋呂としては引っかかるのだ。
益子については何もしらない沢田の純粋な恋心を吸い上げているのはやはりフェアではない。実年齢が益子の方が年上とあっては尚更だ。
それにだ。
「沢田から嫉妬されてるのは俺すよ」
そう。
困ってるのはこれだ。
「あいつのことだから俺に危害を加えるってことはないでしょうけれど、でも気分いいもんじゃないすね。それに今日益子さん沢田に髪の毛引っ張られたじゃないすか。じゃれてるって感じだったけどエスカレートするとも限らないすよ?」
「うーん……」
この件に関しては益子も小金井もふざけるつもりはないようだった。嫉妬がいかに危険な感情かは魔法少女のプロは熟知している模様。
「そうだね……。じゃ取り敢えず学校ではあんまり接触するの避けようか」
「今席隣同士っすよ? ムリすよ」
「そんなこと言っても他にイイ策ないじゃん」
「やっぱ益子が沢田とつきあうのがベストなんじゃない?」
「はー? 小金井までそれ言い出す? だからムリだって。ムリムリ〜」
そんなわけで、お互い好きだと言ってる癖に益子は沢田と付き合わないの一点張りである。好きだと確認していないのに、クラス内ではほぼ夫婦の扱いである。
生殺しを食らわされている沢田の気持ちを思うと、哀れでならない。
ともあれ学校では極力接触しない、を実行して授業以外の時間はどちらかが外に出るようにしていた。
その日の昼休みは益子と小金井が教室で弁当を食べるようだったので、屋上に通じる非常階段へ向かう。と、踊り場で手すりに頬杖をつきながら紙パックのジュースを吸い上げている白崎ひかりに出会った。どくっと心臓が跳ね上がる。
「……あ」
形よい唇からストローを離し、ひかりは緋呂を見つめる。
「今日は一人なんだ」
「どうもっす」
慌てて直立して一礼してしまう。
「しょ、諸事情あって学校ではあまり益子さんとは接触しないことになりまして」
「そういう体育会みたいなノリやめて」
ひかりは眉をしかめたが、緋呂にとってひかりは尊敬と憧れの存在なのでそういうわけにはいかないのだ。彼女の前に出ると体が自然にこうなるのである。
長くまっすぐな髪にものをいいたげな大きな眼、すらりとしたスタイル。黙っていても他人からの視線を集める美しい少女は二年前までシャイニーホワイトという名前でこの町を守っていた愛らしくも強くてかっこいい、光り輝くような魔法少女だったのだ。
「俺は白崎さんにとっての後輩みたいなもんですんで」
「後輩ったって、同い年じゃん。それにあんたみたいないかつくてデカイのに頭さげられたら他人から必要以上に怖がられて迷惑だし」
本気で迷惑そうに眉をしかめてから、その後声のトーンを少し和らげる。
「お願いだから、普通にしてよ」
「わ、わかったっす」
「なんならここで食べる? ちょっと話したいこともあるし」
居酒屋のアルバイトならハイ喜んでーと返事する所だった。
憧れの人、白崎は今は魔法少女は引退しておりそして魔法少女だったことに触れられることを喜ばない。益子や小金井との付き合いを絶ったわけではないが、壁を築き内にこもっている。無理に心を開かせようとすると強烈な反発をくらう。そうかといえばさりげなく親切なところもあり、とにかく捕らえどころがない。
そんな白崎が珍しく隣に来てもいいというのだ。これがチャンスでなくて何がチャンスか。
「では、失礼します」
「だからその体育会ノリやめてってば」
踊り場に腰を下ろし弁当を広げると、白崎も隣に座って弁当を覗き込む。おかずは卵焼き、ソーセージ、ブロッコリー、きんぴらと冷食のハンバーグととふりかけをふったごはんとごくごくシンプルな内容であるが、感心したように白崎は呟いた。
「これ、因幡くんが作ってるの?」
「まあ……。うちの母さん夜職だし妹のこども園も弁当がいるんで」
「へー、偉いね。ヒーローって感じだ」
心を開いている時の白崎は嫌味がなくて優しい。じっと見られるとなんとなく気詰まりでいつもよりゆっくり弁当を食べる。白崎もコンビニのサンドイッチをもそもそ食べる。
空は青い。実にいい天気だ。昼休みではしゃいでいる生徒たちの声が聞こえる。
「あの、なんか話があるんでは……?」
ずじゅっと、音をたててパックのジュースを飲む。端正な外見の白崎には少し不似合いな仕草にお茶目さが漂う。
