ドールギャラリー

 その日、俺はお客様の観光案内をする事になっていた。

 他の星からやってくるというそのお客様は、ヒット作品をいくつも生み出している小説家だ。定番かと思えば意表を突かれるストーリーに加え、圧倒的な知識量に裏打ちされた物語は、俺が住んでいるこの星でも好んで読んでいる人が多いくらいだった。

 なんで俺がそんな人の案内をするかというと、今度俺が勤めている出版社からその作家の本を出すという事で、親善を深めるために。と言う事でだった。

「ああ、大丈夫かなぁ、不安だなぁ」

 そう言って朝食も喉も通らない俺に、テーブルの向かいに座っている、黄色い髪の人形が硫黄の結晶をころころ舐めながら言う。

「不安がっても先方は来るんだから、腹くくったら?」

「お前も行くことになってるのに余裕だね?」

 俺が小さい頃から一緒に暮らしているこの人形、サルファーは、昔はもう少し気弱だったはずなのに、クレイドールからミネオールへと変わってからと言う物、随分と肝が据わったように見える。

「帰って来たらまた温泉のもとあげるからがんばろう」

「あー、うん。そうだな」

 サルファーの髪は硫黄に極近い性質をしていて、お湯の中に入れるとサッと溶け、入浴効果を高めてくれるのだ。その髪を分けて貰って日々の疲れをとっているのだけれど、こうやって応援されるのなら、緊張する仕事も何とかなる気がした。


 朝食後、身嗜みを整え先方との待ち合わせ場所に行く。携帯端末の時計を見ると、そろそろ待ち合わせ時間になる。

 そわそわしながら周りを見渡していると、変わった服装の男性がやって来た。前を合わせ、袖は四角く大きい上着。それに、大きなプリーツの入った裾の広いズボンを穿いている。

 彼がおかっぱに切られた青い髪を揺らして礼をするので、俺も礼を返す。

「こんにちは。僕はキッカと申しますが、あなたはフィオさんでよろしいですか?」

 にこりと笑って彼が話しかけてきたので、俺も挨拶を返す。

「初めましてキッカさん。私が本日案内をさせていただくフィオと、こちらがミネオールのサルファーです」

「よろしくお願いします」

 サルファーも軽く挨拶をすると、キッカさんは楽しみと言った様子でこう言った。

「よろしくお願いします。

今日はミネオールが展示された博物館を案内して下さるんですよね?」

「そうです。他の星には無いと思いますし、この星でも、ミネオールは貴重な物ですから」

「なるほど。それは楽しみですね」

 和やかに話をしながら、俺達は移動を始めた。


 そして辿り着いたミネオールの博物館。ここに収蔵されているミネオールは、全て寿命を全うした者達ばかりで、持ち主の意向により寄贈されている。もちろん、寿命を全うしたミネオールを家に置いておき、一緒に生活をして居る人が大半だろうけれども、元のオーナーが亡くなったり、家が手狭になったりなどの理由で、捨ててしまうよりはこれからも色々な人に可愛がられて欲しいと、寄贈されているようだ。

 展示室に並ぶ沢山のミネオール達には、それぞれ簡単な説明が付いている。何の石のミネオールで有るかという事はもちろん、生前の名前と、オーナーとの思い出の一部が書かれている。

 キッカさんは、展示されたミネオールとサルファーを時折見比べながら観覧している。

 ふと、楽しそうに笑みを浮かべてこう言った。

「こんな風に大事にされて、みんなしあわせそうですね。

僕もミネオールの元になる……クレイドールでしたっけ? それが欲しくなっちゃうなぁ」

 他の星から来た人は、ミネオールを見て皆そう言う。クレイドールを育てるために、この星に移住する人も居るくらいだ。

「キッカさんも、この星に住めば買えますよ」

 俺がそう言うと、キッカさんは頭を振って答える。

「この星に住んでも、僕には買えないよ」

「そうですか?」

 クレイドール自体はそこまで高価な物では無い。育てるのにお金がかかるかと言われれば、実は子供のお小遣いでも可能なほどだ。それなのに何故、キッカさんは買えないと言うのだろう。

 不思議に思っていたら。彼はサルファーと目線の高さを合わせ、にっと笑ってこう言った。

「僕も人形だから」

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