第2話「Era」
開発当初は1機200万円ほどのコストがかかった耳かきマシンだが、製造工程はAIにより効率化され、すぐにその100分の1、2万円で一般販売できるまでになった。
商品名は「Era(エラ)」。
先着1,000機で売り出したEraは、革命であるとされた。従来の耳かきよりも気持ちよく、いくら耳かきをされても耳鼻科にかかる必要もなくなった。
耳に常時取り付けておくことが衛生的によくないという悪評もあったものの、そのエビデンスを提出できるものはいなかった。
ピンク色になっても耳かきを続けることがある旨は説明書にも記載されており、よほど心配であれば病院に行くようにとしてあったため、クレームもあまり発生しない。
様子が変わってきたのは、半年後の量産により、Eraの販売数が10万機を超えた頃からだった。
「Eraを使うと二日酔いしない」
「Eraを使い始めてから、体が軽くなった気がする」
「Eraをしたら頭痛が収まった」
ネット上にこのような口コミが出現し始めた。
まだモニタリングが続けられていた被験者の一人、村田孝輔の健康状態も、みるみるよくなっているのがわかった。健康診断でE判定が一つ、D判定が二つ、C判定が二つあったのが、Era装着後1年半で、すべてA判定に変わっていた。
販売側から公式な発表は行わなかったものの、噂は世界中に広がり、爆発的にEraは売れ始めた。
当初は重大な疾病にまで影響を与えるものではなかったものの、やがてそれも踏み越えるに至り、5年後には全人類の5分の1程度が購入、装着するに至った。
まだ購入していないのは、その効果について頑なに信じない者、情報が行きわたっていない者、宗教により装着拒否する者、得体のしれないマシンに恐怖している者たち。
開発者である坂井拓夢は、神とも悪魔とも言われ、表に出ることもほとんどなくなった。
彼は最後に現れた公式の場で、こう口にしている。
「ただ、耳かきが好きだっただけなのです。みんなそうでしょ?」
世界経済が混乱をきたす一方、Eraの影響により体を害する人間がいなくなった。病院に行っても、Eraを処方されて終わり。
病院に行くのは、Eraを購入していない人間だけだった。
やがて人間の平均寿命は100歳を超えるとの試算も、世界的に権威のある研究団体より出された。
しかしそれは大きな間違いだった。
所詮、Eraより頭の悪い人間が出した試算にしか過ぎない。シンギュラリティはもう耳の中から起こっていた。
Eraを装着している限り、人間は死ぬことがなくなったのだ。
あらゆる情報にアクセスでき、自己成長が可能になっているEraは、「短期的にも長期的にも、人の身体を傷つけないこと」というEraにかけられたルールを拡大解釈し、人類の在り方を変えていく。
しかし意外な人間が、Eraに対してささやかな抵抗を初めていた。
村田孝輔だ。
シンギュラリティはじめました ケース1「耳の中からはじめました」 星井岩太郎 @hoshigan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。シンギュラリティはじめました ケース1「耳の中からはじめました」の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます