#01-02「これは街の一大事だ」

 帝都じゅうからチョコレートが消えはじめている。

 僕たちがつかんだのは、そんな眉唾ものの話だ。

 はじめは流行の新作チョコレートだった。コーベの街の百貨店で売り切れが続出し、製菓会社の生産も追いつかないようだった。しかし、それ自体はよくある光景。

 その次は定番の人気チョコレートだった。街のコンビニやスーパーで品薄となり、コーベ市民の表情もやや曇りはじめる。しかし、そんなこともたまにはある光景。

 とどめはほかの珍味チョコレートだった。万年商店の棚の一角を占め、いつ巣立っていくのかわからなかった売れ残りの不人気チョコレートでさえ、忽然と棚からその姿を消したのだ。商店から製菓会社に問い合わせても「製造して出荷した」の一点張りで、肝心かなめのチョコレートの姿が見当たらない。気づけば、コンビニやスーパーのチョコレート棚には「売り切れました、再入荷未定」の札が並ぶばかりになっていた。

 そして、コーベの街からチョコレートがなくなった。

「ふうん」

 カレンがたいして興味もなさそうに返事をする。

「おいおい、街の一大事だというのに、ずいぶん他人事の返事だな」

 僕がそう言うと、カレンはおしぼりで手を拭き拭きしながら答える。

「わたし、ふつうのチョコなんて食べないし。蓬莱饅頭だけあれば生きていけるの」

「きみの媒菓はチョコレートだろ」

「《魔糖菓子マナドルチェ》は関係ないでしょ?」

「カレン、甘いぞ」

 僕は彼女をじっと見据える。「言っただろう、これは街の一大事だ」

 いつになく真剣な表情を装う僕に、カレンはすこし表情を曇らせる。

「え、関係あるの?」

「ああ、僕たちに大いに関係がある」

 僕が鬼気迫る表情でにじり寄ると、カレンが後退りながら生唾を飲み下す。

「ど、どんなふうに……?」

「……奇しくも、世はバレンタインが近い」

 いまは二月上旬。あと何日かするとバレンタインデーがやってくる。その事実をカレンが知らないはずがない。

「うん、知ってる」

「そんな時期に、コンビニにチョコがない」

「そだね」

「あとはわかるな?」

 問いかけに彼女はゆっくりと首を振った。呆然と口を半開きにして僕を見つめている。ついにしびれを切らした僕は高々と叫んだ。

「世の男子どもがちょっと気になるあの子から義理チョコをもらえなくなってしまう!」

「うわ……めっちゃどうでもいい……」

 ひどい! モテない男子にとっては死活問題なんだぞ! 純情男子の敵め!

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