#00-06「わっしょーいっ!」
戸惑うカレンの手を引いて、彼女の身体もろともコーベの夜空へ飛び出した。僕たちを捕らえようと駆け寄った警官たちの手が虚空をつかむ。「なあっ!?」と夙川警部の間の抜けた声が聞こえた。僕らの身体が風を割って宙に舞う。カレンの悲鳴が響く。迫り来る真っ黒なオーサカ海とコーベの夜景——それらを引き裂くように、大きな光が空から近づいてきた。「わっしょーいっ!」という馬鹿っぽい掛け声が聞こえたかと思うと、僕らの身体は重力に逆らってふわりと宙に浮いた。
さっきまで宙を掻いていた両脚はなにか硬い床に着いたような感覚がある。僕たちの身体は抱きとめられるかのようにして、なにかに「着地」したのだ。
「待たせたな! ぼくが来たからにはもう安心なのだ!」
「任務完了! 夜のドライブは楽しかったであります!」
コーベ上空を飛行する小型航空艇の上、ふたりの頼もしい声が響き渡る。
僕たち西宮カレン一味のもうふたりの仲間、
「おミソ、おハナっ!」
カレンがうれしそうに大声をあげながらふたりを思い切り抱きしめた。
「おミソって呼ぶな! ……おいカレン、放したまえ、操縦ができない」
「わーい、カレン殿っ! 花熊もやるであります!」
「は、花熊、放したまえ、こ、呼吸ができないぞ!」
航空艇がぐわんぐわんと夜空を蛇行する。これでは命がいくつあっても足りない。
「花熊、放してやれ。墜落してみんな死んじゃう」
「むぅ、それは困るであります」
花熊の馬鹿力から解放された三十重は「げふっ……ごふっ」とヤバめの咳をして一命を取りとめた。きっと花熊も魔法を発動させているんだろう。彼女の魔法はありていに言えば馬鹿力だ。彼女の魔法力でなければ、宙に舞った人間ふたりを一度に抱きとめるなんてできない。
そしてこの航空艇は、三十重の魔法でアクセル「全開」になっている。みるみるうちに帝都ポートタワーは遠ざかり、目前にキタノの拠点が見えてきた。
「そろそろ着陸するのだ、備えたまえ」
「みんなお疲れさま。戻ったら今日は祝杯なの」
カレンが声高に宣言する。顔は心なしかうれしそうだ。まあ、みんなで無事に帰れたんだ、うれしくて当然だろう。三十重も花熊も、そしてもちろん僕も。
航空艇は着陸態勢に入った。拠点の裏山にある空き地にゆっくりゆっくり降下していく。
「夕ご飯はなににするでありますか」
「うーん、そうねえ……ちょっと豪華にするの」
「ごちそうでありますかっ、楽しみであります!」
「うわ、ちょ、花熊! やめたまえ!」
ふたたび航空艇がぐらぐらと揺れた。ごちそうと聞いてテンションの上がった花熊が艇内ではしゃぎだしたのだ。なんとか制止しようとしたが魔法を発動させて馬鹿力になった彼女にもやしっ子の僕が敵うはずもなく、吹き飛ばされて艇内に叩きつけられ、「ぐえッ」と情けない声が出た。同時にぽきりといういやな音が聞こえたので、尻で踏んづけたところを見てみると「なにか」のレバーが根こそぎ折れていた。
「……」
僕はそれを、そっと見えない物陰に置いた。
航空艇はぐわんぐわんと暴れ続け、なんとか空き地に着地したころにはぼろぼろになっていた。命からがら航空艇を降り、その機体にペインティングされていたマークを見て、僕は呆然とする。
「これ、コーベ警察の航空艇……」
「ああ、ぼくの魔法で倉庫を『開けて』拝借してきたのだ」
「見た目だけ直して、ばれないように返しておこう……」
「ぜひそうしたまえ」
はあ……。僕は思わずため息をつく。また今日もトラブルばかりの夜だった。ひとりひとりはとてつもない魔法力をもった《
でも、と僕は自分に語りかける。
……まあ、こんなトラブルばかりの日々も、悪くないよな。
こうして、僕たち四人の祝宴の夜は、騒がしく更けていった。
しかし、これらの事件を僕だけの記憶に留めておくのももったいない。読者諸賢にもぜひ見てもらうことにしよう。
ということで諸君、しばしお付き合い願いたい。
これは、とあるひとりの怪盗少女と、僕たち三人の助っ人が、帝都コーベの夜空に舞う物語である。
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