菜の花畑
柔らかな春の日差し。まるで祝福を受けているかのように咲き誇る菜の花が、見渡す限りに続いている。暖かい空気、青い香りを運ぶ風。まさに幸福その物に見えた。
菜の花が咲き乱れる野の中を、ひとりの青年が駆け抜けていく。菜の花に溶けてしまいそうな、黄色いフード付きのマントを羽織り、息を切らせながら、何かに怯えながら走り続けた。
暫くすると、青年のあとから数人の男が、長く重そうな棒を持って追いかけてきた。あいつを逃がすな。生かしておくと面倒な事になる。そう言いながら青年を追った。
逃げる青年は、よく見ると傷を負っていた。頬や手の甲、服から出ている部分が所々青黒く腫れ上がっている。
息を切らせて、逃げて、逃げて、泣きながら逃げて、遂に青年は菜の花の中に倒れ込んでしまった。
追いついた男達は青年を取り囲み、フードを掴んで青年の顔を上げさせた。フードの中から、臙脂色の髪が覗いた。
男達は青年を押さえつけ、長く重たい棒で青年を殴り殺そうとした。けれどもそれは出来なかった。
突然目の前に現れた、菜の花色の目をした何者か。それが男達の頭を掴み、ひとりずつ塩の柱へと変えていった。男達は逃げようとしたが、それも出来なかった。足下の菜の花が、男達の脚に絡みついていた。
男達が全員塩の柱になったあと、青年は顔を上げて何者かを見る。
何者かは青年に手を伸ばし、そっと頬に触れた。けれども青年は塩の柱にはならなかった。何者かは青年を助け起こし、手を引いて歩き始めた。どこへ行く当ても無い青年は、大人しく付いていった。
暫く歩くと、菜の花以外に色とりどりの花が咲いている所に出た。花の中に、立派な社が建っていた。
何者かはその社の中へと入っていく。手を引かれたまま、青年も入っていく。
社の奥に有る部屋に入り、青年はようやく気がついた。この何者かは、神様だ。
仕切りの開け放たれた奥の部屋から、明るい花畑を眺める。黄色、赤、白、橙、紫、青。沢山の花が咲いている。光の祝福を受けたその花は、宝石のようであったし、まさに宝石だった。
神様の隣で、ぼんやりと色彩を眺めていると、音も無く誰かがやって来た。その誰かは、神様の世話係だという。
神様になにかお願い事でも有るのですか。そう訊ねられた青年は、神様に向き直ってこう言った。
この世にある宝石を、当たり前の物にして欲しい。まるで木の実のように、簡単に手に入るようにして欲しい。青年はそう言った。
世話係は、何故その様な願いをするのかと青年に問う。青年は瞳を潤ませ答えた。宝石の売買をしていた両親が悪漢に殺され、自分も殺されるところだったと。それを聞いた神様は、青年をぎゅうと抱きしめ、何度も何度も頭を撫でた。
青年の願いが叶えられたとわかったのは、季節が移ろって実りの時期になった頃だった。
社の側に有る樹が、沢山の黄色い正方柱状形の石をつけていた。
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