鉱石人形

 首都から少し離れた寂れた町、そこに少女は住んでいた。

 少女は今日も学校帰りに、駄菓子屋さんで真っ黒な鉱石を一つ買う。

 駄菓子屋やスーパーマーケットなど、日用品を扱う所では、どこでも鉱石を扱っている。

 子供達はみな、自分のおやつ以外にも、鉱石を買っていく。

 店内に並ぶ色とりどりの鉱石。少女が買ったのは、その中で最も安価な物だった。

 青緑色の透き通った物や、薄紅色の物、夜空のような群青色をした物を買っていく他の子供を、少女は羨ましそうに見て、駄菓子屋から去って行った。


 少女が家に帰ると、両親は二人とも働きに出ていて居なかった。

 少女の家は貧しく、共働きをしないと生活が苦しいのだ。少女もまだ幼いながら、その事を判っていた。

 しかし、家の中からは少女の声に応える物が有った。

 それは、自律で動く人形。

「コーアル、おかえりなさい」

 そう言って部屋の奥から出てきた人形は、黒い肌、黒い髪、黒い瞳で、少女……コーアルの腰の高さほどある身長だった。

 この人形は、この星では一般的に、子供の情操教育用に購入される事が多い【クレイドール】と呼ばれる人形だ。

 クレイドールは、鉱石を食べて変化し、成長していく。

 上等な鉱石を食べさせ、命尽きる前に鉱石としての自覚を持ち、美しい容姿になった物は【ミネオール】と呼ばれ、愛好家の中で珍重され、そして多くの子供達の憧れであった。

 コーアルも、ミネオールに憧れる子供の一人だ。

 鉱石を食べさせないと朽ちてしまうクレイドールを購入し、育てるのは、コーアルの家では難しい事だと、両親から言われた。

 しかし、それでもコーアルはクレイドールを諦めきれず、両親に頼み込んだ。

 結果として、コーアルのお小遣いの中からクレイドールに食べさせる鉱石を買うと言う約束の下、コーアルの元にこのクレイドールがやって来た。

「ただいま。アーマス、いい子にしてた?」

 コーアルはたどたどしい足取りのアーマスと共に玄関から部屋へと入り、早速駄菓子屋さんで買ってきた黒い鉱石をアーマスに渡した。

 アーマスに鉱石を渡した後の手を見ると、微かに黒くなっている。

 コーアルがその手をポケットから出した、使い古されたハンカチで拭いている間にもアーマスは、いただきます。と言って鉱石を囓る。

 人間には食べる事の出来ない鉱石を、さくっ。と言う軽い音を立ててアーマスは口に含み、味わうように舌で転がす。

「ごめんね」

 ふと、コーアルが呟いた。

「もっとお金持ちの人のところに行けば、アーマスももっとおいしいごはんが食べられたのに」

 しょんぼりとしたその言葉に、アーマスは鉱石を持っていない方の手でコーアルの服を掴み、口の中で優しく溶けていく鉱石を噛みしめる。

「わたし、コーアルのこと、すき。

このくろいいし、すき」

 コーアルがもっと学校で勉強を習っていたら、この言葉はアーマスが他の石の味を知らないからだ。と思ったのかも知れないが、幸いか、コーアルはそこまで思い至る事が無かった。

 ただただ、自分の可愛いクレイドール、アーマスの【すき】と言う言葉に、安心した。


 それから何年も、コーアルはお小遣いの中から、黒い鉱石を買って、アーマスに与え続けた。

 友達の家に行くと、色とりどりのクレイドールを目にする事が有り、うらやましくも思ったが、それでも自分の、大切な、真っ黒の、アーマスが可愛くて愛おしかった。

 そうしている内に、クレイドールの寿命と言われている十年が経とうとしていた。

 ミネオールになる事が出来なかったクレイドールは、概ね十年で寿命を迎える。

 その事を知ってしまっているコーアルは、昔よりもよくアーマスに構った。

 少しでも思い出を残したかった。

 その日も、眠る前にアーマスに黒い鉱石を食べさせ、コーアルはいつアーマスの命が尽きてしまうのかという不安と共に眠りについた。


 夢の中で、コーアルは滑らかな手に触れた。

 真っ白で、輝かしい華奢な手。

 もしかして自分は、次に買うクレイドールの夢を見ているのかと思い、夢の中なのにも関わらず悲しくなる。

 まだ離れたくない。アーマスの側に居たい。

 真っ白な手に引かれながら、コーアルは涙を零した。


 カーテンの隙間から朝日が差す部屋の中、コーアルは目を覚ます。

いつも寝覚めの水を、アーマスが持って来てくれるので、それを待つと、目を疑うような物が目に入った。

 いつものコップを持った、滑らかな白い手。輝くような白い髪。けれども見慣れた柔らかいラインを描く唇に、少し眠たそうな瞳。

「おはよう、コーアル」

 そう言ってコップを差し出す人形に、コーアルは震える手でコップを受け取りながら、恐る恐る訊ねる。

「ねぇ、アーマス……なの?」

 すると人形はこくりと頷いてこう答える。

「私はアーマス。

金剛石のミネオールです」

 やはりこの白い人形、ミネオールはアーマスだ。けれども、今まで与えていた鉱石は、金剛石などでは無く真っ黒な、炭のような鉱石だったはず。

 戸惑うコーアルに、アーマスはこう続ける。

「私が食べた炭は、あなたの愛で硬く固められて、金剛石になったのです。

コーアル、私もあなたを愛しています」

 アーマスの言葉に、コーアルは涙を流す。

 ほんの少し先延ばしされただけではあるが、まだアーマスと一緒に居られる。

 かつて憧れたミネオールを作り出した事よりも、その事がコーアルには嬉しかった。

 コーアルの涙をそっと手で拭い、アーマスはコーアルの開いている方の手を取る。それに応える様に、コーアルはアーマスの真っ白い手を強く握りしめた。

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