#01-05「ぼくの出番みたいだな」

「安心したまえ! ぼくが来たからにはもう解決なのだ!」

 僕とカレンに合流した三十重は、開口一番そう口にした。

 彼女は三十重みそえかなで、僕たち西宮カレン一味の知略戦を担当する《魔糖少女ドルチアリア》のひとりである。

「おミソ、今回もよろしくなの」

「三十重は相変わらず頼りになるなあ」

「おミソって呼ぶな! ……べ、べつにおまえたちのために来てやったわけじゃないぞ。ぼくが来てあげたいから勝手に来ただけなのだ」

 おいおいこのご時世にツンデレかよ……って思ったらふつうにいいやつの発言じゃねえか。慈愛の精神かよ。

 製菓工場を取り囲む生垣に隠れながら、僕たちは工場内のようすをうかがっていた。カレンは女の子にしてはすこし背が高いのだが、この三十重は平均よりやや小さめである。生垣のそばにしゃがむとカレンはちょうどよく見えている一方、三十重はちょこんと座ると生垣にすっぽり隠れてしまって見えづらそうだ。

「わーい、久しぶりにみんなでお出かけであります!」

 三十重のとなりで的外れにわいわい騒いでいるのは、西宮カレン一味のもうひとりの助っ人、花熊はなくまみなとだ。彼女は肉弾戦を担当する《ドルチアリア》。

「おハナ、今日はピクニックじゃないの」

 カレンがそうたしなめると、花熊は解せぬというような顔つきで僕たちを見る。いやおまえなにしに来たんだよ。まあ花熊に言ってもしかたないんだけど。

「お、お花見ではないのでありますか……?」

「まだ二月だし、帝都に桜は咲いてないんじゃないかな」

 僕のその言葉に、花熊は目を見開いて「盲点だった、迂闊!」みたいな顔をする。うそだろ。年中お花畑はおまえの頭ん中だけだよ。まあ、三十重に頼めばお花見なんていつでもできるんだけど。

「そうだ、カレン」

 三十重が言う。「今回のターゲットはなんなのだ? 連絡をくれたときにはすいぶんと張り切っていたみたいだが」

 彼女の問いかけに、カレンは得意気になって答えた。

「コーベ・マフィア」

 その名前を聞いたとたん、三十重の表情がみるみる曇りはじめた。

「カレン、正気かっ? あのコーべ・マフィアを相手にしようだなんて」

 さっきまでイキっていた三十重が尻込みを見せるのも無理はない。コーべ・マフィアといえば、ここコーベの街にその悪名を轟かせる、いまや帝都最大の犯罪組織だからだ。その規模の全容はヒョーゴ警察でも把握しきれておらず、密輸や密造、人身売買、法外な金融取引等を行っていると言われるが定かではない。また、所属員数も不明。罪のないコーベの一般市民を恐怖のどん底へ叩き落とす、とにかく悪いやつらだ。

「なんだか楽しそうであります!」

 そこへ花熊がすっとうんきょうな声をあげる。

「花熊、いまの状況わかってる? コーベ・マフィアに楯突こうとしてるんだぞ。マフィアってなんだか知ってるか?」

「もちろんであります!」

 花熊が自信満々に返事をした。さすがにマフィアがなんたるかはわかってるか。いくら筋金入りの馬鹿だとはいえ、ちょっと見くびりすぎてたな、ごめんよ花熊。

「えと、えと……あっ、甘くてふわふわでおいしいのでありますが花熊は紙を剥くのが面倒なので紙ごと食べる派であります!」

「?」

「?」

「……それマフィンだろ!」

 小首をかしげあうカレンと三十重のかたわら、僕は必死になって突っ込んだ。ピクニックで食べるお菓子の話してんじゃねえんだよ!

「まふ……まふぅ、ま?」花熊の頭は考えすぎですでに破裂しそうだ。「むぅぅぅ、どう違うのでありますかっ。さては梅田め、この花熊をばかにしているでありますなっ!?」当たり前だろ! おまえがそもそも馬鹿なのがいけないんだよ!

「おハナ、マフィンをあの紙ごと食べるの? お腹こわさないの?」

「ぼくはクランベリーが入ってるマフィンが好きなのだ」

「マフィンの話はもうどうでもいいよ……」この話もう膨らませないぞ?

「まあいいだろう。カレンが正式にぼくたちの協力を得たいと言うなら、マフィアの相手をするのもやぶさかではない」

「花熊もカレン殿をお手伝いするであります! かなで殿、いっしょにがんばりましょう!」

「うむ」

「ありがとなの、ふたりとも」

「梅田は足手まといであります!」

「うるせえよ!」

 そのとき、工場の出入り口に怪しい人影が見えた。黒ずくめのスーツにサングラスをかけた、コーベ・マフィアの一員だ。いやまあ、怪しさで言ったら僕たち四人も負けず劣らずなんだけど。

 僕たちは口を噤んで身を潜めた。マフィアの一員はセキュリティポイントを通過し、工場の敷地内に入って行く。電子キーなどを導入した厳重なロックがかけられているようだ。あのロックをやつらに見つからずに簡単に解除する方法でもなければ、僕たちのような門外漢は永遠に中に入れそうもない。

 ……そんな方法がなければ、の話だ。

「さっそくぼくの出番みたいだな」

 三十重がおもむろに立ち上がった。

 その手には彼女の《マナドルチェ》——豆大福が握られている。

「とっておきのぼくの魔法——《森羅解鍵デシフェル》の脅威に、震えおののきたまえ」

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