もしも・しょこらてぃえ! 後篇

 藤島晴香です。今、駅に着きました。都会は人が多くて酔っちゃいそうです。


 うーん、そうだな、まずは一番近いデパートまで行ってみましょう。ええっと、何口が一番近いのでしょう。


「あっ、間違えた」


 人の流れに逆らわずに改札を出たら、中央口に出ちゃいました。デパートは南口から出たほうが良かったみたいです。ここから周らなきゃいけないみたいで、嫌になっちゃいますね。


「おっ、晴香ちゃんじゃないか」


「え?」


 背後から声がしました。聞き覚えがあります。


 振り返ると、そこにいたのは一月兄さんでした。


「あっ、お兄さん。どうしてここに?」


「俺は大学の友人と遊んでいたところだ。今丁度解散して、これから帰ろうとしたとこなんだけど」


「そうなんですか」


「晴香ちゃんこそ、どうしてここに?妹は?」


 どうしましょう、一月兄さんには黙って置いたほうがいいと思うのですが。


「ええと……その、材料を買いに」


「ああ、わかったぞ。今チョコ作りしてるんだ」


 バレてしまいました。こうなったらお話しちゃいましょう。ごめんね、双葉。


「そうなんですよ、双葉がチョコレートケーキ作ろうって言うので途中まで作っていたんですけど、材料が足りなくて、それで私が買い出しに」


「なるほどな、まぁ双葉のことだし材料用意してもレシピとか見ずに買ってきたんだろうな」


 その通りです、流石お兄さん。


「なんで、これからデパートに行こうと」


「それなら俺も付き合おう、今家に帰ってもまた追い出されそうだからな」


 そう言って、一月兄さんは苦笑したのでした。



・・・



「えっと、後はキルシュ酒?だっけ?」


「はい、そうです。あの、荷物持ってもらってありがとうございます」


「構わないよ」


 シロップとさくらんぼを買い終えて、キルシュ酒を買いに行きます。デパート内の食品コーナーにはなかったので、近くの輸入食品店へ向かうことになりました。ここの駅周辺は時折双葉と遊ぶときに来ますが、デパートとかには寄らないので、一月兄さんが案内してくれました。とっても頼もしいです。


