#01-15「決死の覚悟を」

 ……かと思われた。

「御影ぇ、たすけて〜〜」

 どこからか力のない声がして、周囲の空気を一変させる。僕たち三人は声のほうを向いた。すると、木々のあいだを必死に走りながら逃げまわる、ほんものの夙川警部の姿があった。

 それを追いかけるのは、さきほど僕たちを襲った大きな象。

「カレン、あれは」

 御影さんに言ったとおり、さっきまでカレンを追っかけていた象だ。どういうわけか夙川警部を追いかけまわしている。

「逃げてる途中で見かけたからバトンタッチしたの」

 なんでもないようにカレンが言う。「象を見たけーぶが、そりゃもうわんわんわめき散らすものだから、象もけーぶのことを気に入ったみたいなの」

「はあ」

 御影さんもさっき「動物をへたに刺激したら危険」と言っていた。まあたしかに、わあわあわめいてたら象にとっていい刺激になるだろう。

「警部ッ」

 御影さんから真紅の光がほとばしる。すると、これまで薄暗い闇に包まれていた深いふかい森の景色が霧散し、いつもどおり見慣れたコーベ空港の風景が現れた。警部を追いかけ回していた象の大きな影も見えない。御影さんが魔法を解いたのだ。

「警部、魔法を解きました、もう象はいませんよ」

 御影さんが言っても、しかし警部は「たすけて〜」とわめきながら埠頭をひた走っている。ぎゅっと目をつぶりながら、まわりの音も聞こえていないようだ。

「おーい、夙川警部っ」

「けーぶ、戻ってきてー」

 僕とカレンも思わず声をあげた。それでも警部の耳にはまったく入らないようで、彼女はひとしきり「おたすけ〜〜」と叫びながら突っ走ったあと、水着姿のまま波止場からコーベの海へダイブした。

「警部ぅ……」

 ばっしゃああん、と水しぶきがあがったところへ御影さんが駆け寄る。海へ墜落した夙川警部を引っ張り上げてくれているようだ。あれは夙川警部、ぜったいに風邪引くなあ……。

 なんとも間の抜けた結末だが、これで御影さんの脅威は去った。いまのうちに退散するとしよう。夙川警部の尊い犠牲(しかもオウンゴール)に感謝。なむなむ。

「それにしても梅田、けーぶ姿のわたしによく気づいていたの」

「なんとなくそんな気がしたんだ。もちろん変装自体は完璧だったさ、どこからどう見ても水着姿の夙川警部だった……けれど、なんとなく『これはカレンかな』っと思ったんだ」

「抱きつくのに迷いがなかったの」

「しかたないだろ、それにあれは『羽交い締め』にしただけであって抱きついたわけじゃないぞっ。きみだって、やけに大人しく身体を預けてたじゃないか、おかげで御影さんに勘付かれたんだ」

 僕の言葉に、カレンははむきになって反論してくる。

「う、梅田なら……」

「え、なに?」

 彼女は赤ら顔で叫んだ。「梅田なら水着女子を見かけたら迷いなく抱きつくだろうなと思って、決死の覚悟をしてたのっ」どんな偏見だ! なりふり構わず抱きついてる覚えはねえよ!

 空港の敷地内から警告音が鳴り響いているのが聞こえた。そのうえなにやらものものしい空気が張り詰めているようだ。

「っと、カレン、こうしている場合じゃない」

 僕たちは気を取りなおす。別行動している三十重と花熊が、無線の言葉を勘違いして空港に突撃してしまったんだった。いまごろ敷地内のマフィアと一戦交えているのかもしれない。

「急ごう、カレン」

「もちろんなの」

 僕とカレンは、花熊たちの突入した通用口へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る