番外編 .zip!
もしも・しょこらてぃえ! 前篇
「ふわぁぁ……」
もう九時だ。お布団から出たくないよぉ……、顔が寒い、今日は午後から雪が降るって天気予報で言ってたなぁ……。
「だめだめ! 今日はチョコレートケーキを作るんだから!」
ガバッと、布団を押しのけて起き上がる。カレンダーを見る。今日は二月十四日、バレンタインデー。ちなみに日曜日である。
「ハルちゃん来るの十時だっけ、それまでにお兄ちゃん追い出さなくっちゃ!」
今日は親友の藤島晴香、通称ハルちゃんと一緒にチョコレートケーキを作る約束をしている。私は料理やお菓子作りは全くと言っていい程出来ない。自慢じゃないんだけど。だから、家事全般をそつなくこなす、ハルちゃんに頼み込んで一緒に作ってもらうことにしたのだ。「まったく、もう」と言いながらもハルちゃんは引き受けてくれた。
とりあえずお兄ちゃんを起こそう。あげる相手が作っている目の前に居ては計画が台無しだもの。ハルちゃんにもからかわれてしまう。
私はお兄ちゃんの部屋に入り、ゆっくりと寝ているお兄ちゃんの元へ歩み寄る。
「にしし……」
おっといけない、思わず声が出てしまう。どうやって起こしてやろうかな?
「えいっ!」
私は布団を思いっきり剥いだ。お兄ちゃんはダンゴムシのように丸くなった。
「んん……、なんだよ双葉」
随分と鈍い反応。もっと驚いてよー。むー。
「えいや!」
私は、お兄ちゃんに跨り、パジャマを掴んで揺さぶる。
「起きて〜〜、今日はハルちゃんと家で遊ぶから出ていってって言ったでしょー!」
「わかった、わかった、わかったから、そこをどけ」
「むぅ」
お兄ちゃんから離れる。もうちょっとあのままでよかったのにな?
「やはは、仲がいいね、オゴセ兄妹は」
と、机の方から声がする。エルちゃんだ。なんでもお兄ちゃんが作っているAIらしい。
「おはよ、エルちゃん」
「おはよう。フタバ、今日はわたしも手伝うからね〜?」
「ん? 手伝う?」
お兄ちゃんの頭の上に疑問符が付く。
「あ、こらこら! な、なんでもないよお兄ちゃん、ほら、もうハルちゃん来るから早く支度して!」
「そ、そうか。わかったから押すな」
私は起き上がったお兄ちゃんの背を押して部屋から押し出した。まったくもう、エルちゃん、お兄ちゃんにバラしてないよね、昨日内緒ねって言ったのに。
ピーンポーン。
「あ、ほら、ハルちゃん来ちゃったじゃん、お兄ちゃん早く出てって!」
「わかったから、お前も支度しろよ。パジャマのままで遊ぶのか?」
「――っ! いいから、もう!」
すぐ揚げ足を取るんだから。でも、着替えて準備しなくちゃ。とりあえずハルちゃんを家に入れてあげよう。
「いらっしゃい、ハルちゃん」
「お邪魔しまーす、ってまだ寝てたの? 早く着替えておいで」
「うっ……、うん」
扉を開けて十秒で怒られてしまった。支度してこよう。
「おっ、晴香ちゃん。妹をよろしくな」
お兄ちゃんはもう支度を終えて、出て行くところだった。
「はい! 追い出しちゃってごめんなさい、お兄さん」
ハルちゃんは頭を下げる。良い子である。
「いいってことよ」
少し笑って、お兄ちゃんは家を出て行こうとした。
「あ、まってお兄ちゃん、タブレット置いていってね」
「そうだった。エルを頼んだ」
「はーい! いってらっしゃーい」
タブレットを受け取り、お兄ちゃんを見送った。
・・・
「さてと……、今日は、フォレノワールを作るよ!」
「ええ、ちょっと待って。料理も何も出来ない双葉にはハードル高くない?」
「いいの! それに今日はエルちゃんのガイドもあるし、問題無し!」
エプロン姿になった私は張り切って胸を張る。
「えーと、フォレノワール? なにそれ?」
と、エルちゃん。
「ほら、ガイドする方もわかってないじゃない。もっと簡単なのを作るよ、二人とも」
場を仕切るハルちゃん。しかし、私もおいそれと頷くわけにはいかない。
「エルちゃん、フォレノワールって調べてみよう」
「あいあいさー!」
元気良く返事するエルちゃんはタブレットを内側から操作し、フォレノワールのレシピを検索する。
「んんと、フォレノワールっていうのは日本語で『黒い森』って意味なのね。原産はドイツのシュヴァルツヴァルトなんだって。さくらんぼと落ち葉をイメージした削ったチョコレートが乗っているのが特徴的なんだ。へー」
「へー、じゃなくて、作り方が大事だよ!」
「うん、でも材料は用意してあるの?」
「心配ご無用、私、ちゃんと買ってきたのです!」
はい拍手! ぱちぱち!
