#01-14「魔法を解いて差し上げましょう」

「ぎょええええ」

「いやああああ」

 とつぜん目の前に現れた象を見て、僕とカレンは大きな叫び声をあげた。それに驚いたのか象は長い鼻を振り上げ、僕たちのいるところに叩きつけてきた。間一髪のところで避け切ったが、取り落とした無線機が象の鼻の下敷きになったのが見えた。無線機は粉々だ。これで三十重たちと連絡が取れない。カレンと別行動をすることもできない。

「おいカレン、ぜったいに僕のそばから離れ——」

 離れないでくれ、そうカレンに言おうと振り向くと、彼女は「いやあああ」と悲鳴をあげながら僕のそばから逃げるように走り去っていった。

「おい! カレン!」

 僕が呼びかけても聞かず、みるみるうちに彼女の姿は見えなくなった。わめき散らしながら動き回る彼女に気を取られたのか、象はわきにいる僕のことなど見向きもせず、カレンを追っかけて行ってしまった。

「……」

 無線が破壊されて三十重と花熊の状況がわからない、カレンともはぐれてしまった、そして《魔糖少女ドルチアリア》のような特殊能力を持たない僕にとって、御影さんの魔法と対峙できる可能性は万に一つもないように思えた。西宮カレン怪盗団結成以来の大ピンチが、いままさに僕たちの身に降りかかろうとしていた。

 でも、こんな危機的状況だからこそ、僕の『観察眼』で突破できる糸口が、どこかで見つかるはずだ……。



 どれくらい歩いただろうか、不気味な森をしばらくひとりでさまよっていると、向こうに人影が見えた。

「……あ」

「……う」

 おたがい目を合わせて声を詰まらせる。

 御影さんが魔法《現想幻実テレリアル》を発現させて彼女を巻き込んで以来、いまのいままですっかり存在を忘れていた。御影さん自身も彼女をほったらかしだったからなおさらだ。

「……夙川警部」

「……探偵・竹田」

 だから梅田だよ! ごていねいに松竹梅コンプリートするんじゃねえよ!

「こんなところにいたのですか、警部、そして梅田くん」

 草の陰から御影さんが姿を現した。「西宮カレンはどうしたのですか」

「……象に追われてどこかへ行きました」

「象?」御影さんは不思議そうに首をかしげる。「……ああ、このあたりは野生の動物が多いですからね、へたに刺激すると危険です。いまごろは狼にでも食べられているかもしれませんね」

 御影さんの恐ろしい言葉を、僕は鼻で笑った。

「そりゃ怖い。あいつにはそれくらいひどい目に遭ってもらわないと。ふだん僕をないがしろにしている罰が当たったんだ」

 ぴくり、と僕のとなりで夙川警部が肩を震わせた。

「……どうしたのですか、警部?」

「動物に食べられるなんて、考えただけでも恐ろしいですわ。あわれな西宮カレン」

「だいじょうぶですよ、警部。私がお守りいたします」

 御影さんが警部に微笑みかけた。感動的な師弟愛だ。その関係を引き裂くように、僕が彼女たちのあいだに立ちはだかる。夙川警部を立たせて、彼女を羽交い締めにする。僕の不穏な動きを察知した御影さんが空気銃を取り出して構えるが、僕の方が少しだけ早かった。彼女の構える空気銃の銃口は、敬愛する警部へと向けられていることになる。

「……小賢しい真似を」

 御影さんが吐き捨てるように言った。

「僕は西宮カレン怪盗団の一員ですから、こんなことも朝飯前です」

 僕は彼女に笑いかける。「御影さん、交渉をしましょう。夙川警部を無事に解放してほしければ、いますぐあなたの魔法を解除して、僕たちを見逃してください。さもなくば、警部の身の安全は保証できません」

 僕の言葉を聞いて、御影さんはゆっくりと空気銃を下ろした。

「……御影。わたくしのことは気にしないでくださいませ。西宮カレン怪盗団の尻尾をつかむまたとないチャンスですわ。こんなうすらボンクラの言うこと、聞かなくて結構ですわ」

 夙川警部がゆるふわ巻き髪をゆらゆら揺らしながら御影さんに言いつける。しかし、御影さんはそれから微動だにしなかった。交渉は功を奏したかと思えたが、僕たちの周りの景色は気味の悪い森のなかのままだ。

「御影ッ」

「梅田くん、私はあなたを見くびっていたようです。西宮カレンや三十重奏、そして花熊みなとのような特殊な能力を持たないあなたが、どうして西宮カレン怪盗団で探偵なんてやっているのか、はなはだ不思議でしたが……あなたの勘のよさと度胸には、卓越したものがあるようですね」

「そりゃどうも、お褒めにあずかり光栄です。ついでにそのまま僕たちを見逃してくれたら」

「ええ。でもその前にお訊ねしたいことが」

 御影さんの鋭利な視線が僕を射抜いた。深いふかい森の闇よりも冷たく冷え切った彼女の視線は、そのまま僕が取り押さえている夙川警部へと向けられた。僕は生唾を飲み込む。

 御影さんは言った。「警部、どうしてあなたはさきほどから……抵抗しないのですか? まるで彼を信頼する仲間のように」

「……っ!」

 僕とは同時に後ずさる。御影さんがふたたび空気銃を構えた。濃い闇をたたえたその銃口は、いまやはっきりとした敵意をはらんで僕たち二人に向けられていた。

「お望みどおり魔法を解いて差し上げましょう……あなたたちふたりを捕らえてから、ですが」

 の身体がオレンジ色の光に包まれた。カレイドガールの魔法は解け、いまや僕とカレンは御影さんの手中にあった。

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