「益子はあんなんだけど、別に沢田のことをおもちゃにしてるわけじゃないから」
「聞いてたんすか?」
「あれだけ大きい声で大騒ぎしてたらそりゃきこえるって」
白崎の家が民家改造カフェのスノードロップなのだ。たまたま耳にしてしまったとしても不思議ではない。
「マスコットと人間がくっつく例ってあることはあるみたいだけど、最後まで上手くいくのってあんまり無いらしいんだ。人型の種と一緒になるなんてどんな変態だって偏見も根強いし、人間だって今まで自分が好きだった相手の正体がぬいぐるみみたいな生き物だって事実を頭ではわかっていてもどう受け止めたらいいかわからなくなったりで。だから益子だって怖いんだと思うよ。あの人、あたしたちより大人だけどそういうのって大人になるほど怖くなる類の怖さじゃない?」
「……」
「まあ、余計なお世話ってやつだね」
恥ずかしそうに笑う。その横顔は今は動画でしか見られなくなった少女の面影が残っている。残ったジュースを慌てたように飲み干して白崎は立ち上がった。
「話はそれだけ。今の話、益子には内緒ね」
そっけなく言い捨てて白崎は校舎に戻って行く。風がふわりと髪を持ち上げる。その後ろ姿はやはり惚れ惚れするほど美しいのだ。
かくして何事もない数日が過ぎた頃、不穏な話題が市内を席巻する。
市内の中学、高校の運動部の部室が荒らされるという怪事件が続発しローカルニュースを度々荒らすようになったが、一風変わっていたのが被害にあったのが男子運動部の部室だということだった。
その事実に騒然となる中学生たちだが中学生ゆえに単なるネタで済んでいた。船井第二中学の生徒たちは田舎で素朴な子供達が多かったゆえ、男子が性被害に遭うという事態がなかなかイメージできなかったのだ。お陰でキメエキメエと騒ぐレベルで済んでいた。
が。
「へ、変質者⁉︎」
野球部部室に不審な人間が現れたというニュースはその日の学校を揺るがしていた。
部活終了後に忘れ物に気づいた部員とその友人が戻った所、部室入り口で不審な動きを見せる人物を目撃したらしい。日頃の噂もあってピンときた血気盛んな野球部員たちが雄叫びをあげて不審者をおいかけたとのこと。
「バカっ、下手に刺激して怪我でもしたらどうするの⁉︎」
「大丈夫だって。こっちも金属バット持ってたし。それに第一逃げ切ったんだよ、ソイツ」
学年でも俊足のメンバーが集っている野球部員を振り切るスピードで不審者は逃げ切り、日が沈んであたりが暗くなってしまい追跡は断念したとのこと。
そのあとが大変で、通報に実況見分、盗られたもののチェック…と保護者立会いのもとしばらく警察にとめおかへて大変だったと、沢田は語った。
「いやー、もうマジで最悪だったかんな。しかもアンダーシャツ盗られるし、まじくそキメエ」
と口では語るが滅多に起きない珍イベントにまだ興奮したる様子だが、益子はやはり気が気じゃ無いようだ。
「あんたのものまで盗られたの⁉︎ 最悪じゃん」
「俺なんかまだマシで、一年の斎藤っているじゃん? あいつなんかロッカーごと全部空になってんだぜ? 持ち主ちゃんと選んでるってのがほんとキメエわあの不審者」
斎藤というのは実力とともに可愛らしい容姿をしているので有名な一年生だ。一部にファンもいる。それが事件をよりセンセーショナルなものにしているのだ。
そんな事件が起きた以上、その日の部活は全て中止になり授業終了後即座に帰ることになった。生徒たちの大半にとっては嬉しい放課後になったが。が。
「非常事態よ」
本日のカフェスノードロップで、益子はいつになく真剣な表情だった。
「あたしの可愛い沢田がど変態の毒牙のかかって汚されてしまったわ」
「いや、アンダーシャツ盗られただけすよね? 大袈裟な……」
「何言ってんのっ? アンダーシャツだよ? 一番肌に密着してる衣類が盗られたんだよっ? よりにもよってそこだよっ? そんな衣類手元にあったらやることなんか一つでしょ? 違う?」
「……臭そうだから洗濯でもするんじゃないすかね?」
目玉グルグル状態の益子に引きながら緋呂は話をはぐらかした。
「なわけ無いじゃん! ぬくもりとフレグランスを楽しむに決まってるし衣類越しにそうするってことは沢田のこんがりすべすべ肌も蹂躙されつくしてるっての同じってことじゃんっ!」
