#03-13「だいじな話」

 暗黒の偽蓬莱饅頭屋に戻った僕たちを、三十重と花熊は驚きをもって迎えた。疲れからか、酔いが回ったからか、カレンはいつのまにか僕の背中でぐっすり眠っている。花火が打ち上げ終わって大秋祭もお開きとなり、僕たちは神社を後にした。ちなみに、暗黒の偽蓬莱饅頭は一個たりとも売れなかったらしい。

 キタノの拠点に戻り、僕たちは身体を休めた。眠るカレンをベッドに寝かせる。

「カレン殿……」

 花熊が心配そうにカレンを見つめた。

「花熊、大丈夫だよ。カレンは酔っ払って眠ってるだけだ。僕と三十重は外すから、ちょっとカレンを見てあげてくれ」

 僕のその言葉に、花熊はゆっくりとうなずいた。しかし、その表情はいまだ不安げだ。ふたりを部屋に残し、僕と三十重は別室の椅子に腰掛けた。

「ほんとうに罠だったとは……」

 ことの顛末を聞いて、三十重は愕然としていた。

「マフィアはたしかに、その華式綿花糖とやらを持っていたのだな?」

「うん。まだ開発段階だとは言っていたけど。投与したときに《魔糖少女ドルチアリア》がどうなるかはわからないって言ってた」

「そのための『実験』かい。弓弦羽御影が麻薬というからには、いい影響はないんだろうな」

「御影さんは、華式綿花糖は帝都にある遊園地でつくられてるって」

「遊園地……」

 三十重が考えこむ。「どうして遊園地なんかでつくっているのだ?」

「わからない。もしかしたら、遊園地の客に無差別に売って、データを集めているのかもしれない」

「つくづく難儀なやつらなのだ」

 僕たち一般人にはなんの効果もないただの綿飴らしいから、ドルチアリアを探し出してこっそりデータを集めているんだろう。

 帝都にある遊園地といったら、いくつか数が限られてくる。僕の探偵としての調査力をもってしたら、その場所を暴き出せるかもしれない。

「これ以上のさばらせておけないな。向こうから危害を加えようとしてきた以上、こっちも黙ってるわけにもいかない」

「……うむ」

「まだ開発段階なら、その製法はマフィア上層部だけしか知らないだろう。製法を盗み出せば華式綿花糖の開発を止められるかもしれない。ヒョーゴ警察に突き出せば、報奨金にでもなるんじゃないか?」

「……」

「カレンが起きたら話をしてみよう」

 僕がそう言うあいだ、三十重は気難しそうに黙って顔をしかめている。

「どうした?」

「……マフィアの言うそのデータとやらが揃ったら、量産をはじめる気なんだろう。ということは、量産のための資金は集まったわけなのだ」

「ん? うん、そうだね」

 とつぜんマフィアの資金の話になったので、僕はすこし戸惑った。どうしてマフィアのふところ事情なんかを心配する必要があるんだ?

「マフィアの資金源には、多くのルートがあるのだ。密輸とか、人身売買とか、法外な金融取引とか」

 三十重の言葉に、僕はうなずく。コーベ・マフィアの違法ビジネスの全容はだれにもわからない、というは知っていたが、ここ最近はその端緒をつかめてきている。チョコレートにカムフラージュした宝石を密輸したり、アイドル事務所と結託して資金を集めたり。今回の華式綿花糖の密造・販売も、だいじな資金源のひとつだろう。

「だが、それだけではないのだ」

「……たとえば?」

やみ献金なのだ」

 闇献金。つまり。マフィアの支持者たちが裏のルートで資金をこっそり寄付すること。

「まあ、そういうのもありうるよね。迷惑な話だけど、マフィアを支持するもの好きなやつらも、世間にはいるもんだ」

 僕が言うと、三十重はその表情に濃い影を落とした。それを見て、僕の心はにわかにさざめき立つ。なんだ? 三十重のこの表情はどうした? 僕たちのこの会話は、いったい、どこへ向かおうとしているんだ?

「なんだよ、三十重。なにが言いたいんだ」

 僕がそう言っても、しばらく三十重は反応しなかった。部屋の壁に掛けられた時計の秒針の刻む音だけが、僕たちのあいだのしずかな空白を満たす。

 やがて、重苦しい沈黙を引き裂いて、三十重が口を開いた。

「梅田、だいじな話があるのだ」

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