第9話 伝説の八機目9
二人の会話を聞いていて、知恵はまずい状況にあることを知らせる。
『桔平、桔平! 相手が体勢を立て直します。次の指示を!』
勿論こう言ったのはわざとだ。ちゃんと会話の流れで操っているということにしないと依瑠佳に怪しまれてしまうからだ。
「もう少しで何かいい手が見つかりそうだ。すまないがあと少し攻撃を避けてくれ」
言われ知恵は『牛頭鬼―ゴズキ』の攻撃を避け続ける。
『どうした? さっきまでの威勢は何処に行った! このままでは終わらんぞ!』
轟は先程散々にやられてかなり腹を立てているようだ。
だが桔平が判断するに、それは今まで轟の父親の権力で勝たせてもらっていたのだと理解した。
――知恵が桔平に呼びかけてから数秒、桔平はついに勝利への糸口を見つけた。
……よし……!
「知恵、そっちにデータを送った。俺が合図するまで展開するな」
何度か『牛頭鬼―ゴズキ』の攻撃を避けていると、大振りの一撃が来た。
「今だ」
桔平が合図を出すと、知恵は耐衝撃シールドを張った。
しかしそれは『牛頭鬼―ゴズキ』の一撃で無残にも壊される。
『こんな子供騙しで、俺の一撃を防ぐことなど……!』
そこまで言って轟は言葉を止めた。
轟がたった今壊したシールドの向う側にいた『白狐―ヒルメ』はあり得ない物を手に持っていた。
『ど、どうして……! どうしてそれを貴様が持っている⁉』
知恵の手には、『牛頭鬼―ゴズキ』しか持っていない筈の大剣を持っていた。
……一体何が起きた?
会場の誰もが思ったことであり、その現象に誰もが目を疑った。
『牛頭鬼―ゴズキ』から奪い取ったのではない、気が付けば『白狐―ヒルメ』が『牛頭鬼―ゴズキ』と同じ大剣を持っていた。
これこそが『白狐―ヒルメ』に秘められたもう一つの能力、傍受した情報を元に変化させたい部分を傍受した情報通りに変化させる能力「変化」だ。これは部分的にも行えるが、全身を変化させることも可能だ。
そうとも知らず、誰もが訳が分からないでいると、知恵は前進して『牛頭鬼―ゴズキ』を斬りに掛かる。
ブースト音が反響したことで轟は我に返る。
金属のぶつかる鈍い音が響く。轟は何とか攻撃を防いだ。
『どんな手品を使ったかは知らんが、そんな軽い機体で、その大剣を大振りすることはできまい』
しかし轟の予想は外れる。
知恵は身体を横に回転させ振り払われる一撃をかわす。そして背部のブーストで機体を少し浮かせる。『牛頭鬼―ゴズキ』に傷を付けるにはそれで十分だった。
知恵は上から振り下ろした大剣で、『牛頭鬼―ゴズキ』が大剣を持っていた左腕を斬った。
弾かれたと思われたが、『牛頭鬼―ゴズキ』の左腕は完全に切断されている。
この時観客の誰もが『牛頭鬼―ゴズキ』のメインウェポンを封じたと思っただろう。
しかし、轟はまだ諦めていなかった。
『残念だが、それはメインウェポンじゃない。それはただの飾りだ!』
右肩を後ろに下げていた『牛頭鬼―ゴズキ』は右腕の装甲を外して、現れた右肘のブーストを全開にして右ストレートを放った。
『こいつが本当のメインウェポンだぁ!』
それに対し、桔平と知恵は同時に答えた。
「そんなことくらい知っている」
『そんなことくらい知ってます!』
知恵は振った大剣の側面を見せて突き立てる。
『牛頭鬼―ゴズキ』の右ストレートはそれを容易く壊す。
しかしそこに『白狐―ヒルメ』はいなかった。
「それが一度きりのすて技だってことも――」
そして桔平と知恵はまたも同時に言った。
「――知っている」
『――知っています!』
