第一部:媛帝 -ハツセノミコトの物語①ー
若き王子を襲う試練。宿敵との出逢い。宮廷に巣食う『影の化物』を巡る戦物語。
第一部 其の一
ハツセがこの地を訪れるのは五年ぶりにして、十六年の人生で二度目のことだった。今回の上京は、前の大王の
当初、ハツセを統領とする吉備国の一団は、水無月の十八日に故国を出立し、同月の二十八日昼までに
しかし、実際に、彼らが皇宮に達したのは、翌文月の九日のこと。予定から十日以上遅れての都入りだった。牛馬百頭の腹が膨れる程の道草を食らって進んだ結果、祝宴の前夜になって、
内実、一行を取り仕切っていたのは、執権補佐に当たる
ハツセ自身の
ハツセの乳兄弟でもある武彦は、本来、この直情的で稚気じみた王子の操縦に関する第一人者だが、その辣腕も影を潜めがちだった。理由は武彦自身にも解っていた。無軌道がハツセの天性と云えど、その無軌道ぶりに常ならぬところがあり、どうにも勝手が違ったのだ。
例えば、若衆の先頭に立って
峠に立って、山風を浴びている主君の傍へ行き、
「気が
「……物珍しく映るか」
と、ハツセは自嘲するように云った。
「吉備の
武彦は
「遠からず、
「常に冷静沈着なそなたでもか?」
「私とて同じです」
「それを聞いて、少しばかり安心した」
ハツセは漸く口元を緩め、
「さて、ここまで来れば、
稲葉のそよぐ青田を足元に見下ろしつつ、吉備の王子は五年前の事に想いを馳せた。
◆
初めてハツセが大倭を訪れた折、彼はまだ十一歳の童子だった。宮廷の年始の儀に参列する為、母に連れられて上京したのである。
都の風物はすべて新鮮に映ったが、
——
幼心にそう思った。
更に、廷臣や諸国の王族が居並ぶ祭礼の間に進み、最奥に座す影を目の当たりにした瞬間、いっそう、胸を揺さぶられた。黄金の冠帽を戴き、極彩色の絹衣に身を包んだその人物は、雲上から舞い降りた天孫さながらだった。
「……あれにおわすのが、
耳元で母のささやきが聞こえた。
程なく、その人物が広間に向かって言葉を発し、場の者たちは挙って平伏した。
御付きの者に促され、ハツセも床に手をついた。太陽の如き威容を、上目遣いに眺めていると、得も云われぬ感情がこみ上げてきた。やがて、それは涙に変わり、瞳からはらりと流れ落ちた。
年始の儀礼が終わり、吉備へと戻る道すがら、ハツセの頭は都での体験でいっぱいだった。
この時、吉備一行の道行きを指揮していたのは、王家の後見人でもある武彦の父・
「
「うん。あれほど立派なお方は見たことがない。日の
すると、襲津彦は首を振り、意外なことを口にした。
「仰せの通り、統之皇はやんごと無き方でございますが、日の本一となると、また別になるでしょうな」
「
「そのお方は、この
どのような人物かとハツセが尋ねると、神の如きお方です、と襲津彦は云った。
——殆ど
天地がひっくり返ったような衝撃を受けた。
その点も含め、この時の都往きは、ハツセの内面に強烈な印象を残した。
◆
それから、五年の歳月を経て、ハツセも
いまでは、襲津彦が云った『ヒメミカド』が、国の絶対的な祭祀者として大王の上に立つ『媛帝』であると理解しているし、照り日の御子を示す『
また、散々、国学や神代の歴史を学ばされたおかげで、法や制度の知識も人並みにはある。
例えば——。
倭国には、
尚、倭国の基礎は五王国の寄り合いで成り立っており、大王とは
……とすると、次に大王が立つ時は、吉備の誰かが選ばれるかも知れないのか。むろん、媛帝の
そんな思いつきを胸に仕舞い込んで、ハツセは武彦の顔を見た。
「
「
「是非、お相伴に与かりたいものだな。おこぼれが落ちていないか、皇宮の周りを探してみるか」
「物見遊山ではありませぬぞ」
と、武彦は笑いながら云った。
「承知している」
ハツセは応えつつ、まだ見ぬ新大王の顔を脳裏に描いた。
【続】
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