おぼれるかみさまからうまれた世界

藤和

堕ちるかみさま

 神様は暗闇の中に落ち続けた。

 居場所を失い、何も無くなった空虚の中を泣きながら落ち続けた。

 失った物を諦めきれない。そう言って零す涙はいつしか虚ろの中に溜まり、神様は涙の海に溺れた。

 泣きながら涙に溺れるうちに、神様の中から段々と記憶が溶け出していった。溶けた記憶は泡となり、神様の口から零れ出ていった。

 最初に吐き出された泡は黄色い花となって浮かんでいった。黄色い花は海の表面で弾け、小さな島になった。

 次に吐き出された泡は青い花となって海を漂った。青い花は海の中で根付き、花が表面から浮かべた泡が海の表面まで浮かんで弾け、人となった。青い花から生まれた人は、黄色い花で埋め尽くされた小さな島で、海を眺めていた。

 神様はまだ溺れていた。口から零れる泡が赤い花となり、紫の花となり、白い花となり、浮かんでいった。それらの花は人間に様々な恵みをもたらす物に変わった。

 ある日の事、人間は海の底には何が有るのだろうと、色とりどりの花を、ながいながい縄にして、海の底へと片側を垂らした。花の縄は海の中で揺蕩いながらゆっくりゆっくりと降りていった。そしていつしか、落ちていく神様の元に届いた。花の縄は神様の体を絡め取り、何かがかかった事に気がついた人間が、ゆっくりと引き上げた。

 神様を引き上げた人間は、自分達と似た姿のそれが自分達とは違う物だとすぐに理解した。眠ったまま口から黄色い花を零す神様を、人間は大事に大事に面倒をみた。

 神様が島に上がってから七日目の事、神様が目を覚ました。今まで口元から咲かせていた花と同じ色の瞳。その瞳は虚ろで、何を見てもぼんやりとするだけだった。

 人間が神様に尋ねた。あなたは何者なのですか。神様は何も答えない。神様は海の中で自分の正体すらも失っていた。

 神様に出来るのは、人間に恵みを与える事だけ。何時しか増え始めた人間に祀られ、神様はこの世界で【かみさま】として存在する事になった。仕えるのは原初の人間が数人。色とりどりの花に囲まれた社で、神様は人間達の事をずっとずっと見守っている。

 何も知らない。全てを失った【白痴の神】として。

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