#01-03「わたしの探偵のくせに」
「梅田、わたしの探偵のくせに、そんなつまんない事件の情報つかんでこないでほしいの」
カレンがため息交じりに不満を漏らした。
世をあざむく怪盗の口から「わたしの探偵」とは解せない言葉だが、僕とカレンはややおかしな関係にある。
カレンは怪盗、僕は探偵。
ふたりはいわゆる「タッグ」を組んでいるのだ。
怪盗と一言で言っても、カレンはふつうの怪盗と違う。彼女は「対悪専門」の怪盗だ。一般市民を標的にして盗みをするのではなく、悪事をはたらいた犯罪者や組織から金品を巻き上げることを稼業としているのだ。
どこかで事件が起こったとき、僕が探偵としてその事件を調査する。卓越した調査能力と『観察眼』をもってして盗品の在処をあばき出し、それをカレンに伝えて彼女がふたたび盗み出す。一見正反対に見える僕らの関係も、ふしぎと成り立っていた。
義賊、というと聞こえはいいが、本人はそんなたいそうなことは思っていないらしい。
「犯罪組織から盗んだ方があとあと楽なの」というのはカレンの言葉。「わたしが盗んでもやつらうしろめたくて通報できないし、通報しても足がついて自分たちの悪事がばれるから」
「はあ」
「奪った財宝をわたしにまた奪われたと知ったときの、あの犯罪集団たちの顔……あの光景はいつ見てもステキなの……」
「……」
彼女のとろんと悦に入った声を聞いたとき、僕はぐうの音も出なかった。おやまあずいぶんと悪趣味な変態さんだこと……。
「実際、義賊なんてもんじゃないの。悪の組織から盗んだものを、困ってる人に配ったりなんかしてないし」
カレンの表情がほんのすこし翳ったように見えた。まあ、たしかに彼女の言うとおりだ。僕たちはべつに、この怪盗業でだれかを救っているわけではない。
とまあそんなこんなで帝都を騒がせている僕たち西宮カレン一味だが、どうやらこの事件はカレイドガールの専門外だったみたいだ。そのうえ世の男子どもの哀愁には微塵も興味ないようで、僕の熱のこもった力説にも耳を傾けることなく、彼女は僕のぶんも含めた三つの蓬莱饅頭を平らげてふかふかソファにお尻を収めた。
「僕の肉饅頭が……」僕は絶望に打ちひしがれた。「カレン、きみってやつは……」
「満足なの」
「そうかい、人の金で喰う蓬莱饅頭はさぞかし美味かろうな!」
「うん、おいしかったよ」
「屈託ない満面の笑顔で言ってもむだだぞ!」
「ごちそうさま! 梅田、ありがとっ」
「いえいえ、どういたしまして! ……あっ」
くそう! 純情男子の心をもて遊びやがって!
しばらく節約生活から抜け出せそうにないな……と意気が沈んでいる僕の目に、ネットに流れていたとある画像が映った。
「ん……?」
目についたのは、とある風景と、そのなかに入り込んだ人物の姿。風景はコーベにある製菓工場の近くのもの。《マナドルチェ》ではない、市井に出回るふつうのチョコレートを製造する有名菓子メーカーの工場だ。
それだけではなんてことない風景写真のひとつだが、そこに写り込んだ人物に違和感があった。
「んん……?」
万人の夢を叶えるような甘いお菓子をつくる製菓工場にはおよそ似つかわしくない、黒スーツにサングラスをかけた風貌のいかつい男がふたり。
この格好、どこかで見たことがあるような……?
「んんんん〜ん?」
「どしたの、まぬけづら顔に貼り付けて。蓬莱饅頭食べられないストレスで、ついにばかになっちゃった?」
いつのまにかカレンが僕のデスクまで来て、じっと顔を覗き込んでいる。
「バカとは失礼な。うちにバカはふたりもいらない、花熊だけで充分だ」
僕がそう文句を言うと、カレンは両手で口許を押さえて驚く。
「うわ……梅田ひどい……っ! そんなこと言ったらおハナがかわいそうじゃん……」
「僕はいいのかよ」ていうかその反応マジ感ハンパないから逆に花熊かわいそうじゃね?
「見ろよカレン、これ」
気を取り直して僕が画面の写真を見せると、カレンも同じように眉根を寄せて僕を見返した。
「梅田、これ……」
「ああ」
カレンも事情を察したようだ。製菓工場に集まる黒ずくめの男たちを目にして、「街の一大事」に思い至ったらしい。
街から消えたチョコレート。
製菓工場にちらつく黒い影。
帝都コーベに見え隠れするきな臭いにおいを感じ取った僕たちは、お互い目を合わせてうなずく。
「なにが起きてるのかはわからないけど……とりあえず調査をしよう。《マナドルチェ》にまで手を出されたらたいへんだ」
「そうだね。梅田のくせに、たまにはまともなこと言うの」
「ありがとう。ちなみに一言余計だ」
こうして僕たちは、帝都チョコレート消失事件の調査に乗り出した。
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