鬼の話

@aozoradentyu

鬼の話

むかしむかし、あるところに一人の鬼がおりました。とはいえ、見かけは4、5才ほどの人間です。ですが、何年経っても鬼は大きくなりませんでした。鬼は、人里離れた山に一人きりで住んでいました。

 昔は親のような人がいた気もします。鬼自身も、人として生まれた気がします。ですが、気がつくと周りの人間は死んでいました。不思議なことに病や事故ではなく、みな自分から死んでいったのです。

「お前のせいで、周りの人間が死ぬのだ。」

 鬼が住んでいた村の人々は、いつしか口々にそう言うようになりました。石を投げられました。村から出て行けとも言われました。ですが、鬼は本当に何もしていませんでした。いずれこの村にいても殺されるだけだと思い、鬼は山へ逃げました。

 とはいえ、体は小さな子供のそれです。何もできずに山の中で倒れ、何度も死にかけました。その時、これは好都合、鬼はそう思いました。

 生きることにはもううんざりです。でも人に殺されるのはごめんです。でも、包丁で喉笛を掻き切ったり、首を吊ったり、崖から飛び降りたりするような度胸は持ってません。しかし、じわじわと、何もできずに衰弱しながら死ぬことはできるかもしれない。そう思いました。

 ですがいくら待っても鬼は死ねませんでした。ただただ、苦しいばかりです。鬼は仕方がないので、死ぬことをやめました。生きることも諦めましたが、死ぬことにも飽きました。鬼は泥水をすすり、地を這いずり、惨めったらしく生きることを選びました。

 まあでも、誰からも疎まれ、誰も鬼のことを想ってくれなくて、誰も鬼のことを知らない。これって、生きてるっていえるんでしょうかね?


 鬼の容姿は、村を出たときのまま止まっています。五年、十年と時が経ちましたが、全く変わりません。ああ、やっぱり自分は化け物だったのか。鬼はそう思いました。化け物ならば、人間の名は使えない。使ってはいけない。自分のことを人だと思って産み、名付けてくれた人に申し訳ない。ならば、化け物らしく鬼を名乗ろう。こうして鬼は、鬼を名乗るようになりました。

 鬼は特にすることもないので、自分のせいで死んだ人たちの墓をつくりました。そして、毎日弔いました。あとは、山に捨ててあった死体を葬りました。

 鬼の住む山には、よく死体が落ちていました。飢饉のため、口減らしに捨てられた子供。歯をすべて折り、姥捨てされた老婆。鬼が見つけたときには、みな死んでいました。さてこれをどうしようか。鬼は「鬼」ですが、人間は食べれません。どうせ土に還るのなら、と鬼はお墓をつくりました。

 死体になった人々は、誰も鬼のことを知りませんでした。ですが、鬼は死んだ人々のことをずっと覚えておきました。


 鬼の姿は変わらないまま、ずいぶん長い時が流れました。鬼の住む山は樹海と呼ばれるようになり、自殺の名所になっていました。鬼は変わらずお墓をつくり、墓守のまねごとをしていましたが、人の手でだんだん山が削れていきました。鬼は困りました。鬼は人の世には住めません。ですが、このまま山にいても生きていけません。鬼は生きるのも嫌でしたが、死ぬのも嫌でした。仕方なく鬼は、山を降りました。

 鬼はひっそり隠れながら生きていくつもりでしたが、子供の姿の鬼を、人の世は放っておきませんでした。かわいそうに、お家はどこ? お母さんは? みな鬼を鬼とは知らずに接し、鬼は施設に入ることになりました。ですが隙をみてすぐに逃げ出しました。

 鬼は人を殺してしまうので、人と暮らすことはできません。人を好きになることもできません。それならば、生きていてもどうすることもできませんが、どうしても鬼は自殺することもできません。その理由は、鬼にも分かりませんでした。

 山に帰ろうにも、既にその山はありません。他の山に行こうとしましたが、すぐに人に見つかり、施設につれていかれそうになりました。

 鬼には居場所が必要でした。そこで、鬼は考えました。どうせみんな死んでしまうのなら、これからすぐに死んでしまいそうな老人たちの所を歩き渡ろう。

 幸運なことか、不幸なことか、この時代には一人暮らしの老人が大勢住んでいました。家族はいても、寝たきりのせいで見捨てられた人もいました。老人たちの多くは、どこからかやってきた、このかわいそうな鬼の子をたいそうかわいがりました。

 老人たちの寿命はもうほとんど残っていませんでしたが、鬼の子は住ませてもらう代わりに、老人たちを死ぬまでかいがいしく世話をしました。死んだあとは、遺体を埋葬する場所がないので、仕方なく歩いている人を捕まえ、何にも知らないふりをして「おじいさんが死んでる」と言い残し逃げました。

 そうやって鬼が人と暮らし看取っていくうちに、鬼の体に変化がありました。今まで変わらなかった体が、成長し始めたのです。理由は、鬼にも分かりませんでしたが、どうやらこの体も老いがあり、いつかは死ぬようでした。

 鬼はよくこんな質問をしました。「あなたの人生は幸せでしたか?」と。すると、鬼に世話をしてもらった人々は半生を語ってくれました。中には悲惨な人生を歩んできた人もいました。ですがみんな「今は幸せだ」と言い、鬼に感謝をしました。ある人はこう言いました。私は子供を産むことができなくて、嫁ぎ先を追い出されてしまったけど、こうして死ぬ間際に子供のような子ができて幸せだ。ある人はこう言いました。家族に見捨てられ、一人で死んでいくのがとても怖かった。でも、今はとても幸せだ。こうしてそばにいてくれる人がいるのだから。

 鬼は、黙ってそれを聞いていました。そしてみな、息を引き取っていきました。


 また長い月日が経ちました。鬼も年を取りました。今度は鬼が息絶えようとしています。鬼は多くの人を見送ってきましたが、鬼を見送ってくれる人はいません。

 それでも、鬼は幸せでした。多くの人に感謝されました。あなたがいてくれてよかった、と言われました。

「私は幸せだ」

 鬼は言います。

「私の人生は幸せだった」

 鬼は誰にも知られずに、静かに一人死にました。鬼はとうとう人間にはなれませんでしたが、たくさんの思い出を抱えて、人間のふりをして死にました。

 Fin

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