#01-04「ひきこもり探偵だから」
探偵の調査方法は、おおまかに言って二通りある。
ひとつは、実際に現場に足を運んで聞き込みや目視で情報を収集する方法。
もうひとつは、コンピュータを駆使してネットワーク上に保管されている情報にアクセスし——怪盗と組んだ探偵である僕の場合、クラッキングといった少々手荒なやり方も含む——調査する方法だ。
僕が得意とする方法はもちろん後者だ。現代に活躍する探偵たるもの、コンピュータやネットワークを駆使して情報を集める方がなんだかかっこいいし、そもそも楽だからだ。広々とした自分のデスクで、ほろ苦い珈琲を優雅に飲みながら、難事件・珍事件を次々と解決していく……名探偵・梅田のソフィスティケイテッドな探偵業務には、やはりおなじく洗練された現代的調査方法が似合う。
「ただひきこもりなだけなの」
「……おい。口が過ぎるぞ、カレン」
カップに淹れた珈琲をずるずるとすすりながら、やっべえちょっと濃すぎたかなめっちゃ苦いこれ、と後悔しているところに、カレンが半眼でにらんでくる。僕に探偵業務を発注しておきながらひでえ言い草だ。ちなみに僕が飲んでいる珈琲はもちろん自分で淹れたものである。業務にいそしんでいる僕に対して飲み物を振る舞うなどという殊勝な心がけを、この西宮カレンがするわけがない。
「机上で得られる情報は得られるだけ集めておいた方がいい。その方がむだな体力を使わなくて済むし、効率がいい」
「ふうん」
胡散臭そうに鼻を鳴らすカレン。「じゃあ、情報は集まったの?」
「よくぞ訊いてくれた」
僕は得意になってコンピュータの画面を彼女に見せる。画面には、都会的にリファインされた僕の探偵業務の賜物である調査成果が映し出されている。それを眺めていたカレンが、ぽつりとつぶやく。
「……監視カメラ?」
「そう」
彼女の言葉に僕はうなずく。
そう、画面に映し出されているのは、とある監視カメラの映像だ。帝都の郊外にある製菓工場の、その内部に設置されたカメラ。工場内の従業員の勤務状況を把握するためか、もしくは内部でなにか問題が起こったときのために置いてあるのか、あるいはその両方だろう。
外部からは簡単にアクセスできないようセキュリティが施されているけれど、僕の手にかかれば朝飯前である。お手製プログラムを実行してスキャニングすれば、とたんに簡単に脆弱性のあるネットワークの入り口が見つかった。このスキャン方法を使えばアクセス履歴も残らないので、こちらの不正アクセスを発見されにくい。ちなみにもちろん、この有能プログラムはこの名探偵・梅田の謹製だ。
カレンといっしょに監視カメラの映像をのぞき込んだ。彼女はデスクチェアに腰掛けている僕の肩越しに映像を見ている。肩に手をかけて無用に体重をかけてくるので正直重苦しくてしかたなかったが、それを口に出すとこんどは一晩死線をさまようだけでは済まされないので、おとなしく黙っておく。
すると、ふとなにかが画面を横切った。
「梅田、いまの」
映像の異変に反応したカレンが、僕の頭越しに身を乗り出してくる。
「うお、カ、カレンちょっと」
近い。非常に近い。彼女の豊かな金髪がふわりと僕の顔にかかった。鼻の奥をくすぐる心地いい香りがした。僕は目の前の映像に神経を集中させる。
「巻き戻すの」
「はいはい」
言われたとおり映像を巻き戻す。そこに映っていたのは、やはり見覚えのある格好の人物だ。真っ黒なスーツに色のきついサングラス。
これは製菓工場の内部の映像だ。ということは、この黒ずくめの男たちが製菓工場に出入りしていることになる。帝都チョコレート消失事件との関わりは、ないと言った方がおかしいだろう。
「コーべ・マフィア」
カレンがぽつりとつぶやいた。その名前を聞いて、僕は生唾を飲み込む。
コーべ・マフィア。
ここ帝都コーべで最近その勢力を伸ばし、いまや我が物顔で跳梁跋扈する、悪の組織。
コーべの街をほの暗い混沌へと陥れる犯罪集団が、製菓工場の内部をうろついている。
「なにしてんだ、こいつら」
僕は画面をにらみながらつぶやいた。《マナドルチェ》との関連はまだ見られないとはいえ、製菓工場にマフィアの一員が踏み込んでいるのを見るのは、正直いい気がしない。
しかし、相手はあのコーベ・マフィアだ。そうやすやすと御することのできる相手ではない。
さて、どうしたものか……。
「おいカレン、どうす——」
僕たち西宮カレン一味の今後の動きを確認しようと僕が問いかけを終える前に、カレンは立ち上がってなにやら身じたくをしている。
「——カレン?」
「なにしてるの梅田、行くよ」
「行くって、どこへ?」
「決まってるの。製菓工場だよ」
「へ?」
製菓工場に行くの? いまから?
「おミソとおハナには連絡したよ。さっそく工場に潜入調査なの」
カレンにとって範疇外だったはずの今回の事件は、瞬く間に彼女のターゲットになったらしい。コーベ・マフィアの落胆した顔を拝める、と息巻いている。それにしても準備早すぎだろ。というかそもそも、あのコーベ・マフィアを相手取ろうだなんて、こいつ正気か?
「梅田、ほらはやく」
「いや、僕はネット調査専門のひきこもり探偵だから……」
「なに言ってるの」
カレンが言った。「これは街の一大事なの」
「……」
きらきらと目を輝かせる怪盗を目の当たりにして、僕は今後自分の身に降りかかるであろう災難に想いを馳せて、深いため息をつくのだった。
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