「……」
救いを求める目を小金井に向けたが、プリンアラモードを食べながらゆっくり頭を左右にふるだけであった。
「くっそー、変態め〜。あたしですら衣服に包まれてる部分は遠慮して触らないし見ないようにしてるのに〜。くっそ〜」
パフェにグイグイと乱暴にスプーンを突っ込む怒り心頭な益子からやや距離をとり、コーヒーフロートを頼んだ緋呂は小金井にだけ聞こえる音量で呟いた。
「やっぱ犯人は益子さんみたいなやつなんすかね……?」
「だろうね〜。まあ益子はあれで順法精神が強いから法を犯すようなことはしないって信用してるけど」
「それ益子さんのことを遠回しに変態だって言ってませんか?」
「人間の男子にハアハアする妖精だからまあマイノリティの部類になるんじゃないかな、うちら基準で言えば〜」
プリンを食べる口と手を休めず、小金井は益子を慰めた。
「まーよかったじゃん、まだ上半身で」
「何よその性器周辺が無傷なら強姦じゃなく暴行扱いみたいな発想……。ていうかあたしは上半身、上半身が好きなのっ。下半身より上半身なんだってば。沢田のまだ成長しきってない骨ばった腕と首筋と肩と背中が好きなのっ。下半身より上半身の方が優先順位が高いの!」
「あの、それ以上えげつない話するなら帰りますよ? 俺」
一応釘をさしておく。そもそも一番の被害者だと思われる一年の斎藤君の心配をしてもらいたい。
「まあとにかく、不審者の確保は警察の仕事だし後はお任せするのは一番すね」
そろそろ妹の茜を保育園に迎えにいく時間だと、緋呂は立ち上がる。
「じゃあ俺もう出るんで」
「話はまだ済んでないよ、因幡」
「はい?」
「魔獣を生み出す種はね、未解決事件の現場に残った思念やその場所に関する根も葉もない噂なんかを養分にして育つの」
「……つまり野球部の部室にはその種が育ちつつあると」
「それを回収するのもあたしたちの大事な仕事よね」
益子の瞳はこれ以上ないほど真剣であった。
「妹ちゃんはあたしが預かってあげるからつれてきなよ」
小金井は基本的に益子の味方なのだった。
※
太陽が沈みきる直前の黄昏時、グラウンドの側で三人は集まる。生徒だけでなく教員も今日は早めに下校したようで学校周辺に人気はほぼ無い。
金網でぐるりとかこまれただけのグラウンドなので侵入そのものは簡単そうだが下手に立ち入れば警備会社に連絡が行くだろう。不審者騒動があったためか時折パトカーとすれ違う。こちらが怪しい中学生として補導されてしまいそうだ。
「……とりあえず種を見つけて焼却するだけでいいんですね」
「そう、不審者の邪念が核になった種がとりついた魔獣なんてものが学校に誕生しちゃったら大惨事でしょ。平和な中学校が一気にR-18の淫獣学園とかになったらシャレになんないわ」
「それはまあ確かにそうすね(けど淫獣て)……」
昨日今日と中学生の前で口にするにはふさわしくない単語がポロポロ出てくるのは如何なものか。
普段の益子は見た目は子供でも頭脳は大人として頼れる所の多い妖精だが、どうも沢田への溺愛ぶりが激しくて箍が緩みがちらしい。これはこのベテランマスコットの致命的な弱点ではないか。
「さ、とにかく変身よ変身」
「了解す」
とりあえずさっさとすませようと、緋呂は一旦目を閉じ気合をためていつものように叫ぶ。
「コーリング!スカーレットエレメント」
いつものように閃光が閃き緋呂の手には30センチメートルほどの魔法の杖・スカーレットロッドが現れる。それを振ると現れる紅の軌跡がリボン状になり体に巻きつく。14歳にしてガッチリした筋肉質の体は光のリボンが解けると小柄ながら出るところは出ている女の子の体型になりポワンポワンとミニのドレスに変化する。初対面の人間からは怖がられやすい顔つきもきゅっとまなじりのつりあがった眼と形のいい鼻と艶やかなくちびるが魅力的な美少女に。赤い髪も肩まで伸びていつものように大きなウサギ耳が生える。クルクルとバトンのようにロッドを回して決めポーズ。
「平和を乱す悪を撃つ、魔法戦士スカーレットバニーただいま参上」
出来上がったのは本来の因幡緋呂からの面影を殆ど残さない、スタイル抜群の愛らしい美少女だ。
これまで所要時間は1秒にも満たないのだが、覚悟を決めてもなかなか慣れない。名乗り口上を上げるまでは自分の意識は戻らないため、我に返った時の自己嫌悪ははげしい。
