第8話 伝説の八機目8
――そういった過去があったことを利用して、桔平は操縦を音声入力に切り替えていた。操縦室に入るのは一人でなくとも構わない。代理の操縦者を立てても良いのだ。その為依瑠佳を座席に座らせて桔平がオペレーションをする。
知恵はというと、昨日知恵が見つけた物の他に、他人格を組み込めることが出来るようになっていることが分かった。勿論データ化した上でだ。その為『白狐―ヒルメ』には現在知恵の人格が入っており、桔平の脳で判断した動きを口に出して命令することにした。そして桔平と依瑠佳のいる操縦室にだけ知恵の声が聞こえるようにする。桔平が普通に操縦しながら無言でいるのは怪しまれるので、知恵と会話しながら操縦している様に見せ掛ける為だ。
つまり操縦しているのは桔平に見えても、実際は知恵が動いているだけなのだが、脳内電波が共有していることを隠す為会話で操縦出来る形にしたのだ。
更に、昨日分かったことがもう一つある。元々機体に設定されていたプログラムだ。
それは他の機体を分析し、その機体の一部分、もしくは全体をその機体と全く同じ性能で変化させることが出来るというものだったのだ。そのプログラムを桔平は運用し、小さな分析装置を作った。
これを相手の機体に取り付けることが出来れば、その機体を分析しこちらの戦力として活用出来るのだ。
そしていよいよ試合開始時刻に差し迫る。
「さぁ、いよいよお時間となりました。楽しみに待っていた方もいることでしょう。皆々様方お待ち兼ねの、王者内海轟対国民的スーパーアイドル風戸依瑠佳のリベンジマッチだ! 実況は今回も私松島遥がお送りします。内海選手は今回も『牛頭鬼―ゴズキ』で戦闘を行うそうです。
一方風戸選手は前回の『卯月―ウズキ』を修理してきたかとお思いましたが、どうやら違う機体のようなのです。しかし、何故か機体は公表しておりません。これは一体どういうことでしょう⁉」
遥が言うと会場からヤジが飛んだ。彼女には場を盛り上げようという思いしかなく、別に依瑠佳を貶(けな)した訳ではない。それは依瑠佳も轟も承知していた。
そして一刻も早くこのヤジを収めようと轟が会場へと入場した。
「おお! 最初に会場入りしたのは内海選手の『牛頭鬼―ゴズキ』だぁ!」
遥が叫ぶと同時に大歓声が上がる。
それに続いて桔平達の機体も会場に出ようとする。
「ええと、ここで皆々様方に連絡です」
実況の遥が突然スタッフから紙を渡された。
それは操縦室に移動する時、桔平がスタッフに渡しておいたもので、自分達が操る機体について書いた紙だ。
故に遥が読み上げる。
「おお‼ この機体は、正に伝説です! あの伝説とされていた幻の八機目、『白狐―ヒルメ』だぁぁぁーーー‼」
言い終わると同時、桔平の操る『白狐―ヒルメ』が会場に出た。
先程『牛頭鬼―ゴズキ』が入場した時より少し遅れてだが、『牛頭鬼―ゴズキ』よりも大きい歓声が起きた。
伝説通り人型で真っ白な機体、他の七機より小柄の、恐怖と威厳を感じさせる機体だ。
しかし轟は驚きもせずこう言い放った。
『そんな機体にすがるとは、随分と観客のご機嫌取りに貢献しているな』
轟は言ったことの意味は、伝説とされている機体に似せたものを用意しても、精々観客の機嫌をとっているだけに過ぎないということだ。
『白狐―ヒルメ』は容姿こそ知られているものの、その機体の能力は未知数。だから轟は小馬鹿にした発言をしたのだ。
だが、これで黙っている桔平ではない。
『それはあんたのビビりまくった本音か?』
この時まだ、依瑠佳に代理人がいることを公表していなかった。その為相手が依瑠佳だと思っていたところに聞き慣れない男の声だ。疑問に思った観客に替わって轟が尋(たず)ねる。
『そういうお前は一体誰だ? まさか風戸依瑠佳は男だったとか言うのではないだろうな?』
『そういってやりたいところだが、あくまで俺は代理人。何を隠そう、この機体を整備したのはこの俺、工条桔平だ』
工条という名に会場が騒めき出す。桔平の名にも何人かは頷いた。工条桔平の名は、とある方面では世界的に知られた大スターの名であるからだ。
轟は何故整備した桔平が代理人であるのかを理解した上で問うた。
『何故整備を担当のお前が代理人で出ている?』
この質問に桔平は即答した。
『それはあんたがよく理解しているはずだ。こいつの操縦技術じゃ、あんたを満足させられなかったから、そんなに期待を膨らませているんだろう?』
桔平の言った通り、轟の声は弾んでいた。それは自分を前回より満足させてくれるであろう相手がいることにだ。
無論轟は桔平のことを知っている。それ故に、世界的に有名な桔平を装機(ロイド)戦で打ち負かすことを喜んでいるのだ。
