#01 Chocolate.

『第一話 神聖なる第一次反チョコレート大作戦』

#01-01「チョコレートなんてなくなってしまえばいい」

 帝都コーベ。

 きらびやかな街灯りにきらめくこの場所には、今日もたくさんの人々が暮らしている。華やかなファッションに身を包んだ女性たちが道を行き交い、ショウウィンドウに並ぶマネキンも心なしかやわらかな笑みを浮かべている。

 駅前の大通りには色とりどりの花が並び、まばゆいばかりの街をさらに彩る。街頭ヴィジョンには最新の音楽チャートが映し出され、人気アイドルが笑顔で歌って踊っている。港には陽光を反射してきらめく波が寄せては返し、ざあ、ざざあと音を響かせる。波止場をふらふらと歩いてみると、うみねこの陽気な合唱が聞こえてくる。

 花の香りにあふれ、港に寄せる波の音に抱かれて、コーベの街は今日もきらきらと輝いている。



 そんな街の夜空を舞う、とある少女たちがいた。

 彼女たちの名は、《魔糖少女ドルチアリア》。

 ひみつのお菓子《魔糖菓子マナドルチェ》を食べることで魔法を発現することができる、とくべつな存在。コーベで起こるふしぎな出来事のほとんどは、彼女たち《ドルチアリア》のしわざだと言っていいだろう。

 ウェディングドレスの花嫁姿で暗躍する少女もあれば、港にあるモニュメント「オルタンシアの鐘」を根こそぎ引っこ抜いて振り回して遊ぶほどの馬鹿力を持つ少女もある。街に季節外れの花が開いたら、それもきっと彼女たちの魔法のしわざだ。

 凡人には到底、この少女たちの正体を見破ることなどできない。彼女たちは自分たちの正体をいちずに隠しながら、ここ帝都コーベの街で暮らしているのだ。昨日すれ違ったあの女学院の生徒も、オサレカフェでランチをたしなむあのOLも、テレビで歌って踊るあのアイドルも、もしかしたら《ドルチアリア》なのかもしれない。

 僕たちが夢見る以上に、この世界はふしぎでいっぱいだ。


   ○


 そのふしぎな少女のひとりがいま、僕の目の前で肉饅頭を食べている。

「んん〜、おいひい」

 ナンキン街の蓬莱饅頭をふはふはしているこの少女は、いまここ帝都を騒がせている怪盗だ。彼女の名は西宮カレン。万華鏡カレイドスコープのように自由自在に姿を変えることのできる魔法——《万華変装カレイドフォーム》を操る《ドルチアリア》だ。

「相変わらずうまそうに喰うなあ」

「だっておいしいんだもん」

 カレンは口と両手を肉汁でべたべたにしながら言う。「あぁあ、わたしの媒菓ばいかが蓬莱饅頭だったらいいのに」

「馬鹿言え。肉饅頭はお菓子じゃないだろ」

 僕が冷たく突っ込むと、カレンはむすっとしてまた肉饅頭を口に頬張る。

 彼女たち《ドルチアリア》の魔法の原動力、つまり魔法力の源は《魔糖菓子マナドルチェ》と呼ばれるとくべつなお菓子だ。《マナドルチェ》を食べることで魔法の力を補給し、発現することができる。その魔法の現れ方は《ドルチアリア》によってさまざまで、カレンの魔法は姿を七変化させる変装術というわけだ。

 《マナドルチェ》は郊外のどこかにある製菓工場で秘密裡に製造され、夜な夜なこっそり帝都に運び込まれているという。たとえ一般人が《マナドルチェ》を食べても、その違いはわからない。僕も以前、ためしに《マナドルチェ》であるカレンのチョコレートを盗み食いしたが、ふつうのチョコとの違いはまったくわからなかった。ふつうのチョコを食べたときとの違いと言えば、あとでカレンにばれてブチギレられたことだけだ。カレンと結託した馬鹿力の花熊に殴る蹴るの暴行を受け(花熊自身はじゃれ合いのつもりだったらしい)、一晩死線をさまよった僕は、二度と《マナドルチェ》をつまみ食いしないと決めた。《ドルチアリア》にとって、自分たちの魔法の発現をサポートしてくれる《マナドルチェ》は、とてもだいじなアイテムなのだ。

 また、《ドルチアリア》によって魔法力を供給できるお菓子の種類が違う。自分に魔力を供給してくれる《マナドルチェ》のことを「媒菓」と呼ぶ。カレンの媒菓はチョコレートだ。たとえ魔法力を供給できる力をたくわえた《マナドルチェ》であっても、カレンが自分の媒菓、つまりチョコレート以外の《マナドルチェ》——たとえばいちご大福とかマカロンとか——を食べても、魔法を発現することはできないのだ。

 そして、怪盗として一見完璧な魔法、だれにも見破られない変装術を持ったこの少女・西宮カレンには、どうにもならない弱点があった。

「もうチョコなんて食べ飽きたの。甘いんだもん」

 彼女は甘いものが大の苦手なのだ。甘いお菓子を力の源とする《ドルチアリア》としては、なんとも致命的かつ間の抜けた弱点だ。

「じゃあ苦いやつにするか? カカオいっぱいの」

「苦いのもいやなの」わがままなやつだな。

「むぅ〜〜、もういっそのこと、帝都からチョコレートなんてなくなってしまえばいいの!」

「ずいぶん過激的な思想だな……っと、なんだこれ」

 カレンの話を聞きながらウェブニュースを流し見して情報収集をしていた僕の目に、とある記事がとまった。中身をじっと読んでみる。するとどうやら、カレンの言葉はそれほど過激的な絵空事というわけではなかったようだ。

「……カレン、たいへんだ」

「どしたの」

 指についた肉汁をちゅうちゅう吸いながら訊いてくるカレンに、僕は答える。

「帝都からチョコレートがなくなってしまう」

「……え?」

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