彼と彼女を見守る時間
ちょっとマズったかな、と思ってる。
楽しい。大学に入ってすぐに出来た彼氏といちゃつくのは間違いなく楽しい。付き合い始めの頃は「こんなの一週間で飽きる」と自嘲気味に思ってたけど、二ヶ月経った今でもめっちゃ楽しい。
けど、高校まで彼氏のいなかった身としてはよく分かる。視界の隅にでもいちゃつくカップルがいるのはめんどくさかったのだ。
あと、うちの食堂やその周辺はいちゃいちゃ出来ないという欠点もある。
食堂が小さすぎて、昼休みは学生が溢れかえっているのがいつものことだ。しかもランチを食べ終わったらすぐに立ち去らないと、後ろでお昼御飯のトレイを持ったままテーブル席が取れなくて棒立ちになっている人達が怖い顔をしてくる。そして場所を変えようと食堂の外へ出ても、先ほどと同じくテーブル席が取れないためにベンチで色々体勢を工夫してランチを食べている学生でそのあたりが埋め尽くされているのだ。あんな環境で時間を取って愛を語り合うことなんて不可能。
そのあたりを考慮して、なるべく人に迷惑をかけないように昼休みの教室という人気の無さそうなところを今日の二人の居場所に選んだんだけど……。
講義が終わった講義室の最前列に残って思いっきりいちゃついてたら、最後列に他の男子学生が残ってた。
広い講義室の最前列と最後列とは言え、誰もいない空間を共有しているのはちょっと気が引ける。場所移動しよっかなーと思っていても、こういう時に限っていつも以上にやたらとベタベタし始めるのがうちの彼氏だ。
「ねえ、ここで良かったのかな」
彼氏に耳打ちしてみる。
「いいじゃん。どうせ今から移動したところで空いてる教室もあるかどうかわかんないじ時間勿体ないよ」
彼氏の方から耳打ちの返事。場をわきまえないと考えるとちょっと趣味が悪いような気もするけど、変なブレーキ掛けずに好き好きアピールしてくれるのは良い彼氏なんだと思う。
背後でパタン、と音がする。読書の邪魔しちゃったかな? ちょっと背後が気になる……よし。
スマホを取り出して、彼氏と二人で自撮り。インカメラに向かって二人頬を寄せ合う……振りをして、二人の間をちょっと空ける。その隙間から最後列の学生を狙ってシャッター。
写真を見てみると、やっぱり彼は最後列に座ったまま窓の外を眺めていた。外を見たって今にも雨が降り出しそうなどんよりした梅雨空なんだけど、彼には何か考え事があるんだろうか。
「なあ、オマエってこういう写真撮るとか結構悪趣味なこと考えるよな」
耳元でささやく彼氏の声に、大笑いでじゃれる振りをしてちょっと強めに脇腹をひじ打ちしてやった。「うぐぅっ」となかなか良いうめき声を上げるうちの彼氏であった。
しばらくすると、講義室の入口に人影。チラ見してみると女の子がそこにいた。
様子を伺っていると、どうやら最後列の彼に用事のようだ。
けど、なかなか入って来ない。どうしたんだろうとスマホのカメラで気付かれないように背後をチェックしてみる。
何だか入口の向こうでしゃがみ込んだり、急に立ち上がったかと思ったら声を出さずに「よしっ」と気合いを入れていたり。
「何なんだろうな、アレ」
鼻で笑うように言ううちの彼氏にもう一度ひじ打ち。
「頑張って恋愛してるんだから、笑っちゃダメじゃん」
「……ごめん」
素直に謝るあたりは可愛い。頭をなでてあげよう。
そうこうしているうちに、女の子が講義室に入ってきた。普通に入ってくるだけなら別に流し見するだけだけど、入ってくる前の気合いを見ているので何だか緊張してしまう。
もしかしてこの子、この場で告白とかしちゃうんじゃないかな? そんなことを思ってしまうくらいの気合い、そして動きのぎこちなさ。
彼の方も、その動きにはどこか無理が見て取れる。お互いに緊張を押し殺して喋っているのが丸わかりだ。けど本人達は自分のことに精一杯で相手の緊張感になんて気を回していられないんだろうな、と思うと何だかほほえましく思えたりも。
彼女が彼の隣に座った。
考えてみれば彼の座る位置も妙だったのだ。普通一人で講義室の席に就くときはすぐに動ける通路側に座るのが普通だと思う。けど彼はわざわざ通路から一人分の席を空けて奥に座っている。カバンはその奥に置かれている模様。
つまり彼女が来るのは分かっていた、というかいつものお決まりのパターンなんだろう。
何だか自分達がほんとに邪魔なんだなって思えてくるけど、ここまで来るとこの二人の行く末を見守りたいという気持ちも湧いてくる。
自撮りの振りをして背後のふたりにカメラを向け、様子を伺う。
何だろう、少し間が空いている。それも自然に座って空いた隙間というよりは……彼女の方がそれ以上近付けない感じかな? やっぱりものすごく意識しちゃって、身体が硬くなっちゃってるんだろう。
見た感じ手を開いたくらい……もうちょっと狭いか。十五センチ?
ああ、すごく可愛いカップルだ。いや、この感じではまだ付き合ってないんだろうけど。
彼がぼんやりしている。それを見計らうように、彼女が一人でお菓子を食べ始めた。何だこのテンション下がりそうな展開……と思っていたら。
彼の方が彼女にお菓子をねだる。彼女はノリノリで食べていたお菓子――プレッツェルを彼に向かって突き出した。
なるほど、「はい、あーん」をやりたかったのか。
真っ直ぐ彼に向けられたプレッツェルが、まるでぴたりと当てた定規のように二人の間十五センチに渡されている。さあ、この定規の目盛りを縮めるのはどっちだ。
見ているこっちがドキドキしてしまう。まるで中学の頃の、自分の初恋の時みたいだ。
彼がどぎまぎしている。彼は少し身を引いている。距離が二十センチほどに離れた。
二人、何やら言葉を交わす。彼、まるでドキドキさせられたことを仕返すみたいにプレッツェルをポリポリと食べ始めた。彼女の顔が、この距離でも分かるくらいに赤くなる。
数瞬呆けていた彼女は慌てて自分を取り繕い、二本目のプレッツェルを彼に向けた。「一本食べたんなら二本目もおんなじじゃん」と言葉こそ威勢は良いけど、声は若干上擦っている。
ヤバい。この二人めっちゃ可愛い。
こんなの、一人で家のテレビで見てたら悶えすぎてテーブルバンバン叩いてる。
ここまでピュアな二人の邪魔は出来ない。そろそろ退散しようと思った……けど、少し思いついた。
「ねえ、お昼食べる前に学生生協の方寄って良い?」
「良いけどどうしたの? 何か要るものでもあるの?」
何の疑問も持たないうちの彼氏に答える。
「プレッツェル買ってくる。あとで『あーん』してあげるからね?」
精一杯の可愛いポーズでアピール。
「えー、そんなの良いよ。誰かに見られたら恥ずかしいし」
君は今の今まで目の前の彼女といちゃついていたではないか。あれは良くて「あーん」はダメなのか。
うちの彼氏の脇腹に、本日三発目のひじ打ちが入った。
プレッツェル。 芒来 仁 @JIN
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