花の髪飾り

 菜の花が眩しいある晴れた日のこと。この日は菜の花の祭りで、沢山の人間から沢山の菜の花を供えられた。

 それを広い社の一室に持ち込み、大きな籠の中に一輪ずつ花を切り分けて入れていく。穏やかな陽が段々と長くなる中、社の奥の部屋からぺたぺたと足音が聞こえてきた。

 ああ、この音は。そう思い陽の当たる廊下の方を見ると、この社の主である神、アザトース様が立っていた。

「はすたぁ」

 そう言って、アザトース様は僕の隣に来て座り込む。構って欲しそうに僕が着ているフード付きのマントを引っ張るので、菜の花を一本、アザトース様に差し出す。

「今晩、お風呂に入れるお花の準備をしているんです。一緒にやりますか?」

 僕が訊ねると、アザトース様は菜の花を一輪ずつ摘まんで、僕がやっているのと同じように、籠の中に入れていく。

「おー」

「ふふっ、ありがとうございます。

ふたりでやれば、早く終わりますね」

 こうやって摘んだ花は、浴槽に浮かべるだけで無く、塩漬けにして保存食にしたりもする。

 でも、この風習はいつからの物なのだろう。

 塩漬けにするのは僕が家族と一緒に暮らしていた頃からやっているけれど、お風呂に入れるのはいつから……正確に言うと、僕に菜の花が供えられるようになったのはいつからだったのだろう。

 僕がこの社に来てから、長い長い時間が過ぎた。その間、僕はこの社でアザトース様の世話をしている人以外の人間には会っていないし、その人間達も、入れ替わると言う事は無く、僕と同じようにずっとこの社に居る。

 そこまで考えて、考えるのをやめた。この社の外で人間がどんな生活をしていようが、僕には関係の無いことだ。それよりも、毎年この時期に用意する菜の花のお風呂をアザトース様は楽しみにしているから、その準備の方が重要だ。

 廊下から差し込む陽はまた長くなり、朱色になった。


 夕餉を済ませてから暫く。アザトース様とふたりで湯殿に向かう。両手に、菜の花が盛られた籠を持って。

 着ている服を脱ぎ、たっぷりの湯が張られた広い浴槽に、籠の中身を入れる。黄色い花はくるくると回りながら水面いっぱいに広がり、少し青さのある甘い香りを放った。

「おー」

「はい、一緒に入りましょうね。

あまり急ぐと転んでしまいますよ」

 嬉しそうな顔をするアザトース様に腕を引かれ、ふたりでそっと湯船に入った。


 それからしばらく。温まってから全身を洗い、また湯船に浸かっている。アザトース様は、僕と向かい合わせになって膝の上に座り、気持ちよさそうに体を預けている。

 目を閉じてうとうとしているので眠いのかも知れない。そろそろ上がろうか。そう思った時、アザトース様がふっと顔を上げて周りを見渡し始めた。

 どうしたのだろうと思っていると、浮かんでいる菜の花を手に取って、僕の濡れた髪に挿し始めた。小さな花についた、短い茎。それは僕の髪にしっかりと吸い付いて、落ちてくる気配は無い。

「あー」

 嬉しそうに何輪も、何輪も菜の花を挿すアザトース様。僕もその髪に、小さな花を挿した。常磐色の髪に飾られた菜の花は、しっとりとした露を湛えて光っていた。


 湯船から上がった僕達は、素肌の上に浴衣を纏い、髪を拭かないまま寝所に向かう。歩いていると時折、髪に挿した菜の花がはらりと落ちる。

 寝所に入り、アザトース様が着ている浴衣を脱がせる。背中まで濡れてしまっている浴衣を着たまま寝かせて、体に障ることがあっては困るからだ。

 寝床に入り、菜の花を枕の上に散らすアザトース様に、腕を引かれる。

「はすたぁ」

「はい、少々お待ち下さい」

 僕も着ていた浴衣を脱ぎ、一緒の寝床に入る。アザトース様を寝かし付けようと胸に触れると、どうやら肩の部分まで冷えてしまっているようだった。冷えた体を温めるために腕を回し、しっかりと抱き寄せる。

 濡れた髪から、青く甘い香りがした。

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