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ポムサイ

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 これはホラーでは断じてない。

 この話は今まで妻にしか話した事がない。事が事だけに不謹慎だと言われかねないし、霊的な話は嘘つきだと思われたりおかしくなったとも思われるかもしれないからだ。現に妻には「私以外には言わない方が良いよ」と釘を刺された。しかし匿名である事でここに書く。彼女たちのことを脚色なく、事実だけを記す。


 私が小学4年生の時に祖母が死んだ。

 おばあちゃん子だった私はこの世の終わりの様な衝撃を受け、涙が枯れるまで泣いた。


 葬儀の日の夜、私は夢を見た。大好きだった祖母の膝の上に乗っている夢だ。私はとても嬉しくて、また泣いた。その夢での祖母の膝は温かかった。夢特有の不条理や曖昧さが全くなく、現実そのものだった。祖母は私の頭を撫で「ごめんね」とか「悪いね」とひたすら謝っていた。私は伝えたい事がたくさんあったのに一つも伝えられず謝る祖母に首を横に振る事しか出来なかった。


 その日を境に他の人が見えないモノが見えるようになった。家の離れにたまに出現する白い影、東京上野の池に佇む緑色の女性、札幌のとあるビルのエレベーターに乗り続ける小柄なサラリーマンなど、数えたらキリがない。


 家業を継ぎ、結婚して北関東の町に帰って来て数年が経った頃、あの大地震が起きた。我が町も震度6強の揺れに襲われた。仕事の上での損害はあったものの、家族に怪我もなく家も無事だった。しかし、テレビ、ラジオから聴こえてきた東北、茨城の惨状は今思い出しても胸が締め付けられる。


 あの日から5日経った3月16日。慣れてはいけないのだが時折携帯から流れる緊急地震速報にも慣れてしまった頃、私は粗方片付いた店舗から表の通りを煙草を吸いながら眺めていた。片側一車線のそうは大きくない道路である。左側から歩道を歩く母子がいる。

 母親は20代後半か30代前半程の痩身の小柄な女性で肩甲骨辺りまで伸びた髪を後で1つに纏めている。連れている子供は2人。4、5歳くらいの女の子と手を繋ぎ、1歳に満たない赤ん坊を背負っていた。

 まだ寒さの残る3月に防寒具の類いは身に付けていなかった。田舎で、どこに行くにも車を使うこの地域では歩道を歩くのは隣近所の人間か通学中の小中学生くらいで見知らぬ人が歩いているのは非常に珍しい事だった。

 異変に気付いたのはちょうど私の前を通り過ぎた時だった。歩道の端には砂がうっすらと溜まっており歩くとシャリシャリと音が鳴る。しかし、その母子がそこを歩いても音がしない。足跡もつかない。

 私はこの人達はそういったモノであると確信した。いつもならば見えないふり、気付かないふりをしてやり過ごすのだが、あの地震の犠牲者ではないだろうか?という考えが私の頭を過った。確かにこの道を多少曲がるにせよ左に進むと東北福島方面に続いている。

 気が付くと私は母親に話しかけていた。どうしたのか、何処に行くのか、困っている事はないか、欲しい物はないか…と。母親は立ち止まり、寂しそうな…そして少し困ったような顔で声を発っさずにこちらを見ている。女の子も私をジッと見つめていたが、少しも怖いという感情は起こらなかった。

 見つめられて10秒ほど経った。母親は何も語らず、軽く会釈し、また歩き出した。少し微笑んだように私には見えた。しばらく彼女たちの後ろ姿を見送っていたが、思い立ちパンと水、ジュースを取りに行った。彼女たちがそれを必要としているかどうかは分からないが何かしたいという気持ちだった。

 コンビニ袋にそれらを入れ、彼女たちが歩いて行った方向を見たが、見晴らしの良いその景色の中に彼女らの姿はなかった。つけっぱなしのラジオからは次々に被災地の被害情況が流れてきていた。


 彼女たちは目的地に着いたのだろうか。着いたとして会いたい人に会えただろうか。安らげる場所を見付けられただろうか。

 あの時2歳だった私の娘は小学2年になった。今年の冬にはもう1人家族が増える。あの母子の分まで…と思うのはエゴかもしれないがそう思ってしまうのだから仕方がない。


 毎年3月11日、3月16日になると思い出す少し奇妙で悲しく寂しい出来事でした。



東日本大震災被害者(2016.12)

死者(直接死) 15,893名

行方不明者 2,556名

 

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