「そういえばキルシュ酒ってなんだ? エル、っていないんだった」


「キルシュ酒のキルシュはドイツ語でさくらんぼの意味で、さくらんぼの蒸留酒のことです。これをお菓子作りに使うと風味が違います」


「ほう、詳しいんだな。そのまま飲んでも美味しいんだろうか」


「私、未成年ですよ。それはわかりませんよ、お兄さん」


「そっかそうだよな。試しにちょっと飲んでみようかな」


「ふふっ、そうしてください」


 真剣にキルシュ酒の味を考えている一月兄さんの顔が少しおかしかったので、つい笑みがこぼれてしまいます。



 輸入食品店に着くと、一月兄さんが店員さんにキルシュ酒の場所を聞いてくれました。すぐに見つかり、購入出来ました。


「すみません、お客様。年齢確認させていただけますか」


「はい、どうぞ」


 レジでお兄さんがそう聞かれ、学生証を提示していたのを見て、結局自分では買えなかったと思いました。一月兄さんいてよかったです。


「さて、帰ろうか。俺は少し帰るのを遅らせたほうがいいかな?」


「そうですね、どうしましょう」


 そこで悩んでいた所にスマホのメッセージアプリに通知が来ました。双葉からです。


『ハルちゃん!緊急事態!スポンジ焦げた!』


 ええ、どうしましょう……。


『代わりにエルちゃんとクッキー焼いてるから、帰って来て!』


 立て続けにメッセージが届きました。こうなったら今の現状を伝えておきましょう。


『実はお兄さんと会っちゃったんだけど、どうしたら良いかな?』


『え? ホント!?』


『うん』


『じゃあ、お兄ちゃん引き止めてて! クッキーならひとりでできる!』


『本当かなぁ……』


『ホントだよ!えーと、二時間くらい引き止められる?』


『ええ……、そんなに?』


『頑張って!』


『うん、やってみるけど、あんまり期待しないでね』


 そうメッセージを打ち込んで、私は一月兄さんにお話することにしました。何を作るとは言いませんが、後二時間待てという旨だけ伝えます。


「双葉のやつ、晴香ちゃん待たせやがって、後で叱っておかなきゃな」


「いえいえ、私は構いませんよ。こちらこそ、ごめんなさい。監督不行届です」


「まぁ、全部悪いのは妹だ」


「そう、かもしれませんね」


 私達は意気投合して、とりあえず電車に乗ることにしました。電車内は帰宅ラッシュでとても混んでいて、途中お兄さんとはぐれそうになってしまいました。すかさずお兄さんは私を抱くような形で他の人の接触を守ってくれました。男の人とこんなに近くなるのは初めてだったので、ちょっぴり怖かったですが、少しドキドキです。


 少し双葉が羨ましくなってみたり……、満員電車の中でそんなことを考えながら、一月兄さんの暖かな匂いに触れているのでした。



・・・



「ちょっと焦げ臭くない?」


「いや、わたし鼻が利かないからわかんないよ」


 確かに変な臭いがする。私はすぐにオーブンを止める。


「あーっ!表面真っ黒だよ!」


「あちゃ、本当だ」


 ど、どうしよう……。ハルちゃんに連絡しなきゃ。


「うーん、これは違うものを作ったほうが良いかも?」


 エルちゃんはハルちゃんに連絡している途中、そんなことを言ってきた。


「うん、え?今ハルちゃんお兄ちゃんと一緒なの?」


「裏切られちゃったね、こうなったら二人でやろう」


 うう、ハルちゃんという大きな戦力を失ったのは大きいけど、ここは二人で作れるものを作った方がいいかもしれない。


「そうしよっか。そしたらハルちゃんにはお兄ちゃんを引き止めてもらおう」


「じゃあ、何作る?」


「何なら簡単に、すぐ出来る?」


「クッキーなら簡単かも、生地作って焼けばいいだけだし、二時間あればなんとか作れるね」


「うう、上手くできるかな?」


「上手く作るより、イツキへの愛情が大事だよ!頑張ろう!」


「あう……、そんなに勢い良くいわないでよぅ」


 私はハルちゃんにお兄ちゃんを引き止めてもらうようにメッセージを送って、早速生地作りに挑むのだった。



・・・



 二時間、うーむ、後一時間ちょいか。どうしたものか。


 俺と晴香ちゃんは電車を降りてからゆっくりと最寄り駅構内を歩いていた。


「これからどうします?」


「そうだな、ちょっとゲーセンにでも行くか? いや、女の子はカフェとかのがいいのか」


「ゲーセン! 良いですね、行きたいです!」


「そ、そうか。ここから近いし、早速行くか」


 そんなに食いついてくるとは思わなんだ。俺達はゲーセンへ向かう。



「何度来ても耳が痛いな、ここは」


 ゲームセンターの喧騒はいつになっても慣れない。俺自身、そんなに来ないところだ。青梅に誘われてたまに来るくらいだな。


「そうですね! でも、なんだか楽しそうです!」


 普段通り喋るとゲーム音に声が掻き消されそうなので少し大きめの声になる晴香ちゃん。ふむ、そうだな、こういう時はUFOキャッチャーでもやるかな?


「わぁ、可愛い」


 そんなことを提案しようとする前に、晴香ちゃんは既にとあるUFOキャッチャーの台の前に張り付いていた。中にはよくわからない、ペンギンのような人形があった。


「お兄さん、これ、やります」


「おう、アドバイスしてやるぞ」


「共同作業ですね!」


「え? ああ……」


 時折この子は誤解するようなことを言う。無邪気だから悪気はないだろうが……。違う解釈をしてしまう俺が悪いのかという気になってくる。



「うーん、取れませんね」


 五回程チャレンジしたが、人形はギリギリのところで取れない。二回目の挑戦からは進捗がない。ん? ちょっと待てよ、これ、掴むんじゃなくてアームで押せば取れるんじゃなかろうか。


「ちょっと一回やらせてくれ」


「はい、どうぞ」


 俺は硬貨を台に投入し、考えた通りにアームの位置を調整する。よし、位置はほぼ完璧だ。


 ガコン!


