第10話 害蟲1
――工条装機(ロイド)カンパニー本社、ここでは工条家による装機の研究と開発が行われている。本社の一五階建てビルの裏には五つの工場が存在し、それぞれ頭部と胴体、両腕部、両脚部、武装、プログラムを開発そして量産している。
これが装機工業を営む会社としての本来の形である。
だが、工条装機カンパニーには、これとは別の顔が存在する。
松山家の傘下にある工条家は、代々松山家の為に動いて来た。それは、松山家において悪影響を及ぼすもの、松山家の命令によって処分の対象とされたものを消去することにあった。松山家には警察と同じだけの権力を与えられている。松山家に悪影響を及ぼすとあるが、実際は世間体に装機(ロイド)についての評価を下げられないようにする為なのだ。
近代になるに連れ、松山家からの命令を実行するための能力は工条桔平の技術開発により確立されている。
それを実行する為、工条装機カンパニーに存在する組織の名は「害蟲(バグズ)」。害蟲の構成員は蟲の名称で呼ばれており、全員カンパニーの社員である。
害蟲という名前の由来は、「害するものを排除する者」、「単独でなく複数」、といった二つの意味で付けられた。
害蟲は基本一部隊で仕事に当たるが、任務によっては、幾つかある特殊部隊が加わることもある。
そして現在、その害蟲によるとある任務が告げられようとしていた。
一〇階の会議室へと続く通路を、一人の男が早足で歩いていた。肩幅が広く、二〇代前半と思われる男の体格は、着ているスーツの上からでも見て分かる程鍛え上げられている。
長く続く通路の角を、会議室のある右へ曲がると、スーツ姿の女が壁にもたれ立っていた。
男は女に目もくれず、そのまま無視して通過した。
その男の後ろを女は着いて歩く。
「内海知事の息子が負けたらしいな」
男が着いて来る女に尋ねる。
「情報が早いわね。今回の任務はそれに関わる案件みたい」
女は感心した様子を見せず、これからのことをを伝える。
「なるほど。それで俺も呼ばれた訳かマンティス?」
マンティスと呼ばれた女は害蟲の一員であり、害蟲内では部隊の隊長である。無論男の方も害蟲である。
社内の関係上男はマンティスの部下に当たるが、二人は同期で、プライベートではため口だが時と場所は弁(わきま)えている。
「部隊長の私はそうだけど、副隊長のあなたは別に来なくてもいいのに」
マンティスは呆れて言った。
それに対し、男は当然といった風に答えた。
「副隊長と言えど、部隊長の代わりを務めることだってある。それに、指令直々の招集だから断れないだろう」
「それもそうね」
マンティスは素直に認める。
そんな何気ない会話の中、二人は会議室の扉の前に到着した。
部隊長のマンティスが先に入室できるように男は扉の脇に寄る。
マンティスが扉を二度叩き、片方の扉を開けて入った。それに続いて男も会議室に入室する。
会議室に入ると、男はマンティスの横に並び、机の向こう端に座る女性に敬礼する。
女性はその挨拶を黙認し、手を肩の辺りまで軽く挙げる。
その合図で二人は肩幅程に足を広げ、腕を後ろに組み休めの体勢をとる。
二人が指示に従ったのを見て、女性は座ったまま発言する。
「今回の招集によく応じてくれたマンティス、ウィービル。早速だが本題に入らせてもらう」
マンティス、ウィービルの返答の前に続ける。二人もそれに異論はない。
「今回呼び出した件についてはもう既に耳に入っていることかもしれないけど、内海菱が秘密裏に研究していた内容について。装機(ロイド)を悪用可能と判断できる研究データが存在していると判明したわ。それらを消去・処分(デリート)するのが、あなた達の今回の任務というわけ」
女性の発言に対し、副隊長であるウィービルが疑問を述べる。
「失礼します。今の発言においてそれらをとおっしゃいましたが、それは複数存在するという意味にとって構わないのですか?」
女性はウィービルの問いに対し、数秒も置くことなく即答した。
