家
「なんだこりゃ? 雅美。お前にだぞー」
その日の夕暮れ時、私と、それから雅美は家に帰っていた。私は残業という行為が嫌いだ。タイムカードもない教師という職業でなぜ学校に残らなければいけないのか。そもそも、私が教師になったのは一般企業に勤めるのが嫌だったからという子供染みた自身の我が儘からである。残った仕事は基本的に家で行う。公私はきっちりとつけたいが、私の場合は、公が私に自然と入っている男だった。
というわけで、日が暮れる前に私は帰ってきた。すると、丁度配達員と出くわし、私は片手で持てる程度の荷物を受け取った。届け先の住所はうちだが、名前は雅美だった。私は世間でおっさんと呼ばれるような、濃い紺色のデニムにシャツ一枚に着替えてから、階下よりそう声をかける。
「…………」
案の定だ。返事はなく、だが、ドアが開く音がした。さすがに来るか。私は娘が頼んだものが気になり、荷物を横に振った。ゴロゴロと、まるで重たいものが右往左往しているというように箱の重心が左右に振れる。ちゃんと固定されてないじゃないか。一体どんなものを買ったんだ。
「ちょっと! 揺らさないで! こっちに寄越してよ!」
バカ親父。階段から降りてきて早々、そう呼ばれるのは知っている。家の中ということもあって、また教師を脱ぎ捨てたということもあって私は学校よりも気安く娘に話しかけた。
「雅美。何かお前宛に届いてるぞ」「
私が口を開くと、雅美の眉間にできた皺がさらに寄った。折角可愛い顔してるのに勿体無い、と思ってしまうのは親だからか。なんてことを考えながら言葉を続ける。
「お前、何を買ったんだ?」
「…………」
聞くと、娘は、何故か仏頂面をこちらに向けたまま、カチコチと固まる。娘は私服だった。ねずみ色のスウェットに同色のパーカーを上まで閉めている。失敬、部屋着だ。私はその出で立ちで固まったままの娘に、再度声をかける。と、その途中で彼女はキャンキャン言うと、荷物を半ば強奪して階上に逃走していった。
「おい、何を……」
「いいでしょ! 何でも! 早く頂戴!」
その様たるや、まるで猿山の猿である。そんなに大事なものなのか。だったら、今度配達業者に文句を言っておかないと。荷物は固定しろ、だ。
「なんだいありゃ?」
それにしても挙動がおかしい。顔も赤くなっていたし、熱でもあるんじゃなかろか。恥ずかしいものでも頼んだのかな? ん? そういえば、雅美にはパソコンは与えていないぞ。
「あいつ、いつの間に注文してたんだ?」
学校のパソコンはそういうことができないようにブロックしてある。じゃあ、どこから。私が気になり自室のパソコンをなんとなく調べていると、意外なことが判明した。私のパソコンから、今日中に届くように今日の朝、それも学校にいる時に発注されていたことが判明した。より詳しく調べると、それは中古のボイスレコーダーで、どうやって発注したのかというと、
「スマホかいな」
だった。娘はいつの間にか私のIDやパスワードを取得していたに違いない。半ば泥棒に入られたような不快感を覚え、私は怒ってやらにゃ、と意気込んだ。
夕飯どきについでに説教をするため、私が肩を怒らせて入場すると娘の姿はなく、代わりにその発注に応じた代金が色付きで机に乗っていた。
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