6(ぼくと夜花、カラス)

 ぼくは病室で、オオカミの遺体が発見されたことを聞いた。

 発見場所は、例の神社の森。遺体は、目を切られていたそうだ。同じく境内で発見されたヤギくんの遺体にも、同じ傷痕が認められた。そしてカワホリにも、同じものがある。

 このことから、警察では一連の事件を同一犯による犯行と断定したようだった。小学生が被害者の、小さな町の類を見ない凶悪殺人とあって、世間ではかなりの騒ぎになった。

 そして、ぼく。

 ヤギくんが殺された現場に偶然居あわせたぼくは、同じように犯人の標的にされた。その際、黒宮夜花も同様に狙われる。

 夜花を助けるために勇敢にも殺人犯に立ちむかったぼくは、両目に傷を負うも一命はとりとめた。そしてそのあいだに夜花の叫び声を聞いた通行人が駆けつけて、犯人は逃走に移る。

 ――世間的には、一応そんなことになっているらしい。

 それだけの話を、ぼくは夜花から聞かされた。今、病室にいるのは、ぼくと夜花の二人だけだ。警察の事情聴取に答えたのはほとんどが彼女だったけど、いったいどうやって相手を丸めこんだのか、ぼくには想像もつかなかった。

 ぼくの両目には包帯が巻かれているけど、もちろんそれがなかったところであたりを見ることはできない。ぼくにわかるのは肌に当たるパジャマと、固いシーツの感触だけ。点滴もされているらしいけど、それが本当に点滴なのかどうかもわからなかった。

 夜花は学校からランドセルを担いで直接やって来た、という話だから、時刻は放課後のはずだ。

「どうかな、調子は?」

 至極明るい口調で、夜花は言った。

「おかげで両目以外は大丈夫だよ」

 ぼくは答える。

 わからないけど、たぶん彼女は笑ったみたいだった。そのかすかな名残を残しながら、夜花は言った。

「私たちの班、とうとう一人になっちゃったね」

 それをやったのは全部君だけどね、とは言わない。

「早くウサくんが戻ってくるといいな」

 言われて、ぼくは意味もなく赤くなってしまった。それをごまかすように訊く。

「ところで、一千万円は見つけたんだね?」

「うん、見つけたよ」

 手術や治療で寝ているあいだ、ぼくが考えていたのはそのことだった。オオカミが隠したという一千万円を、夜花はどうやって見つけだしたのか。

「思えばぼくがあの部屋を調べたとき、気づくべきだったんだ。本棚のおかしな様子と、引きだしにあった大型カッター。それにごみ箱にあった紙くずと黒い燃えかす」

 夜花は黙っているようなので、ぼくは続けた。

「本棚を中途半端に埋めてたマンガと、世界名作文学全集。一千万円は、あの文学全集の中をくりぬいて隠してあったんだ。カッターで切りとって、中身は燃やして捨てた。それを見つけた君は、抜き取った一千万円の代わりに本棚にあったマンガを詰めこんだ。巻がそろってないはずだよ。でもサイズがあわないせいで本は変に軽くなっちゃってたけどね」

「正解だよ」

 夜花の口調には何の屈託もない。

「今は、その一千万円はどこにあるの?」

「大丈夫。今度こそ絶対見つからないところに隠したから」

 彼女がそう言うのだから、ぼくはそれ探してみようという気にもなれなかった。

「でも万が一、がお金を取り戻しに来たらどうするの?」

 例えそうだとしても、夜花なら簡単に処理してしまえそうな気がしたけど。

「私にはウサくんがいるから平気だよ」

 夜花の言葉に、ぼくはやっぱり赤くなってしまう。でも、問題は犯人だけというわけじゃない。

「一応言っておくけど、もうぼくを殺すことはできないよ。ぼくがいなくなったら、今までのことが全部わかるように仕掛けておいたから」

「大丈夫だよ」

 夜花はじつに朗らかだった。

「あの時も言ったけど、ウサくんを殺したりなんてしないから。ウサくんにはちょっとずつ不幸になってもらうんだ。次は、左手がいいかな? それとも、舌とか鼻のほうがいい? 何にせよ、ウサくんを殺したりなんてしないよ。君はゆっくりじっくり、少しずつ壊れていくんだ」

 彼女の声はじつに楽しそうだった。

 それから、夜花の立ちあがる気配がする。

「もう帰るね。早く良くなって、学校にくるんだよ」

 ぼくは彼女がいるとおぼしきほうに向かってうなずいた。

 数分後、ほとんど入れ違いにしてぼくの母親がやって来る。「具合はどう?」と、母親はお決まりのセリフを口にした。

 それから訊いてみると、思ったとおり母親は廊下で夜花とすれ違っていた。

「すごくいい子ね」

 と、母親は上機嫌で彼女のことを誉めた。

「丁寧に挨拶してくれて、早く良くなってくださいって。あれ、もしかして潤一郎(じゅんいちろう)の彼女?」

 いいえ、ぼくの目を潰して、一千万円を奪った連続殺人犯だよ、とぼくは笑顔を浮かべながら思っておく。

 母親は痛いところはないかとか、欲しいものはないかとか、そんなことを訊いた。ないよ、と答えると、ベッドの傍らでリンゴの皮を剝きはじめたみたいだった


 ガァー、ガァー……


 その時、カラスの鳴き声が聞こえた気がして、ぼくは窓のほうに顔を向ける。不審に思ったらしい母親が尋ねてきた。

「どうかしたの?」

「カラスが鳴いてる」

 けれど母親には、その声は聞こえなかったらしい。

「どこにもいないわよ、カラスなんて」

 いいや、いるんだ、とぼくは口の中でだけつぶやいておく。

 ――そう、カラスはすぐそばにいる。

 誰の目に見えなくても、誰の耳に聞こえなくても、確かにすぐそばに。

 太陽よりも強いそいつは、神様にぼくらのことを告げ口しに行く。その気まぐれな報告次第で、ぼくらの運命は決まってしまう。

 でも、ぼくは大丈夫だ。

 ぼくと夜花だけは、少なくとも。

 だってそのカラスは、ぼくに不幸という幸福を保証しているんだから。

 そのカラスがいるかぎり、ぼくらは大丈夫。

 ぼくらはきっと、いつまでも幸福でいられる。

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烏呪 安路 海途 @alones

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