「そうとってもらって構いません。事実、研究データが保存されている建物には警備と託(かこつ)け、武装した者達が幾度(いくど)となく目撃されてるわ。研究データの破壊はモスキートに任せて、あなた達他数名はその者達の無力化、抵抗されても死なない程度なら何をしても構いません」
「「承知しました女王蜂(クイーン)」」
「報告は以上よ」
マンティスとウィービルは命令への返答をし、会議室を退出した。
――桔平は試合の後祖父の鋼平に機体の運搬を任せ、知恵と共に工条装機(ロイド)カンパニーの本社へと来ていた。ここへ来た目的は日課のトレーニングをする為だ。
本社には害蟲がトレーニングする為の設備が整えられている。桔平はデスクワークを主としているので、運動しないと健康に悪いという理由から、本社の施設を利用している。
桔平も本社の関係者である以上、害蟲について理解している。知っているのではなく、理解しているだ。
知恵は本社で与えられている、桔平のデスクで一早く夕食を摂っている。一通りトレーニングを終えた桔平は、ベンチで休んでいた。
桔平の他にもこの場では何人かトレーニングしている。
「よぉ桔平、ずいぶんと張り切ってるじゃねぇか」
先程まで桔平の隣でトレーニングしていた男が声を掛けてきた。
「ローチか。まぁな、今日はかなり機嫌がいい」
ローチと呼ばれた男は鼻を鳴らして言う。
「聞いてるぜ、知事の息子を倒したんだって? やるじゃねぇか。連勝してた王者だったんだろう?」
「王者という割には、力押しするだけの脳筋バカだった」
「そりゃあ勝てねぇわな。実力も頭も切れるお前には」
ローチは一人笑っている。
二人で話していた時、一人の男の声でそれは中断された。
「丁度二人いるな」
声の主はウィービルだ。ウィービルは二人が敬礼したのを確認して続ける。
「隊長からの招集だ。ここにいる全員を連れてミーティングルームに集合しろ」
「「了解!」」
二人は揃って敬礼した。
だがウィービルはまだ立ち去ろうとはしない。何かまだ用があるようだ。
その眼は桔平に向けられていた。
「桔平、よくやったな。やはり、君の頭脳は国宝級だな」
どうやらウィービルも昼間の件を知っているようだ。
「ありがとうございます副隊長」
桔平はいつもと同じく、無表情のまま応えた。
それを見てウィービルは口元に笑みを浮かべて言う。
「ありがとう、と言いながら一切の笑みも見せないままか。もっと嬉しそうにしたらどうだ?」
「自分は今笑っていないのですか?」
数秒を置いて、桔平は無表情のまま問う。どうやら本人は笑っているつもりらしい。
それを理解して、今度は顔全体に笑みを浮かべてウィービルは言う。
「そうか。今君は笑っているんだな。いや、これは失敬。どうも私じゃ君の表情は読み取れないらしい」
ウィービルの発言に対して、今まで口を閉ざして聞いていたローチが突然発言する。
「いやいやいや、それは副隊長だけじゃないですって。俺も含め隊のほとんどの奴が分からないんすよ。なんで隊長や指令、知恵はわかるのか理由が知りたいっす」
ローチはこう言うが、ウィービルにはそれが少し解っていた。
「やはり、それは血筋が関係あるんじゃないかと私は思う」
ローチが驚愕から元の表情になるまで数秒掛かったが、戻るなりウィービルはすぐに続けた。
「単なる精神論に過ぎないが、血縁関係である以上言葉にしなくとも分かる何かが、彼女らにはあるんじゃないか?」
桔平は言われている意味があまり分からなかった。何故なら、桔平は物心つく以前より、両親が家にいるということがなかったからだ。
しかし、ほんの少しそれが理解出来るのは、千愛という姉がいたからだろう。
家族愛がなんだといっても、千愛という姉が居た時間だけは決して消えることはないのだから。
自分で発言しておいて、会話を中断するようにウィービルが告げる。
「さぁ、もう行こう。隊長を待たせるわけにはいかないからな」
「「はい!」」
少し遅れて、桔平とローチは返事をし、室内を後にするウィービルに続いた。
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