第11話 害蟲2

 ――二日後の月曜日、桔平は普段より少し遅れて登校した。その理由は、土曜日に行った内海轟との装機闘技場(ロイド・コロシアム)における結果の所為であった。

 土曜日の夕方から月曜日の朝現在まで、テレビ・新聞のニュースのほとんどは『知事の一人息子初黒星』や『国民的アイドル装機の世界に進出⁉』といった、装機闘技場の結果についてのものだ。

 その為で、ニュースの整理の際、他のニュース情報を探すのに時間が掛かってしまった。

 遅刻ではないにしろ、普段ならホームルームの二〇分前には登校して来ているのが、今回は五分前というギリギリの時間になってしまった。

 それでも桔平には何も支障をきたす要素は存在しない。

 教室に着くなり、桔平はいつもと教室内の雰囲気が違うことに気が付いた。

 何故か自分の席の周りに人だかりが出来ているのだ。

何事かと近づいて行った時、桔平は人の集団に飲み込まれた。

 一度に何人もの生徒から話しかけられた。

 何人もの生徒といったのは、そこにクラスメイトではない顔ぶれも窺(うかが)えたからだった。

 桔平と言えど、一度に複数人から話しかけられても対応出来ない為、先程まで人だかりの中心にいた人物に尋(たず)ねた。

「おい、これはどういうことだ風戸?」

 桔平に何人か移動しても尚(なお)、周りを囲まれた依瑠佳(いるか)は、桔平の問いに対して友好的ではない答えを返す。

「知らないわよ! 何なのよこれ⁉」

 依瑠佳に訊いておいてなのだが、桔平はこれが何の集団であるのかある程度予想はついていた。

 十中八九、土曜日の装機戦についてだ。

 桔平として知名度が増えてくれることは喜ばしいことだが、穏便な生活の邪魔をされることについては憤っていた。

「とりあえずそこをどけ。通れないだろうが」

「危ないので押さないでください!」

 桔平の声、そして知恵の声も聞き入れられていないようだ。

 成す術がないまま生徒にもみくちゃにされていた時、突然教室前方の扉が開く音がした。

「お前ら席に着け、ホームルーム始めるぞ。他のクラスのやつは早く出ていけ」

 担任の女教師の声掛けにより、囲んでいた生徒達はいそいそと解散し、ようやく桔平と知恵は席に着けた。

 女教師が諸連絡を行っている最中、桔平は依瑠佳に話し掛けた。

「今日は朝から来てるなんて珍しいな」

「土曜日のあの後、マネージャーからちゃんと学生の本分も全うしろって言われて、しぶしぶ来ただけよ」

 そうは言いつつも、依瑠佳の様子からして、ただその為だけに登校して来た訳ではないようだ。

 依瑠佳は桔平と会話し始めてからずっともじもじしている。

 桔平はそれが何なのか分からないので問うが、知恵にはそれが何を意味するのか、大体分かっていた。

「さっきからどうした? 珍しいことをしたから体調でも崩したか?」

 依瑠佳はもじもじを止めることなく、

「その、この前はあり……」

「何を言ってるか全く分からんぞ。もっとはっきり言え」

 担任の目を盗んで会話しているのに、はっきり言えというのは鬼畜の所行とも言える。はっきり話すとバレてしまうという意味も含めて、桔平は依瑠佳を冷やかしている。

 だが、今回の依瑠佳の反応は違った。

「あ、ありがとう。あなたがいなかったら、私きっとダメになってたと思う。依頼を引き受けてくれたこともそうだけど、私の代わりに操縦までしてくれて、本当にありがとう工条君」

