もしも・しょこらてぃえ! 中篇
・・・
『着いた。どこいる?』
『中央口改札前にいるよー』
『あ、いた。そこで立ってろ』
スマホの画面から目を離し、あたしはあたりをキョロキョロ見回す。
「いたいた」
「よっ、後輩」
「わざわざ来てくれてありがとね、先輩」
ちょっとミステリアスな感じのそこそこ長身な男の子、越生一月くんだ。今日はバレンタインデー。ここに呼び出したのは他でもない、チョコを渡すためだ。うーん、昨日ちゃんと準備したのだけど、美味しく出来てるかな?
「で、松原よ。今日は、どうして呼んだんだ?」
って、ええ? 今日何の日か気が付いてないの?
「え、ええと、ちょっと暇つぶしに」
「息が合うじゃないか。俺も今日は暇つぶしだ。妹に家を追い出されてしまってな」
「追い出された?」
「なんかよくわからないが、晴香ちゃんと遊ぶとか言ってな。いつもは追い出されないんだが、年頃の女の子ってそういう時あるもんなのか?」
それはきっとチョコ作りしてんのよ。
「まぁ、そういう時もあるんじゃない?」
思ったことは言わずに気が付かないままにしておいた。今日が何の日か気が付いたらここに呼び出した理由が勘付かれそうだし。
「そうなのか。よし、松原、どこ行きたい?」
「え?」
「暇だし松原の行きたい所付き合ってやるぞ」
ええ……、エスコートしてよぉ。まぁ、いきなりチョコを渡したら解散になっちゃうし、ちょっとデートしましょう。
「そうね、最近洋服買ってなかったからちょっと見たいのだけど、付き合ってくれる?」
「洋服? 良いけど、女モノは詳しくないぞ」
「いやいや、男の子が詳しかったらキモいからね、どっちがいい? って聞かれたらこっち! って言ってくれればいいの」
「どうせ聞く前から買う方決まってるんだろう」
「いいからいいから、行くよー?」
「はいはい」
あたしは越生くんと行きつけの洋服屋さんに向かった。
「ほう、お前によく似合う、『ゆるふわ』って感じの洋服が揃ってるな」
着いて早々、毒舌を見せる越生くん。ゆるふわで何が悪い!
「ファッションは人の自由でしょー」
「そうだな、今日は何を買うんだ?」
「んー、まだ決まってないけど、気に入ったのあれば買っちゃうカンジ?」
「いや、買うもの決めてから来いよ……」
男の子はショッピングというものをわかっていないのだろうか? こうやって見るのも楽しみの一つなのに。
「もう春物出てるね、冬物は安くなってるかも……、あ、これなんてどう?可愛くない?」
あたしはセーターを手に取り、体に合わせる。
「悪くないな。どれどれ、げっ、こんなに高いのか」
越生くんは別の色の物を手に取ってタグを確認した。もう! そういうことしないでよ、楽しくなくなっちゃうよ!
「むー」
ジッと見つめているのがバレたのか、越生くんは手に取ったセーターを元に戻す。
「まぁ、確かにちょっと高いかもしれないね」
「だろ? ここの店、全体的に高くないか?」
「他にもよく行くお店あるから、そこも回っていい?」
「構わないぞ」
あたし達は二、三軒店を回ったが、結局他に気に入ったのがなかった。
「えー、あのセーター、もう千円くらい安ければ買ったんだけどなー」
「そうだな、セーター、似合ってたな。紺じゃなくて深緑のが良かったが」
「そう? もうちょっと考えようかな」
うむむ、越生くんが似合ってたと言ってくれるなら買っちゃおうかな……、でも出費が。
「お腹空いたな、そろそろお昼ご飯でも食べに行かないか?」
時計を見るともう午後一時だ。お昼を過ぎていた。
「そうだね、何が食べたい?」
「ハンバーガーとかがいいかな、軽く済ませたい」
「賛成、行こ?」
近くのハンバーガー屋さんへ。手を繋ぐことはないけれど、万有引力が働いているみたいに越生くんを引っ張っていった。手、繋げたらいいなーなんて、思っちゃったり。
「わぁ、混んでるね」
まだお昼時なのだろう、ハンバーガー店内は客でごった返していた。
「先に席とっといてくれ。松原の分も注文するから。なにがいい?」
「えーと、チーズバーガー、セットで」
「ドリンクは」
「コーラ!」
「了解、二階席とかだったらメッセージ送ってくれ」
「そうする! ありがと」
たまに気の利くときもある。こういうのはポイント高い。一階は人で溢れていたので、二階席まで行くが、それでも満席だ。あ、今ちょうど席空いた。すかさずそこに座る。メッセージ送っとこう。
「おっそいなぁ、どうしたんだろ?」
セーターのことを考えながらぼんやりとスマホの画面を見ていたが、結構時間が経っている。なにかあったのかな?