「うん、やる気があるのは良いけど、やっぱりこれ見た目からして難しそうじゃない?」
冷静なツッコミを入れてくるハルちゃん。
「ダイジョブ、そのためにエルちゃんのガイドを付けたし、ハルちゃん大先生を召喚したんだから」
「わかったけど、双葉、そろそろその寝癖直さない?ずっと気になってたんだけど」
「え、付いてる?気が付かなかった」
「まったく、もう」
「あ、出た。いつもの」
別に他に人はいないし直さなくていいよね?
「それじゃ、やるよ〜、みんな手洗ってね?」
「わたしは洗ったら壊れちゃうよ!」
エルちゃんが目をバツにして言った。
・・・
「珍しく一人だな、いつもエルがいるからなんというか、孤独感というものがなかったが」
妹に家を追い出され、エルがいるタブレットまで奪われてしまった始末。いつもは晴香ちゃんが遊びに来ても追い出したりしないんだが。なんでだろう?まぁ、年頃の女の子同士、秘密の話でもしたいんだろう。男は邪魔だな。さて、これからどうしようか。
「うーん、ネット環境がないと暇だな」
一応スマホを持っているのだが、いつもタブレットを使っている身としては、画面が小さくてどうにも使う気になれない。
「ネカフェにでも行って時間潰してこようかな」
ふと見回すとネカフェの看板があったので、一人で呟いてしまった。通り掛かるおばちゃんがこちらを見てくる。恥ずかしい。そういえば話を聞く役のエルがいないんだった。まぁでも、エルは周りには見えていないから、普段でも独り言を言っている様に見えるのか。気が付かなかった。
ネカフェへ向かおうとすると、スマホが振動した。俺はスマホをポケットから取り出して、確認した。
「あ、松原か。丁度いい時に連絡してくるな」
メッセージアプリを開く。
『越生くん? 今忙しい?』
何かの誘いだろう。すぐに返信する。
『死ぬほど暇だ』
『じゃあ、これから会わない?』
『いいぞ』
『どこ集合がいい?』
『なんなら松原の最寄り駅までいくぞ、こっちは何もないし』
『ほんと?いいの?』
『構わない、これから行くから三十分後に駅前で』
『はーい』
とまぁ、他愛もないチャットを終えて松原の最寄り駅まで向かうことになるのだった。
・・・
「えーっと、まずはスポンジ作りからだね。ハルカはバターと牛乳を湯煎にかけて。フタバはココアパウダーと小麦粉をふるいにかけて、一緒にやっちゃっていいよ」
「了解、分量は?」
「ここに表示しとくからちょいちょい見て」
えーっと、えーっと、ふるい? 五十グラムって、どのくらいだろ。適当でいいかな、ザーッと。
「こら、双葉、分量はきちんと計らないとダメだよ」
「えーっ、適当でいいじゃん」
「お菓子作りのコツはきちんと計測する所にあるんだよ。料理とお菓子作りの違いはそこにあるの」
人差し指を立ててハルちゃんが言う。
「そうなんだ、知らなかった」
「本当に大丈夫かしら……」
「オーブンはわたしが温めておくね、百八十度っと」
エルちゃんが遠隔でオーブンを起動させ、セットしてくれる。IoTの時代だね、すごーい!
「感心してないで、早くふるいにかけなさい」
手を止めて、目を輝かせていたのがバレてしまった。またしてもハルちゃんに注意される。
「はーい」
渋々返事をして、小麦粉とココアパウダーの量を計り、ふるいにかける。
「じゃ、焼くよー」
エルちゃんがニコニコしながら言う。私は粉をふるいにかける以外させてくれなかった。生地作りをしようと試みたのだが、木べらで混ぜているときに毎回ボウルから生地をこぼすので、見かねたハルちゃんがやってくれた。
「生地を型に流して、セットっと。これで二十分待てば焼きあがりだー」
「その間にチョコクリームとか、チェリーとか、ポンシュとか作るよ?」
と、間髪入れずにハルちゃんが言う。
「後、クレームシャンティもだね、フタバ」
「え、ポンシュ? クレームシャンティ?」
「焼きあがったスポンジをシロップで濡らすんだけど、それがポンシュ。クレームシャンティは生クリームを泡立てたやつだね、ホイップクリームのことだよ」
エルちゃんが教えてくれた。詳しいなって思ったけど、AIだし、詳しいのも当然だった。
「さて、双葉、材料どこ?」
「ええと……」
タブレットに書いてある材料を確認すると、そんなに材料必要なの?
「その顔は用意してないって顔だね……」
「うげ」
ばれたか。
「まったく、もう」
「あ、いつもの――」
「いつものだーじゃないよ!もう、買ってくるから、エルちゃんと出来ることしてて!」
「は、はーい……」
ハルちゃんお怒りモードだ。大人しくしよう。
「それで、何が足りないの?」
「シロップと、キルシュ酒、あとさくらんぼ……」
「どうしてフォレノワール作るって言っといて、肝心なさくらんぼ買ってこないのよ?」
「えっと、その、名前がかっこよかった……から?」
「そっか、わかったから、生地を焦がさないように見てるだけでいいからね」
出来ることしててから、生地を見てるだけになってしまった。ハルちゃんの私に対する視線が痛い。
「それじゃ、ちょっと行ってくるからね」
「ごめんね、いってらっしゃい」
ハルちゃんはやれやれといった感じで買い出しに行ったのだった。
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