「これ、どうしてもやらないとダメなんすね?」
「変身魔法にアクションも組み込まれてるからね。誰も見てないからいいでしょ」
ボア素材マスコット姿に戻った益子もふよふよとその場に漂っている。
「今回は種焼却だけだから、ステルスモードになって学校に侵入するよ。バトルの必要はないからキャラ強制機能はオフにしておくね」
「それは助かるす」
キャラ強制機能とは、定められた魔法戦士スカーレットバニーのキャラクター(勝ち気で強気で正義感がつよく自分のチャーミングさを分かっている小生意気だけどかっこよくて可愛い女の子)を変身したものに強制する機能で、これがオンになっている状態だと無敵の魔法少女としての能力を十二分に発揮できるのだ。
ただし変身する者の本来の性格とキャラクターとのギャップが激しいと短時間しかシンクロせず、しかも変身者に酷い苦痛を与える魔の機能でもあった。
この前までヒーロー業を営む家で育っていたこともあり、正義感は強いがいかつい外見から誤解されやすく悪の王国出身だった母を馬鹿にするものには容赦なく拳をふるうような荒々しさもありつつも自分より他人を優先しようとする緋呂の本来の性格と、スカーレットバニーに設定されたキャラクターとのギャップは激しくてキャラ強制状態は3分しかもたないのだ。普段の自分のまま変身状態でいられるのはありがたい。
「でもステルスモードってどうするんすか?」
「ロッドの柄にあるボタンをおしてみて」
こうすか、と言われた通り宝石を模したボタンを押してみるとぐにゃんと体の表面がたわみ、まるで歪んだ鏡のようになる。どうやら光学的な処置を施して周りに溶け込ませたようだ。
「よし、これで大丈夫ね。じゃ行くよ!」
「了解!」
正義のヒーローになるべく育てらた故の気合で答え、ステルス状態のスカーレットバニーは血を蹴って高く跳躍した。フェンスを軽々飛び越えてグランドの真ん中辺りに着地、それからぴょんぴょんと数回跳ねて体育会のクラブ棟へやってくる。野球部の部室までやってくると魔法でドアをすりぬけ、やすやすとなかへ侵入した。ここまでは非常に容易い仕事である。
「うっ……!」
部室の中に侵入し、スカーレットバニーは腕で口と鼻を覆った。中は汗と泥と靴下と充満した室内を舞う埃とその他諸々の若い男子が放つ悪臭地獄である。
「超くせえしとっととその種回収しましょうよ、益子さん……益子さん?」
「え?」
益子は空になったロッカーに潜り込んでいた所だった。おそらくそこが沢田のものなのだろう。呆れてスカーレットバニーもジト目になる。
「何やってんすか? 言っときますけどここしばらく俺のなかで益子さんの株が下がり続けてるんすよ?」
「ごめんごめん、ついよつい。三回瞬きしてみたら視覚が魔法植物発見モードに切り替わるから」
「本当にもう、大概にしてくださいよ」
言われた通りに三回素早く瞬きをすると、益子の言った通り視覚が切り替わり見えなかったものが見えるようになる。
ロッカーの一つにツルが絡まりサシの入った妙に生々しい花弁を持つ花がさきみだれているのがわかった。その花の一つ萼の下あたりから大きく膨らんだ実をつけているのがわかる。
「タネはその実の中にできるの。スカーレットの浄化の炎で焼き尽くすよ。それが早いし」
「了解っ」
再びロッドを取り出し、規模に合わせた音量で「スカーレットピュアフライファイヤー」と唱える。音声入力でないと魔法がかけられない仕組みになっているのが本当に辛い。
ともかくスカーレットロッドから放たれた浄化の炎はつる草と肉色の花をあっという間に燃え尽くした。魔法の炎なだけあって他のものは燃やさない仕組みになっているようなのが便利だ。
「この一番つる草が絡まっていたロッカーが一年の斎藤ってやつのものだったんすかね?」
「多分ね。さ、これで安心安心」
沢田に見せる執着とは正反対の淡白ぶりで益子がふわりと浮き上がる。比較的楽な事件でやれやれとスカーレットバニーも伸びをした、その時だった。
ガチャリ、音がして部室のドアが開いたのだ。驚いて振り向くと、そこには小柄な人影が。
「⁉︎」
ステルスモードになっていることを忘れ、スカーレットバニーも益子も壁に張り付いた。