轟は肯定の意味を込め無言で返した。
『何も言わないということは、肯定と受け取って構わないんだな? だが、勝ちは譲らない』
『その通りだ。しかし、勝つのは俺だがな』
二人の会話が終わるのを待っていたのか、終わると同時に遥が叫んだ。
「それでは、試合開始‼」
始まったと同時、こちらは突撃を仕掛けた。
これは試合が始まる前に知恵に言ってあったことだ。その突撃は相手にかわされる。
相手はかわした位置にメインウェポンの大剣を払ってくる。
今度はこちらがそれをバックステップでかわし、大剣を持った相手の右腕を掴み胸部を下から持ち上げる。つまりは背負い投げを仕掛けた。
相手の重心が前のめりに傾いていたこともあり、すんなりと機体は持ち上がり投げられる。
会場に重い音が振動と同時に響く。『牛頭鬼―ゴズキ』はいとも簡単に仰向けに投げられた。
「おおっと⁉ 先制攻撃を与えたのは『白狐―ヒルメ』だぁぁぁ!」
遥の実況と共に観客が絶叫する。『白狐―ヒルメ』が先手を取ったことに驚く者と、それを好ましく思わない者の声だということはおおよそ予想がつく。
今のは良い投げだったと桔平も知恵も納得していた。依瑠佳はこの間の仕返しだと言わんばかりに喜びの奇声を発していた。
「うるさいぞ」
こちらが先手を決めたからといって桔平は油断したりしない。その為集中を妨害しようとした依瑠佳に言った語気は強かった。
「ご、ごめんなさい……!」
依瑠佳は自分が予想したよりも大きな声を発したことを素直に謝った。
そしてここからが桔平の出番だ。桔平は『白狐―ヒルメ』と共有(リンク)したモニターを立ち上げた。モニターと接続されているキーボードに何かを打ち込んでいる。否、操作していると言った方が適切だ。
その作業をしながら桔平は、
「知恵、一度距離を取れ。六メートルだ。反撃の危険性がある」
言われ知恵はバックステップで距離を取る。桔平の言った通り、相手は大剣を起き上がりながら振り回す。しかし刃が届くまでは二メートル程の差がある。
「起き上がったら突っ込んで胸部に掌打(しょうだ)を放て。姿勢を立て直す暇を与えるな」
相手の体勢が立ち直る前に、知恵はブースト全開で『牛頭鬼―ゴズキ』の胸部に突っ込む。そして掌打を放つ。
体勢がまだちゃんと修正出来ていない所為(せい)か、重い機体の向きは横を向き、うつ伏せに倒れる。
「次は相手の両足を背中側に曲げてその上に乗れ。そしてブースト全開で壁まで突っ込め。ぶつかる寸前でお前は脱出しろ」
知恵は桔平に言われた通り実行する。
『牛頭鬼―ゴズキ』は胸部を擦られ、その後勢いよく頭部を壁に激突させる。
桔平は今の一連の作業をキーボードで何かを操作しながら行っていた。
その事情を知らない観客達のほとんどは『白狐―ヒルメ』へ向けてエールを送っていた。
会場は今収まりが効かないくらいの大歓声に包まれている。
「おおっ! これは誰もが予想しなかった展開になっています。『白狐―ヒルメ』は幻の機体と呼ばれその能力は未知数でしたが、あの巨体の『牛頭鬼―ゴズキ』をあんなにも容易く倒すとは! これまでにこれ程まで盛り上がった試合はあったでしょうか⁉」
実況の遥がそう言う程に盛り上がっている試合なのだ。
『ここまでやるとは予想外だった。しかし、この程度でのダメージでこの鋼のボディには傷一つ付けられんぞ!』
そんな会場の雰囲気とは正反対の言葉を発する者がいた。内海轟だ。
聞く限りでは負け惜しみに聞こえるが、『牛頭鬼―ゴズキ』には事実傷一つ付いていない。
普通なら焦るとこらだが、桔平は全く動じていない。むしろ桔平の術中に轟ははまっているのだ。
依瑠佳は桔平のしていることが何なのか、いい加減気になりついに尋ねた。
「工条君? 一体さっきから何をしてるの?」
桔平の周囲を見ると、たくさんのモニターが桔平を覆っている。
桔平はキーボードを打つ手を止めず、
「この機体には情報傍受システムが備わっている。それを利用して相手の機体情報を全て調べている」
依瑠佳はそれを訊いて驚愕した。
「それって違反行為なんじゃ……⁉」
依瑠佳は思ったことをそのまま口にした。しかし、
「そんな規則何処にもねぇよ。大体情報傍受システムなんて、俺が勝手につけた名前だし、現在でもそんなものは開発されていない」
依瑠佳は桔平に言われたことだが、素直に納得した。
こんな状況だから嘘の吐きようがないと悟ったのだ。
唐突に桔平が言う。
「しかし驚いたな」
「何が?」
「今言ったこと、お前でも理解出来たんだな」
前言撤回。依瑠佳はカチンときた。
「いくらなんでも私を侮り過ぎよ!」
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