第30話
怒ったような宮本さんの声が聞こえた。
それと同時に。
これまでとは比べられないほどの風、突風、太い風が押し寄せたと感じた。
それと同時に。
「うわぁあ!」
土の匂いがなくなった。風の中にいるんだ。壁のように感じるそれ。全身が不安を訴える。
僕は空中にいた。
たぶん、みんな空中にいるんだろうと思いたかった。目を開けられないからだ。
「おおう」
「おいおい」
「うっひゃあ!」
部長、算所、安高の声がした。風に押し流された声から位置はわからない。上なのか下なのか、遠くなのか、近くなのか。できれば近くにいてほしい。もっと言えば、地面にいてほしい。地面にいたかった。
やはりここは魔法の国。魔法使いがいれば、ドラゴンもいる。そして僕たちただの人間はなにもできない。レベルあげも装備もパラメータも職業も生まれも関係ない。せめて。
「ドラゴンがいるって先に言ってほしかったなぁ」
その部長のひとりごとははっきり聞こえた。今僕がおもった一言だからかもしれない。もしかすると部長は言ってないかもしれない。こんなときでも部長にはそう言って欲しい、そうも思ったからだ。
「そのまま!」
宮本さんの声はもっともっとはっきり聞こえた。だからたぶん魔法なんだろう。
せめてなにかできることは! と一瞬考えて、せいぜい目を開いてみるくらいしか思いつかなかった。
だから世界を見た。
まず曇り空。ところどころに青空。たぶん上。次に広がる草原。たぶん下。遠くに森。山。たぶん前。だから横。また空。だからまた上。めちゃくちゃに回っている。部長も算所も安高も見えない。残念だ。
その次に赤い岩山。ひろがる岩がよく見える。つまりやたら近い。そして判る。
いま、そこに向かって落ちているのだ! 岩肌が高速で迫ってくる! 解像度があがる! いや、これは現実だ。グラフィックではない! この速度で落ちたら確実に死ぬ。人間だから死ぬ。
「うわぁぁぁぁぁぁっぁっぁああああああ!」
命がけの絶叫だった。だからって何かが解決するわけでもない。見なきゃよかったのか。目を瞑ったままなら岩山に向かっていると知らずにすんだのか。
せめて足から落ちられないか?
体勢を変えようとしたとき。
「国枝君、そのままでいいから」
と、もういちど宮本さんの声がした。
「そ、そうなの?」
「大丈夫」
普通に話している。なんだこれ。魔法なんてものじゃない。宮本さんだからだと信じたい。
やけにはっきり岩が見えた。
その瞬間。
落下の勢いは突然なくなり、かといって摩擦熱に変換されたようでもなく、慣性も利いていない。ただただゆっくりと、自然に足を下にした姿勢になり、赤茶けた岩肌に着地した。
拍子抜けしたのと、助かったのと、生きている実感からその場にしゃがみこんだ。そして倒れて空を見た。
4人も同じようにゆっくりゆっくりと僕の周りに着地した。
「ほらね、大丈夫だったでしょう?」
そういう彼女の表情はなんだろう。みんなを安心させるためだろうか。でもそれは一瞬の笑顔だった。
「ニカ! ルル! タラ! ニウ! みんないるんでしょう?!」
もう次の瞬間には、どこかを見て怒っていた。
僕はコンビニに入れない。 まつだ @tiisanaoppai
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