轟が『白狐―ヒルメ』を見たのは、自分の機体の胸部の目の前だ。
見ると、『白狐―ヒルメ』の右腕は『牛頭鬼―ゴズキ』と全く同じ姿になっており、装甲を外し右肘のブーストを全開にして構えている。
『ま、まさかそれは……⁉』
そう、『牛頭鬼―ゴズキ』の本当のメインウェポンである右腕のストレートだ。
『う、嘘だ……。はったりに決まってる!』
怯える轟に、桔平は冷たく言い放った。
『なら、直に喰らって確かめろ』
言い終わると同時、知恵は右ストレートを『牛頭鬼―ゴズキ』に放った。
すると、先程まで傷一つ付かなかった『牛頭鬼―ゴズキ』の胸部は砕け、知恵の右ストレートは貫通した。
しばらくその状態で止まっていたが、ゆっくり知恵が腕を抜くと、『牛頭鬼―ゴズキ』はその場に倒れた。
……。
しばしの沈黙が会場を支配する。そして、
「――試合終了! 勝者、風戸依瑠佳の『白狐―ヒルメ』! ついに王者交代だぁぁぁ‼」
遥が叫ぶと会場が観客の声で揺れる。
歓声を聞いて、操縦室の桔平はやっと終わったと一息吐く。
すると突然背中に衝撃を受けた。
「やったぁー!」
勝利の嬉しさのあまり、依瑠佳が桔平に抱き着いたのだ。
「やった、やったー! ありがとう! ありがとう工条君!」
依瑠佳は泣きながら笑っている。
国民的人気アイドルに抱き着かれて喜ばない男はいないだろう。しかし桔平はその男に該当する。
「うわっ! こら話せ! 汚い、変な汁がつくから離れろ!」
マイクのスイッチは切ってあったからいいものの、それから数分抱き着かれ、その後桔平は知恵から何故かたっぷりと説教を食らった。
――その後依瑠佳は、数々の報道陣からのインタビューを受けていた。アイドルならではの営業スマイルで応対している。
その光景を、知恵の説教を聞き流しながら桔平は控室の隅で見ていた。
……あいつ、あんな顔も出来るのか……
桔平は報道陣に囲まれている依瑠佳を見ながらそう考えていた。営業スマイルの依瑠佳ではなく、先程の内海轟とのリベンジマッチに勝利した際の依瑠佳の笑顔を思い出していた。
「ちょっと桔平ってば! ちゃんと私の話し聞いてますか?」
知恵は腰に手を当ててビシッと指差して言った。
そういえばまだ知恵の説教の途中だったことを思い出した。
「聞いてるよ」
しかし知恵は語気を強めて言った。
「嘘を吐いても駄目ですよ! 聞いてないことくらいお見通しなんですから」
「悪かったよ」
「全然反省してないですね! 全く桔平は――」
その後も知恵は説教を続けた。
知恵が何故説教をしているのかは理解している。内海轟に勝利した際、桔平は依瑠佳に抱き着かれた。知恵の怒っている原因は、依瑠佳に抱き着かれたという嫉妬にある。
そして同時に、その嫉妬の理由も理解している。「姉として弟を盗られるのは嫌!」とのことだ。
桔平は知恵に説教されていることよりも、知恵に嫉妬の感情が現れたことに感心がある。
知恵はあまり嫉妬はしない方なので桔平にはそれが珍しいのだ。
「あ、こらまた話を聞いてませんね! 桔平!」
知恵は両手をブンブンと振る。
桔平は現時刻を確認した。そろそろ機体をトラックに乗せて帰らないと。
すでに機体の整備場に鋼平の乗った大型トラックが到着している頃だろう。
「知恵、説教は後だ。とりあえず機体をバラしてトラックに乗せるぞ」
「こら桔平! まだ話しは終わってませんよ! 桔平ってばー!」
桔平は知恵の声を無視して整備場へ駆け出した。
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