「取れた!」


 よしっ、取れた。なんだ、案外簡単じゃないか。


「ふふっ、お兄さんがガッツポーズしてるの始めてみました」


「見られてしまったか、恥ずかしいな」


 苦笑し、取れた人形を台から取り出し、晴香ちゃんに渡す。意外と大きいな、これ。


「え、いいんですか? お兄さんが取ったのに」


「いいよ、俺からのプレゼントだ。今日はバレンタインデーだしな」


「それって逆じゃないですか?」


「海外じゃ逆でもありだ」


 本日二度目の発言になってしまった。俺は別にそんな海外推ししたいわけじゃないのだが。


「お兄さんは時々面白いこと言いますよね、双葉が――ましいです」


 ゲームセンターの喧騒で晴香ちゃんが何を言ったのか聞き取れなかった。


「なんだって?」


「いいえ、なんでもありませんよ、ふふっ」


 そうはぐらかす晴香ちゃんはとても嬉しそうだった。まぁ、良しとしよう。


「それじゃ、そろそろ帰るか」


「はい、人形ありがとうございます、毎日抱いて寝ますねっ」


「どういたしまして」


 俺がその人形になりたいくらいだ。クソ、羨ましいな。



・・・



「おかえりなさーい!」


 お兄ちゃんとハルちゃんが帰ってきた、ふふっ、間に合ったぞ。


「ほら、フタバ、早く渡しなよ」


「うん、お兄ちゃん、ハッピーバレンタインデー!これ、あげる!」


 ラッピングまでしたクッキーを渡す。お兄ちゃんは面食らったような顔をした。


「おっ、義理かー。嬉しいぞ、ありがとうな」


 むぅ。


「義理じゃないよ! 本命!」


「本命!? 学校の男の子に渡すんじゃなかったのか?」


「まだお兄ちゃんを超える男の子なんていませんよーっ」


「なんか、わたし達、オジャマみたいだね、ハルカ?」


「そうだね、もう帰ろっかな?」


「ええ、待って待ってー!」


「そうだ、晴香ちゃんが買い出しに行ったって、本当は何を作るつもりだったんだ?」


「フォレノワール、です」


 ハルちゃんが答える。


「スポンジ焦げちゃったんだよ、ほら」


 私はキッチンまで二人を招いて焦げたスポンジを見せる。


「ほう、でもこれ、焦げてるの表面だけだな。上手くやればまだ作れるぞ、修正可能だ」


「ホント?」


 こういう時、お兄ちゃんの方が女子力が高い。ちょっと悔しい。


「みんなで一緒に作ろうか」


「賛成です、お兄さん、手、洗って来ましょ」


「おう」


 ん? なんかハルちゃんとお兄ちゃん、仲良くなってない? それと、ハルちゃんが抱えてるお人形はなんだろう?


「ま、いっか」



・・・



 後は、このチェリーを上に乗せてっと……。


「ふむ、なかなか良い出来だな」


「そうだね、イツキ、お菓子作りもできるんだね」


 完成したフォレノワールを見て満足する。ふと時計を見ると、九時を回っていた。


「もうこんな時間か、晴香ちゃん、大丈夫か?」


「はい、両親には連絡しました」


「よし、ケーキを分けるから、半分持ち帰って。お父さんにあげたら喜ぶぞ」


「良いんですか? ありがとうございます」


 そうして、俺と双葉で晴香ちゃんを家まで送った。近所だから徒歩だ。


 その帰り道、妹が突然コートの裾を引っ張ってくる。


「どうかしたか?」


「ううん、今日はありがとね」


「何もしてないんだが」


「いいのっ。お兄ちゃん、ありがと、大好き!」


「のわっ!」


 そう言って、妹は俺に飛びついてくるのだった。まだ付いている寝癖がちょっと気になった。

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キヲクを紡ぐは魔術の書.exe 淡谷桃水 @awaya_tosui

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