花祭

 河辺や土手に菜の花が咲き乱れる頃、この町ではお祭りが催される。お祭りをやるのは、多分この町に限ったことでは無く、この国、いや、この世界のどこでも同じ事なのかも知れない。

 陽に照らされてきらきらと光る菜の花。黄色い花を撫でるように奏でられる音楽は、木で出来た笛と動物の尻尾で出来た弦楽器と、皮を張った太鼓の音。楽士が奏でる焼きたてのクッキーのようなメロディーに合わせて、みんなで輪になって歌い踊る。今日は神様に歌と踊りと、それから菜の花をお供えする日なのだ。

 歌って踊っているのは大人や子供やお年寄りに限らず、子供が大事にしている【クレイドール】と呼ばれる人形も一緒だ。

 春の花祭りで祀る神様は、クレイドールにとってとても大事な物なのだ。


 今は昔。どれくらい昔かはわからないけれど、とある宝石商の子供がその財産を狙った悪い人に追われているところを、神様が助けてくれて、その子供は神様に連れて行かれ、助けた代わりにその子もまた神様にされた。というお話がある。

 この話は口伝で伝えられていて、町や村、つまりは地域ごとに微妙に詳細が違う。追われていたのは子供だったとか、青年だったとか、傾国の美女だったとか。細かい違いを挙げていったらきりがないけれども、共通している内容は、その新しく神様になった子が、かつては地面の中からしか採れなかった鉱物を、樹に生るようにしたというところだ。

 確かに鉱物は地面の中からも採れるけれど、昔は樹に生っていなかったと言われると変な感じがしてしまう。だって、私が生まれたときには鉱物は樹に生る物だったし、お母さんも、おばあちゃんも、ずっと昔から鉱物は樹に生る物だって言ってる。

 だから、昔は樹に鉱物が生らなかったって言うのは迷信じみている。でも、それを迷信と言ってしまうと、菜の花の祭りで祀っている神様に失礼な気がするので、あまり表立っては言えない。

 鉱物の神様は、菜の花畑で神様に拾われたと言われている。だから、菜の花は私たちが危機に陥ったときに神様に見付けて貰う目印で、私が知る限り、どこの村でも町でも、沢山植えている。

 楽士の音楽が終わり、歌と踊りが終わると、町の外れにある小さな社に沢山の菜の花をお供えする。みんなで指を組んで二礼して、それが終わったらクレイドール達のパーティーだ。

 実りの時期に沢山収穫して蓄えておいた色とりどりの鉱物が、クレイドール達に振る舞われるのだ。

 普段貧しい家で暮らしていて、珍しい石を食べる機会が少ないクレイドールも、この日だけは特別に、貴重な石を食べられる。食べられると言っても、選ぶのはクレイドール自身だから、必ずしも高価な物を食べるとは限らないのだけれど。

 金緑石、蛍石、天青石、ベスブ石、翠銅鉱、色とりどりの石が広場に持ち出されたテーブルの上に並ぶ。その中から、クレイドール達は好きな物を選んで、口に運ぶ。

 カリカリと囓る子、溶かすように舐める子、食べ方はそれぞれだけれども、みんな嬉しそうだ。


 この光景を見ていると、思い出す。去年寿命を迎え、今は家の中に飾られている、私のクレイドールとの楽しかった日々。

 また新たに迎えれば、きっとまた楽しい日々を送れるのだろう。だけれども、まだ暫くあの子との思い出を噛みしめていたかった。

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