侵入者も自分たちと同じようにステルスモードなっているのか光が一部分だけゆらゆらと歪んでいるようにしかみえなかったが、その歪みのかたまりが斎藤少年のロッカーの前へ移動し、甘ったるく舌足らずな声で「あれ〜? おっかし〜?」と呟くのが聞こえた。
二人にとっては非常に聞き覚えのある声だ。夜幻帝国のプリンセス(つまりは幹部)・アリスドロレス、その人の声。
「もう種が回収出来るはずだったのに〜。あいつらに見つかっちゃったっぽい〜。ちぇ〜」
そろそろと外に出ようとした二人にの前で、大きなリボンをあしらった銀髪とエプロンドレス姿のアリスドロレスが姿が現れた。
ステルスモードを解いたのだろう。特徴的な大きなタレ目で二人をねめつける。
「逃げんじゃないわよスカーレットバニー」
アリスドロレスは手を軽く薙ぎはらう、それだけでおそいくる衝撃波。
とっさに益子を抱え込みながらスカーレットバニーは身を丸くして魔法の防護壁をつくる。衝撃波をくらったクラブ棟はボロボロと崩れ半壊した。
もうステルスモード維持していても意味は無いだろう、立ち上がりながらスカーレットバニーも姿を表す。
「ちょっとー、あたしたちが育てた魔獣の種を勝手にダメにするってどういうつもりなのよ〜ファルムヘルム王国ってば。条約違反じゃなくない〜?」
タレ目にリボンにエプロンドレス、右手には大きなロリポップ、左手にはいつものようにツギハギだらけなウサギのぬいぐるみ。夜幻帝国の美少女幹部アリスドロレスは宙に浮かびながら頬を膨らませていた。
「今回あたしたちは無辜の人間たちを襲ったりしてないんですけど〜。人間に危害を加えない限りはあんたたちはこっちに手を出さない条約があるはずだけど〜。出るとこ出ちゃう〜?」
「ハァァ? 無辜の人間たちの私物を盗んどいて何がよくも言えたものね! まさにぬすっと猛々しいだわ」
スカーレットバニーの腕から浮き上がった益子が珍しく声を張り上げて怒る。が、アリスドロレスもプンプンと頬を膨らませている。
「盗んだだけだし〜。襲ってないし〜。あたしたちだって魔獣の種を育てて売りさばくっていう仕事があるのに仕事を荒らしたあんたたちに盗人だなんだとか言われたくないし〜」
夜幻帝国は所謂「悪の帝国」だが、「帝国」とハッタリのきく屋号を名乗りはしていても魔獣の種を育てて他所の悪の国に売るというビジネスを主産業にしているという業界では中堅どころの組織だ。異世界を派手に侵略戦争をしかけるほどの体力はない。
そして夜幻帝国と因縁の関係にある魔法の国・ファルムヘルム王国の規模や力もほぼそれにつりあうレベルである。
ファルムヘルム王国と夜幻帝国は善と悪で対立しあう中だが、光なくして影もなく影なくして光も存在できないのは世の理、もたれ合う関係を永劫に続けるためにはお互い踏み越えてはならぬ一線は尊重しあうように……という暗黙の了解が両者には横たわっている。それを益子が踏み越えたと、どうやらアリスドロレスは指摘しているようだ。
異世界の国家間にもあるらしい「出るとこ」なるものの存在をチラつかされてスカーレットバニーは心配になる。
「あんなこと言ってますが、大丈夫すかね?」
「安心して、抜かりはないわ」
勝ち目があるのか益子はふふっと笑う。
「アリスドロレス、夜幻帝国はファルムヘルム王国管轄エリアである船井第二中に不可侵であるべきだった筈だけど、なのにどうして船井第二中野球部部室に侵入して部員の私物を盗み魔獣の種を植え付けるようなことをしたのはあなたよね? 出るところに出て困るのはそっちじゃない?」
「は、はぁ〜? 証拠は証拠〜?」
益子が言い分を認めてるのも等しい調子で反論するアリスドロレス。益子は冷静にスマホをとりだす。
「残念ながら証拠はないので異界統合連合に通報するからね。こういうのは第三者を交えないと」
「やめてー、警察沙汰になるとパパに怒られちゃうの〜。わかったから〜もー!」
司法を怖がる悪の幹部というものを初めて目にした驚きに浸りるスカーレットバニーの前で、えーんえーんとわざとらしく泣きながら、アリスドロレスはことの次第を白状しはじめた。
「だってだってー、お得意様から体育会系イケメンを襲う触手系魔獣の種の発注がきてたんだもん〜。俺様アスリートvs108体の魔獣って企画のために大量の種がいるっていうんだもん〜。あたしたちのテリトリー圏内の学校で栽培をするだけじゃ苗床不足だったんだもん〜。えーん」