『なにかあったの?』
あたしは越生くんにメッセージを送る。
『すまん、ちょっと注文ミスがあったみたいで』
なるほどね、これだけ混んでたらそんなこともあるかも。
『もう少し待っててくれ』
『はーい』
五分ほど待つと、ハンバーガーの乗ったトレイを持った越生くんが現れた。あたしは手を上げて場所を示した。向こうも気が付いて、こちらへやってきた。
「申し訳ない、コーラがアイスティーになっててな、取り換えてもらうのに時間がかかったんだ」
「大丈夫だよ、ありがとね。いくらだった?」
あたしは財布を取り出す。
「構わないよ、待たせちゃったし」
「いやでも」
「まぁまぁ、たまには先輩に奢らせてくれよ」
「やったぁ、ありがと、センパイ」
「どういたしまして」
・・・
「うーん、これ、焼けてるのかなぁ。エルちゃんどう思う?」
私は今、オーブンの前でスポンジと格闘中だ。スポンジに串を刺して、焼き加減を確認しているんだけど、どうなのかよくわかんない。
「まだまだだね、ほら、串に生地が付いてるし」
「そっかぁ、でも、表面はいい感じじゃない?」
「ホントだ、もう五分くらい焼いて様子見る?」
「そうしよう、よし、やっちゃえエルちゃん」
「りょーかい」
スポンジをオーブンに戻し、エルちゃんが遠隔操作でタイマーをセット。さて、上手くいってくれるといいのだけど。
・・・
「あれ、ないなぁ、どうしよう」
双葉によると名前がカッコイイから、という理由でフォレノワールを作ることになったのだけれど、材料が足りなかったので近くのスーパーまで来てみました。ですが、二月のこの時期にさくらんぼなんて売ってるはずもなく、途方に暮れている私です。
「うーん、少し遠出しようかな、あの大きい駅なら近くのデパートとかに置いてありそうだし」
よし、駅に向かいましょう!双葉には連絡しておいてっと、少し時間はかかりますが、一人で遠出は久しぶりなので少しワクワクしていたりします。双葉はちゃんとスポンジを焼いているのでしょうか。エルちゃんがしっかり指導してくれていると助かります。
そういえば、一月お兄さんはどこへ行ったのでしょう?
・・・
「んーっ!今日は色々見たね!」
「ああ、少し疲れたが楽しかったな」
あたし達はお昼ご飯を食べた後、雑貨屋さんで小物を見たり、本屋さんに入り、そこで張り付いて動かない越生くんを引っ張ったり、色々と楽しかった。もう暗くなり始めている。最近日は伸びてきた、だけど夕焼け空と夜の帳のコントラストに網膜が焼かれる。
「そろそろお開きかなー」
「うむ、今帰っても流石に妹に怒られないだろう」
「そっかそうだった」
さぁ、渡すぞ、あ、でも、どうしよ、ええと……
「そういえば、松原。これ」
越生くんが鞄から何かを取り出す。
「――!」
取り出したのはラッピングされた袋だった。あたしは受け取って手で感触を確かめる。なんだか柔らかい。
「開けても構わんぞ?」
「そうする!」
ラッピングを取ると、セーターが現れた。あの時洋服屋さんで見てたやつだ! 色は、紺色だった。
「わぁ……、え、これ、ホントに?」
「ああ、プレゼントだ」
「どうして?」
「今日は何の日か知らないのか?バレンタインデーだぞ、何だ松原は。街中バレンタインデーってムードじゃないか」
「…………」
そんなの知ってるよ! って言いたかったけど、突然のプレゼントに驚き、言葉が出てこない。
「どうせあれだろ、バレンタインデーは女の子から〜なんて考えてるだろう。残念だ、それは日本だけの常識だ。海外じゃ男性からもプレゼントや手紙を渡すんだよ。今日は、その、日頃の感謝の気持ちだ」
「え、でもいつ買ったの?」
「ハンバーガー屋で少し待たせただろ? あの時だよ、まったく、男一人で女物の服買うなんて、恥ずかしかったぞ」
そう言って越生くんはそっぽを向く。照れてる、ウルトラレアな瞬間だったりする。まぁでも、日頃の感謝かー。友達として、だよね?
「あ、そうだ、あたしからも……はい」
「いいのか? チョコだなんて」
「いいから、受け取ってよ、こっちも日頃の感謝の気持ちだよ」
「そうか、ありがとうな」
渡せた! ちょっとだけ、前進できたかな?
「あんまり自信ないけど、感想聞かせてね?」
「まかせてくれ」
「ところで、どうしてこのセーター紺なの? 深緑のが似合ってるって越生くん言ってたのに」
「だって、松原ずっとその色見てたからな、人の意見も大事かもしれないけど、やっぱり自分が着たい物を着た方がいいだろ? それに紺だっていい感じだぞ」
たまにこういう台詞を言うからずるい、このセンパイ。
「……ずるいなぁ」
「なんだって? 聞こえなかった」
「なんでもない! 今日はありがとね、じゃあ、またね!」
その場から早足で去る。恥ずかしいとか嬉しいとか、色々溢れてくる。
やった!
明日早速セーター着よう。明日はもっと寒くなればいいな。
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