 桔平は身震(みぶる)いした。予想もしていなかった。いつものように憎まれ口を叩かれるのかと思っていたら、素直に礼を言われたのだ。

「気色悪いこと言うなよ。似合わないぞ、お前にそんなセリフ」

 桔平が一方的に憎まれ口を叩いていた。

「な、何よ! 人がせっかくお礼言ってあげたのに!」

 素直に言ったことを馬鹿にされ依瑠佳は怒った。

 だが、桔平は自分で茶化し自分でフォローをする。

「その相手が違うと言っている。俺はあくまで依頼を果たした。金が絡む以上、互いが納得した上での合意だからそんなものは必要ない。だが、こいつは依頼とは無関係だ」

 そういって桔平が指差したのは自分の机上にある席に座る知恵だ。

 知恵は自分が呼ばれていることに気が付いて、依瑠佳の方にニコッと笑みを向けた。

「知恵は依頼とは関係なしに手伝ってくれた。主な功績はむしろ知恵にあるといっていい。だから言うなら俺でなく知恵に言え」

 そういって桔平は窓側を向いた。

 桔平に言われ、何を言われたのか理解するのに時間が掛かり数秒ポツンと桔平を見ていた依瑠佳だが、理解するとハッと我に返り知恵に向かって言う。

「工条さん、工条君にああ言われちゃったからあなたに言わせて。私に協力してくれてありがとう。本当に感謝してる。工条君にもそう伝えてもらえるかな?」

 依瑠佳にお礼を言われ知恵は嬉しそうに笑って応えた。

「いえいえ、大したこと出来なかったと思いますけど、そういってもらえると嬉しいです。ありがとうございます」

 そして依瑠佳は不安の色が窺える顔をして知恵に尋ねた。

「ねぇ、もしかして私工条君のこと怒らせちゃったかな?」

 知恵は不機嫌そうな顔を見せようとしたが押し殺し、優しく笑って穏やかに答えた。

「桔平は怒ってはいませんよ。依瑠佳さんにお礼を言われて照れているだけです。心配いりませんよ」

 ならよかったと依瑠佳は胸を撫で下ろしたが、次の知恵の一言で取り乱す。

「けど、今の会話も全部聞こえてますよ?」

 依瑠佳は恥ずかしさのあまり奇声を上げた。

「うるさいぞ風戸! 今大事な話しをしてるから聞け!」

 担任に叱責され、涙目になる依瑠佳。

 そうして依瑠佳は気付く。また桔平に踊らされていたのだと。

 桔平はこうなることを予測して話しを振っていたのだ。

 当の仕掛けた本人はクスクスと笑っている。

「やってくれたわね! この最低男!」

 口にこそ出さなかったが、桔平を悔しそうに睨(にら)む目がそう語っている。

 そうこうしている内にホームルームの終了を告げるチャイムが鳴る。

 担任が注意を促(うなが)して教室を去る。

 予鈴のなる前に、桔平は依瑠佳に訊こうとしていたもう一つのことを思い出し尋ねた。

「風戸、そういや依頼料の方はどうなってる?」

 依瑠佳はあれ? と首を傾げて答える。

「え? おかしいわね。そんなはずは、昨日ちゃんと振り込んだわよ」

 依瑠佳は不安な表情を浮かべる。

 依瑠佳の捉えた意味が違っていることを理解して桔平は訂正する。

「そうじゃなくてだな、何故あんなに多いのかと訊いたんだ」

 依瑠佳の中の誤解が解け、「ああ!」と理解を声で表す。

「依頼料というか、多い分は契約金よ」

「契約金?」

 今までになかった単語に桔平は思わず聞き返した。

「そう。出来ればこのまま依頼は続行というか、どうせなら私の専属技師にならない? ううん。私の専属技師になってほしいの」

 それで納得がいった。今回だけでなく、今後も頼むという意味での支払額だった訳だ。

 納得はいったが頷くかどうか、それは……。

「今後も頼むということか。なるほど」

 しばらく間をおいて桔平は、

「いいだろう、引き受けよう」

 依瑠佳の提案に乗ると表明した。

 桔平のこの返答に以外だと声を上げたのは知恵だった。

「珍しいですね! 桔平が専属の技師になるなんて」

 知恵の過剰過ぎる反応に、依瑠佳はそんなに? と知恵に訊き返した。

「そうですよ。どこの企業からオファーがきても全て頑なに拒んでいるですよ、桔平は」

 知恵の返答を聞いてから依瑠佳も以外だという顔で桔平を見ていた。

「そんなに以外か?」

「ええ、とても」

 依瑠佳の答えに、桔平は知恵も含め言う。

「いいか、俺は工条家の技師だ。そんな俺が他企業の技師なんて務めたら問題だろ。けどこいつは企業の人間じゃない。個人だ。金も払うと言ってい」る。断る理由が見つからない」

 桔平の言っていることは至極納得のいくことだった。

「それなら何も問題はありませんね」

 知恵の理解もあって、改めて桔平と依瑠佳は仕事のパートナーとして正式に認め合った。

「またよろしく頼む」

「これからもよろしくね工条君」

 お互いに握手を交わし、この場は丸く収まった。

 その後、桔平と知恵の元に一通のメールが届いた。

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