えーんぐすんぐすん…と泣いてみせる姿はあざとく愛らしいが言ってることは全くロクでもない。
「触手……?」
「何よ〜スカーレットバニー、触手の需要を馬鹿にするわけ? そういうの育てるあたしたちを汚いものみたいにみるわけ? 自分だけは触手のお世話にならない綺麗な存在って言いたいわけ?」
愚痴っぽい口調で云い募るアリスドロレスの口調に攻撃的なものが混ざる。危機感が募った時にアリスドロレスは右手のロリポップを一振り、巨大な杖は変化させる。
「何よ何よ何よ、あんただって触手にお世話させてやるんだから〜!」
杖と化したロリポップの軌跡から光る種が生まれ、アリスドロレスが左手に持っていたウサギのぬいぐるみに寄生。ぬいぐるみは巨大化し四肢をうねうねうごめかせる触手に変化させて二人を襲った。
襲い来る触手をスカーレットバニーは剣に変化させたロッドで切り裂く。
「こ、これはちょっと……まずくないすか⁉︎」
「まずいよ! ファルムヘル王国の魔法戦士はR-18仕事をやらないのがポリシーなんだから!」
「そこ、そこすか⁉︎」
「ホラー、あんたたちはそうやってあたしらを汚いものあつかいする〜!」
触手がさらに細かく分かれ、二人を上から襲いかかる。それを走って交わす。走りながらスカーレットバニーは諦めた。
「益子さんキャラ強制機能をおねがいします」
「がってんだ!」
だからなんでまた江戸っ子? という疑問をもたげるより先にスカーレットバニーの胸には力強さと全能感が溢れた。それが手足に行き渡るのを待ってから、その場に停止し触手の宿主であるウサギのぬいぐるみ本体にむかって剣に変化したロッドを振る。
「はぁっ!」
気合一閃、縫いぐるみは真っ二つになり触手はボロボロと左右に散った。剣を再びロッド形態に戻してからスカーレットバニーはその先を宙に浮かぶアリスドロレスに向けて不敵に笑ってみせる。
「(長居はしてられないから早くすませる。これ以上ことを荒立てるつもりはないので今日はもう引いてもらおう)悪いけどあたしはあなたと長く遊んでる時間はないの。あんたがあたしに可愛がってもらいたいっていうなら別だけどそうじゃないならとっととお家に帰りなさい」
宙のアリスドロレスは明らかに気分を害して片頰を引きつらせた。あちゃー、とスカーレットバニーは益子にだけ聞こえるトーンで呟く。
「(もうちょっと柔らかな調子で翻訳できませんかね?)もうちょっといい具合に翻訳できないの?」
「スカーレットバニーは勝ち気で強気で小生意気って性格設定だから……。今度までにちょっと調整しとくわ」
「調子に乗ってんじゃないわよ、スカーレットバニー!」
アリスドロレスのウサギは見る間に縫い合わされ、再生した触手が再び二人を矢継ぎ早に襲う。その都度剣で斬り払うが触手はすぐに再生しまするので全くきりがない。
「(浄化魔法が使えないんすが?)ちょっとー、浄化魔法がまだつかえないんだけど⁉︎」
「さっき使ったから魔力がチャージしきれてないのよ、悪いけどちょっと耐えて!」
なんですと⁉︎ と耳を疑った瞬間、胴体にブヨブヨとした触手が巻きつきスカーレットバニーは宙に持ち上げられた
「いいざまねえ、スカーレットバニー」
勝ちほこるアリスドロレスはほほほと笑う。
「計画もぶち壊されちゃったし、いつも人を汚物あつかいするあんたをドロッドロのグッチャグチャに堕としてやる。その様子を異界間ネットで流してやるんだから覚悟しなさい〜」
うねうねと触手の先が頬の上をはった。これはヤバイ。そしてキャラ強制機能のリミットまでのこり1分もないはず。様々な危機に体が強張る。
自分がここで敗北してしまうことでファルムヘルム王国の評判を地に落としてしまうのか、というか自分の初めてが女として、しかも相手が触手でいいのか、それ以前にキャラ強制機能リミットが来た後の苦痛が怖い…。
「スカーレットバニー、気をしっかりもってあともうちょっとで魔力がチャージが終わる!」
「(そんな無茶いわんでもらえます?)」
キャラに反するので一人の人間、因幡緋呂としての言葉は口から放たれなかった。
触手がひたと頬を撫でるなを顔を背けて耐えた時。
ぱあっ!
と、目もくらむような閃光があたり一帯を染め尽くした。因幡緋呂が憧れたあの人が放つ、あの光だ。
光は触手を焼き尽くし、スカーレットバニーは落下する。
「よっと」
抱きとめたのは、白いドレスに天使のような羽根を生やし、長い髪をなびかせた天才魔法少女のシャイニーホワイトその人だった。
「お待たせ!大丈夫だった? バニー」
明るく優しく、見ているだけで笑顔が溢れるようなその笑顔。益子自身も驚いたように声を上げる。
「シャイニーホワイト! 一体どうして」
「(あんたたちが気になったから様子を見に来ただけよ)可愛い後輩が心配だったから様子を見に来たの。だって先輩だもん!」
「んんもー! なんで邪魔するのよシャイニーホワイトー! あんた引退したんでしょー⁉︎」
「(あたしのテリトリーで好き勝手するバカがいるのにのんびり休んでらんないでしょう、このバカが!)あたしたちの学校でいたずらする悪い子は見逃せないのよ、おバカさん!」
キャラ強制機能を使っているもの同士だと本音が副音声状態で聞こえるのは新発見だった。
シャイニーホワイトはにっこり笑うと、スカーレットバニーに手を伸ばす
「いくよっ、バニー」
「は、はい!」
シャイニーホワイトのリードに導かれるままロッドをかざす、そこに光があつまり巨大な光の球に。二人はそのまま声を合わせて唱える。
「魔を焼き尽くせ! フレイヤレニー!」
光の球は弾け、降り注ぐ光の雨となり飛び散った触手を見る間に浄化してゆく。それは非常に美しい光景だった。
スカーレットバニーの中にいる因幡緋呂はこのことを一生記憶していようと心に決めた。
※
「全く、魔力の残量チェックを怠るなんてあんたらしくない。どうなってんのよ」
「……面目ない。ありがとう、ひかり。ごめんね、因幡」
「べっつに。あんたたちが学校に種を焼却しにいくって聞いたから、でもってその前に不審者が目撃された学校の近くで浦時ありすがチョロチョロしてたみたいだから気になっただけ」
ん、と白崎ひかりが見せたスマホに表示されたSNSでタレ目の美少女の自撮り写真がアップされていた。『斎藤くんの練習見学ちゅー』のキャプションが添えられた自撮り写真。アリスドロレスがこの世界で普通の女の子と生活をしている時の姿・浦時ありすのアカウントだ。
「ったく、引退した今はフツーの女子中学生が気づく情報に気づかないなんて、しっかりしなさいよね」
「うん……」
人間形態に戻った益子はしゅんと小さくなっていた。こうしてみるとしっかりものの親友に叱られる大人しくて地味な同級生といった雰囲気だ。
「ひかりの言う通りだよ、ここ最近あたしってばどうかしてたわ」
「……まあ、益子にも好きな人のことを考えると暴走しちゃうような所があるんだって安心したけどね。前はそういう所見せてくれなかったし」
前はそういう所を見せなかった、なかなか信じられないがそうだったのだろう。
二年前の二人の間には、残された動画に見えない所で何があったのだろう。今は詮索しないに限るなと最後尾を歩きながら緋呂は思う。
「俺は大事なかったんで大丈夫すよ」
と一応言っておいた。
「はい、アリスドロレス。今回破壊したクラブ棟の修復、万一いるかもしれない目撃者へのアフターフォローは全て夜幻帝国もちたがらね。それで先にあんたがうちの学校で悪さしかけた件にかんしては不問にしてあげる。それでいいね! 分かったらサイン」
「うう…」
触手を倒され、逃げようとした所を捕まったアリスドロレスはくちをへの字にするのが精一杯の抵抗だった。差し出された書類にサインをなぐりかく。
その間、アリスドロレスのいる手前変身の解けないスカーレットバニーはキャラ強制機能リミット後の苦しみに悶えていた。
「う、ぅおええ……」
「ほら、しっかり」
背中をシャイニーホワイトにさすってもらうのもひたすらもうしわけない。ちなみにシャイニーホワイトのキャラ強制機能期間はスカーレットバニーより長いようだ。
「はい、書いた! これでいいでしょもう!」
「他にもあるでしょ。盗んだ生徒の私物を返しなさい!」
「えー、なんでそんなことまであんたたちに指図されないといけないわけぇ?」
「あったりまえでしょ? 言っとくけどあたしらは正義の魔法少女なんだよ⁉︎ 窃盗を見過ごせるわけないじゃない。せめてうちらの学校のだけでも返しな!」
