#01-13「もうだめなのだ」
とつぜん目の前に現れた、不気味な霧の立ち込める深いふかい森。
それは、御影さんの魔法《
「一種の」と言ったのは、それが完全な幻ではないからだ。彼女の魔法は、とおいどこかの場所で起こっている出来事を、魔法をかけた相手の感覚に映すという能力。まるでテレビの画面のように、いやそれ以上、つまり相手自身がまるでその場にいるかのように思わせることのできる能力だ。
僕たちが見ているこの風景も、どこかにある薄暗い森の実際の風景なんだろう。鳥の啼き声や獣の気配、風が木々の間を吹き抜ける奇妙な音、そして歩くたびに肩をかすめる木の葉の冷たい触感まで、さまざまな感覚が細部にわたって再現されている。いったいどこにある森なのかはわからないが、あまりの不気味さにカレンが僕の腕にしがみついてぷるぷる震えているくらいだ。
遠くでこれまた不気味な叫び声が聞こえる……と思って聞いてみたら夙川警部だった。
「ちょ、ちょっと、御影! わたくしまで巻き込むのはやめなさいって、毎回毎回言っていますのにっ! いますぐわたくしの魔法を解きなさい……きゃうぅ、いまなんかへんなもの踏みましたわ、ひぇぇなにこの啼き声……うぅ、御影ぇ〜、どこぉ〜」
あのびびりっぷりはちょっとかわいそうになるな?
「……っ!」
獣のものとは違う、かすかな敵意をまとった気配がした。僕はとっさにカレンを突き放して自分も身を屈める。すると僕の頭があったところにするどい影の動きがかすめた。
御影さんの回し蹴りだ。
「くっ……!」
あぶねえ! もろに当てられていたらいまごろ頭吹っ飛んでたぞ!
「ほう……柔道五段の私の技を避けるなんて。梅田くん、なかなか見込みがありますね」
「冗談じゃないっ!」
立ち上がりざまに足許の砂を一握り、御影さんの顔面に吹っかけた。
必殺目くらましだ。
「うッ」
御影さんが一瞬ひるんだすきに、カレンを立たせて一目散に走り出す。
「カレン、走れ!」
「……っ」
三十六計逃げるに如かず、とりあえず御影さんから離れたところで態勢を立て直そう。
そこへ、無線通信機が電波を受信する。三十重からだ。
『カレン、梅田。なにをしているのだ。こちらはもう空港通用口に到着している』
『カレン殿、はやくいっしょにおさんぽするでありますよ〜』
「おミソ、おハナ、作戦はいったん中止なのっ」
『なんだと?』
三十重が言う。『なにがあったのだ?』
「夙川警部たちが空港でバカンスしてたんだ」
僕の言葉に三十重はしばらく絶句した。
『……ぼくにわかるように言いたまえ』
「御影さんと交戦中! 突入作戦はいったん中止!」
『突入でありますかっ!』
言葉の前後の文脈をいっさい無視して、花熊が「突入」という単語にだけ反応した。『あのくじらのお船にはやく乗りたくてうずうずしていたでありますっ。すぐに突入するであります!』
『やめろ花熊、《マナドルチェ》をしまいたまえ、おい、ここで食べちゃだめなのだ……ああ……』
「ちょっと待って、花熊!」
「おミソ、おハナを止めて!」
僕たちの必死の制止もむなしく、勢いよく鉄が曲げられるようないやな音と、けたたましい警告音が鳴り響いているのが、無線の向こうから聞こえた。
『通用門がぐにゃぐにゃに……もうだめなのだ……』
『突撃であります!』
花熊が叫ぶと同時、僕たちのいる森にも大きな音が響き渡った。「ズゥゥン……」と重苦しく腹の底を揺さぶってくる。木々の枝がへし折られるような音が聞こえ、そのたびに鳥たちが騒ぎ立てて飛び去っていく。こんどはなんだ……?
しだいにその音も大きくなっていく。こちらに近づいているようだ。鳥たちの悲鳴のような啼き声が鼓膜を突き破るように響く。そのあいだずっと縮こまって音の方向を見つめている……そんな僕たちの目の前に、大きな大きな象が姿を現した。
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