梅雨の恋模様

平成 名梨

梅雨の恋模様

 彼女は無表情で笑った。


 そんな彼女と出会ったのは、そう、雨の降る夏の事だった。レースのついたラベンダー色の傘をさし、ベタにも白いワンピースを着ていた。傘以外には何も持っておらず、手持ち無沙汰な女性は現代においては風変わりと言っても過言ではない。手にはスマートフォンか財布くらい持っているべきなのに、彼女はきっと何事にも無頓着なのだろう。


 アスファルトに打ち付けられる水滴は、ミルクラウンのように美しい姿を形成し一瞬の内に雨水に同化する。青々とした木々の葉は朝露を零すのとおよそ同じ風景をつくりだし、傘を跳ねる雨は絶え間無く短い音色を奏でていた。


 淡い色の彼女を見て、思わず僕は味気ない硝子張りの傘を手放した。打ち付けられた衝撃に蛙のごとく飛び跳ねたそれをきっかけに、無音が僕らを包んだ。雨音すら聞こえない無音の世界に、彼女の息遣いだけが反響した。その音を認識した時には、激しく打ち付ける雨の音を再び聞く事になった。


「■■■■■■」


 そのせいで、彼女の言葉は聞き取れなかった。聞き返す勇気も暇も無く、髪とワンピースをふわりとなびかせ雨のカーテンの中に消えていってしまう。ほてる頬、のぼせたように熱くなる体、無意識に伸ばした手の先の存在。


 この時、僕は恋に落ちたのだと自覚した。

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