正義の陣営としてそこで妥協してはいけないんじゃ……という緋呂のツッコミは吐き気に阻まれ言葉にならない。
アリスドロレスは急にモジモジしだす。
「あの、えっと……返さなきゃダメ?」
「だから当たり前だろって言ってるじゃない!」
「いやー、やだあ〜。斎藤くんの服は返したくないの〜。まだ何にもしてないのに〜」
「その子のはいいのっ! 最低でも2-3沢田健太のアンダーシャツだけ返せば!」
頼むので本音をもう少し引っ込めて……というツッコミもやはり吐き気の前には以下同文。
「沢田……? ああ斎藤くんの面倒みてる小柄な先輩くん? あの子を掛け算の左っかわに斎藤くんを右っ側にすると色々たぎるから一緒にしたかっだだけど」
「はっああ〜? バカじゃないのっ? 沢田は右っ側で固定だよ!」
「そっちこそわけワカンないわよ、なんであのその辺にいるモブ男子が右側なの。斎藤くんが総受けっ」
なんだかわけのわからない話をしてるなと最悪な気分でいると耳に手を当てられた、耳に入れないようにというシャイニーホワイトの配慮らしい。やっぱり優しい。
……そのことを思い出しながらなんとなくつい耳に手を当ててしまっていることに、前方を振り返らずに歩いている白崎ひかりは知らない。
「ていうかさあ、不審者に盗まれた服なんて返されても迷惑なんじゃない? あたしなら気持ち悪くて二度と着ないけど」
「そうかもしれないけどさ、ユニフォームだってタダじゃないじゃん?」
「一応聞いておくけどさ、あんた沢田のシャツ返さないつもりじゃないよね?」
「……あたぼうよ」
「何よ。その間」
前を歩く二人は本当に昔から仲のいい、友達同士のようだ。その距離の力に何故か安らいでいると、向こう側から近づいてきた自転車が数メートル手前で止まった。
「あれー?」
噂をすればなんとやらとでもいうのか、自転車に乗った沢田だった。
霜降りグレーのパーカーとジーンズという全くなんてことのない私服姿だった。
「益子と因幡と……白崎さん? 何やってんだよこんな時間に」
「沢田こそ、こんな時間に何ウロウロしてんの?」
ほんのしばらく前まで世にもえげつない会話をしていたとはちらとも匂わせない、女子中学生らしい気さくさで答える益子。
「なんか学校の方で変な光が見えたっていうから見に行くとこだったんだよ」
「何それー、野次馬だなあ沢田はー」
さっきまでその変な光を放っていた側だったとはとても思わせない自然な調子で笑う益子。全くあどけない女子中学生そのものだ。
「あたしらはたまたま図書館で一緒になったんだけど、因幡が危ないからって送ってくれる最中だったんだ」
「ふーん……」
沢田が微妙な含みを持たせる間を発したからか、白崎が緋呂の袖を掴んだ。予期していない行動に出られた動揺が顔に出たがそれより先に白崎が笑顔を作った。
「じゃ、あたし達はこっちから帰るから。益子は沢田くんと一緒に帰りなよ。じゃーね、沢田夫妻〜」
「夫妻じゃねえし!」
声を見事にハモらせる二人を置いて白崎は曲がり角を手前でおれる。こちらの行き先はカフェスノードロップとは逆方向だ。因幡はそれに引きずられる格好になったが歩調を合わせる。
「白崎さん」
右腕に白崎の気配を感じないわけにはいかず、動揺を誤魔化すためにとりあえず言葉を発してみた。
「気を悪くされるかもしれないすけど……いい人すね」
「いい人って言われると気を悪くするんじゃないかって気を回される意味がわからない」
そばのコンビニに入り、自転車に二人乗りでさってゆく少年少女を見送ってから思い切って声をかけた。
「あの、本当に送らせていただきますんで」
「そうしてくれる? あ、茜ちゃんうちでいい子にしてたよ。小金井が面倒見てくれてる。スカーレットバニーの正体教えてあげていい?」
「……」
「冗談だってば。念のために言っておくけどシャイニーホワイトの正体も内緒にね」
白崎はいたずらっ子のように微笑む。
その笑顔を隣で見ながら、あまり積極的に触れたくないものを突きつけられたここ数日間だったが、今日はトータルではいいことの多かった一日だったなと緋呂は小さな幸福に包まれていたのだった。
魔法少年少女とマスコット ピクルズジンジャー @amenotou
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