枯れない花

 色とりどりの花に囲まれた壮麗な社。ここは僕が仕えている神様の住処だ。

 神様は、白痴だ。だけれども、かつて命の危機にさらされていた僕の事を助けてくれた。無邪気で、残忍で、でも僕には優しい神様。この社に来てから、僕は神様に付いて世話係をして居る。

「はすたぁ」

 そう僕に声を掛けて駆け寄ってきたのが神様だ。名前はアザトースだと、他の付き人が言っていた。アザトース様は両手に持った花束を僕に差し出す。社の周りの花畑から摘んできてくれたのだ。今は丁度菜の花が盛りで、菜の花が多めの花束の中に、芥子の花や金魚草、姫女苑が混じっている。

 それを受け取って、僕は花束の上で右手の人差し指でくるりと円を書く。

「ありがとうございます。

これも綺麗に飾っておきましょうね」

 すると、水分の通っていたたおやかな花たちが、煌めく硬質へと変わった。

 この季節になると、アザトース様は毎日のように、僕の所へ花束を持ってくる。それはとても嬉しいのだけれど、初めの内はどうしていいかわからず、枯らしてしまっていた。けれどもある時のこと、植物を鉱石に変える力が僕にあると、他の付き人から聞き、それ以来こうやって花束を石へと変えて部屋に飾るようにしている。

 決して狭くは無い、それどころか広いと言えるアザトース様の部屋も、随分と花束で埋め尽くされてきた。仕切りを開け、春の穏やかな光が入ってくるこの部屋で、枯れることの無い花たちがきらきらと光を反射させている。

 僕が先程の花束を、花の宝石の山に加えると、アザトース様が僕の羽織っているマントを引っ張って声を掛けてきた。

「はすたぁ」

「どうしました? 疲れてしまいましたか?」

 そう問いかけると、アザトース様は僕に抱きついて頭をもたれてくる。ああ、随分とはしゃいで花を摘んでいたようだから、疲れて眠くなってしまったのだろう。

 アザトース様を寝台に乗せ、横に膝を着く。すると、アザトース様は僕の手を掴んで、布団の中へ引っ張り込もうとする。

 昼寝をするときは何時もこうだ。見た目は成人しているかのようなのに、こうやって子供のように甘えてくるのが可愛らしく、どうしようもなくいとおしい。僕は羽織っていたフード付きの黄色いマントを脱ぎ、アザトース様の隣で横になる。頭を撫で、優しく胸を叩いていると、すぐに寝息が聞こえてきた。

 アザトース様は、僕のことをハスターと呼ぶ。それは出会った頃からずっとそうで、両親から付けられた名前を呼ぶことは無い。でも、それはそれでいいと思って居る。僕には過去の名前なんて必要無いし、何より、アザトース様が名前を呼ぶのは僕だけなのだ。

 名前を呼ぶのは僕だけ。その事実は僕にとってとても重要なことで、それによって、アザトース様を独り占め出来るのは僕だけなのだと、そう思うことが出来るのだ。

 他のやつの名前なんか呼ばなくていい。僕のことだけを見ていればいい。もしそれで人間が滅びても、世界が滅びても、そんな事はどうでもいい。今こうやって、僕がアザトース様を専有出来る事が、何よりも大事なことだった。

 だけれども。アザトース様、【ハスター】と言うのは、本当は誰なのですか? 僕が知らない誰かの名前なのですか? そんな事知りたくない。こわい。他の誰かの物かも知れないなんて、そんな忌々しいことは認められない。

 あなたは僕の物なのです。

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