#01-06「決して怪しいものではござ」
それは、この世に存在するありとあらゆるものを、言葉どおり「開いている」状態にする魔法だ。
「開く」ことができるものならなんでもいい。閉められた扉でもいいし、もちろん鍵や錠前でもいい。彼女の魔法にかかれば、物理キーでも電子キーでもなんでも「開く」ことができる。彼女の前では、セキュリティロックなどあってないようなものだ。これほどまでに怪盗の助っ人にぴったりの魔法があるだろうか、いやない(反語)。このうえなく怪盗の助っ人にもってこいの彼女の能力は、僕たち西宮カレン一味もとても重宝している。
しかしそれだけではない。本格的な夏に入る前に海で泳ぎたかったら、彼女に頼めばいい。勝手に「海開き」をしてくれるからだ。また、桜前線が来る前にお花見をしたい場合もどんと来いだ。彼女の魔法にかかれば、桜が何分咲きであろうとまだつぼみのままであろうと、いつでも「満開」にできるのだ。海にも行けるし花見もできるし、三十重のおかげでこの西宮カレン怪盗事務所は季節のイベントに事欠かず、充実した福利厚生制度が備わっている……当の三十重本人は「そんなことするための魔法じゃないのだ!」とほおを膨らませているんだけど。
そんな彼女の《デシフェル》は、今回も大活躍である。
三十重が豆大福をもさもさ喰い終わるのを待って(「ひとが大福食べてるところをじろじろ見つめるのはやめたまえ、梅田!」「なんで僕だけ!」)、彼女が扉の前にそろりそろりと近づいて行くのを見届けた。彼女が工場の入り口の電子キーに両手をかざすと、その手のまわりがぼんやりと青い光を放ちはじめる。ややあって、がちゃり、となにかが外れるような音が聞こえた。三十重の魔法で扉のロックが開いたのだ。
「おおー」
僕とカレンと花熊の三人は、三十重のみごとなセキュリティ突破っぷりに思わず嘆息する。彼女の《デシフェル》があれば、敵拠点の突破に際してピッキングのように時間がかかったりはしないし、
「どうだい、ぼくの魔法《デシフェル》は」
「おミソもなかなか重犯罪者として板についてきたの」
「……もっと喜べる言い方で褒めたまえ」
「さっそく中にお邪魔するの。こんなところでぼやぼやしてたら、野良マフィアに見つかっちゃう」
カレンの言葉に従って、外を巡回する野良マフィアに見つからないうちに、僕たちは工場内に侵入した。
工場は今日も稼働しているようで、大きな機械が動くごうごうという音がどこかから響いていた。今日もチョコレートはここでたくさんつくられているはずだ。しかし、そのチョコレートがコーベの市民の手に渡ることはない。はたして、帝都のチョコレートは、ここでつくられたあとどこへ行ってしまうのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、通路脇に置かれていたなにかに足を引っ掛けてしまった。がたん!という大きな音が通路に響く。見ると、小型の丸っこい警備ロボが一台、僕の足許でエラーコードを吐いていた。
「あ、やべ」
僕は思わず声を漏らした。カレンたち《ドルチアリア》の三人は、僕を「こいつやりやがった」という目で見下している。
警備ロボの目が緑色にピカピカ光った。
「ピピピ。異常動作ヲカクニン。付近ニ生体反応ヲ探索……検知。スキャニング中……」
「わ、わわ、ちょっと、」
「データベース接続、照合、一致ヲ検出中。……ピピピ、エラー、エラー。一致結果ナシ、一致結果ナシ。検知生体ヲ侵入者ト断定。ピロリロ、ピピピ……」
「いや、待って、僕たちは決して怪しいものではござ——」
「アラート! アラート! 侵入者発見! 侵入者発見!」
目の色を赤く変えた警備ロボから、けたたましい音量の警告音が鳴り響いた。どたどたといくつかの足音が聞こえてくる。すぐに警備担当であろうマフィアの一員たちが警棒を構えて立ちふさがった。叩かれたら痛そうだ。あわてて来た方へ引き返すと、そちらにも警備マフィアがひとり、空気銃を構えてこちらをにらんでいる。こっちは痛いだけでは済まないかもしれない。
「おい、そこの貴様たち、止まれ!」
マフィアが叫んだ。
やばい。
西宮カレン一味、さっそく絶体絶命である(主に僕のせいで)。
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