人違い!?

 新生活が始まりウキウキした気持ちと気だるいような憂鬱さが入り交じったという表情を浮かべた人たちが多くみられる季節。私も間違いなくその中の一員でした。

仕事が上手く行き始め、毎日通うのが大変だからとこっちに住むことになった、そんな時期だったと思います。

知らない町、知らない人たちに囲まれ、あの頃私は寂しかったのかもしれません。

天気も良く、ぽかぽかした陽気に包まれ、幾分か乗ってきた気分とは裏腹に、イマイチ乗りなれない電車を降りました。何か視線を感じて、後ろを振り返ると、そこには同級生のサトウ君がいたのです。

学生時代そんなに親しかった訳ではありませんでした。

久しぶりだったから、最初は違う人だと思ったの。でも、彼は目が合っても逸らすことはありませんでした。彼の視線はまっすぐ私に向けられていた、見ているこっちの方が恥ずかしくなってしまうくらいに。

よく見ると、やっぱりサトウ君のような気がしました。

あの頃、私は誰かと普通の楽しい会話がしたかったのかもしれないですね。


「久しぶりだねっ、元気だった?」


私が声を掛けると、サトウ君は驚いたような表情を浮かべていました。あなたが視線を送ってきたから私は気が付いたのよ?もしかして、私のこと憶えてないのかしら。それはあんまりじゃない?


「おー、久しぶりじゃーん!元気元気」


彼が反応してくれた。よかった、私はホッとしました。どうやら思い出してくれたみたい。そう言えば、この辺りにお洒落なカフェがあるって聞いたことがあった。そうだ!次の仕事まで時間があるから、誘ってゆっくり話でもしてみたいな。




 店内に入ると、目元のはっきりしたかわいらしい店員さんが迎えてくれた。噂通り店内は西洋を意識した石畳やノリのいい洋楽のBGMがお洒落具合を存分に表現していました。


 サトウ君は、店員さんの方を見てボーっとしていた。中学の時、サトウ君がよく友達と話している途中でボーっとしていてよく友達に注意されていたことを思い出してしまいます。なんだか、その変わらなさが心地よかったです。


 そして何より、サトウ君が私のことを「綺麗になったね」って言ってくれたのがすごく嬉しかった。私の中では、彼はあまり正直にそんな恥ずかしい事を言ってくれるような人ではなかったから。仕事柄そうやって言ってもらえることも多いけど、彼みたいな人に言ってもらえると自分に自信が持てるようになります。

君こそ、男らしくなってすっかりカッコよくなったじゃない。

なんてね。私って昔から恥ずかしくて自分の気持ちを素直に言えません。時々そんな自分が嫌になったりもします。


  最後に彼と別れるとき、私は勇気を出して連絡先交換しようって言うことができました。そんなことしなければ気付くこともなかったはずですが。


‘佐東 将太‘


画面にはそう表示されていた。

そう、私は人違いをしていたのです。

彼は、サトウ君ではあったけど、佐藤君ではなく、佐東君だった。

私は恥ずかしさのあまり顔から火が出そうでした。

どうして気が付かなかったのでしょうか。きっと、気付くタイミングはいくらでもあったはずです。

自分の鈍感さ加減には呆れてしまいます。あー、誰か私の頭を叩いて欲しいくらいです。

私はできるだけ平静を装い、その場から離れました。

でも、きっと変な子だと思われたはずです。




何故かその後も彼のことを忘れることができませんでした。1週間くらいしてなんと、彼から連絡が来たのです。私はその場で飛び跳ねてしまいました。


そして、あれから10年たった今でも将太君と子供二人と一緒にいられて私はとても幸せです。もちろん、彼のデザインした素敵なお家で暮らしています。将太君との出会いがこんなだったなんて今思い出してもおかしくなってしまいますね。



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バイ・チャンス @zawa-zawa

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