第7話 伝説の八機目7

 ――あれから六日が経過した。今まで機体のプログラムを組んでいて行き詰ったことはなかった。しかし今、桔平は人生初となる苦悩に思考を支配されていた。

 今まで組んできたプログラムを搭載しても良かったのだが、何故かプログラムが搭載出来ないのだ。それは作業を開始して一日目で分かった。それをこの六日間で探し続けたのだが、未だ何の成果も得られていない。

 今までの研究で積み上げて来たものを全て試したが、それでも駄目だった。

 完全にお手上げ状態である。

 この後アイドルの仕事を終えた依瑠佳が来るというのに、明日の試合に間に合いませんでした、何て言える訳がない。勿論世間的な常識を踏まえ、桔平のプライドが何より許さないのだ。

……何と言って詫(わ)びればいいのか……。

 そんなことを考える暇があるなら解決するのが先決だ。

 しかしどうすれば良いのか。鋼平に訊くことは桔平の性格からして絶対に出来ない。負けた気がするのだ。

 同じ装機(ロイド)に携わっている友人に訊くのが一番早いのだろうが、桔平にはそもそも友人と呼べる者がそういない。

……完全に行き詰ったな。

 そういえば先程から知恵の姿が見えないな。

 桔平は辺りを見渡すが、知恵の姿は何処にもない。

……やれやれ、また部品の山に埋もれたのか?

 助けてやるかと思い立ち上がったと同時、

「桔平! 桔平!」

 知恵の呼ぶ声が聞こえた。それは『白狐―ヒルメ』の方から聞こえた。

「何だ知恵、そんな所で何してる?」

 桔平は『白狐―ヒルメ』の方へ歩み寄る。

 すると知恵が機体の中からひょこっと出て来て騒ぎ始める。

「大発見ですよ桔平!」

「何を見つけた?」

 こういう時、知恵は本当に大発見な物を見つけている。

 答えは瞬時に返って来る。

「実はですね、機体を散策していた時偶然私が通れそうな穴に明らかに後から入れた情報(メモリー)保存(カード)が詰まっていて、それを除けたら何とこの機体のデフォルトで備わっているプログラムがありました! どうもこれがあるせいで他のプログラムを受け付けなかったようですね」

 本当に大発見だ。これには行き詰り、苦悩を抱え込んでいた桔平にとっての吉報だ。

「でかしたぞ知恵! それを早く持って降りて来い!」

 知恵ははいと言いながら飛び降りた。それを桔平は受け止める。

 そしてパソコン画面にデータを挿入した。

 それを目にした時、桔平も知恵も驚きに言葉が出なかった。それでもなんとか声を出したのは桔平だった。

「……何だ、これは――」






 ――七月七日、今日は七夕である為祭りが執り行われることになっている。毎年街中は祭りで盛り上がる。それとは別に、今日は桔平達にとっては特別な日だ。

 先週の依瑠佳のリベンジマッチを兼ねた桔平の装機技師としてのデビュー戦でもある。

 対戦相手の機体は前回と同じく『牛頭鬼―ゴズキ』だ。こちらの機体はまだ公表はしていない。伝説の機体のインパクトは強過ぎる。観客は現王者の内海轟が勝つと思い込んでいると桔平は考えている。

しかし桔平はあえて試合開始まで公表しないことに決めたのだ。

 依瑠佳は桔平に何か策があるのだろうと思い、それに従った。

 当人達は控え室で開始時間が刻々と迫(せま)って来るのを緊張しながら待っている。

『間もなく試合開始時間一〇分前です。選手は開始五分前には操縦室での待機をお願いします』

 開始時刻が来たことを知らせるアナウンスが入る。

「そろそろだ。俺の言ったことを覚えてるか?」

「ええ、大丈夫よ」

 依瑠佳は真剣な表情で答えた。

「落ち着いてるな」

 桔平は素朴な疑問を投げ掛けた。

「そう? たぶんステージで慣れてるからだと思うんだけど。これでも緊張してるのよ?」

「なら大丈夫だ。俺も世界に出たことがあるから、これくらいの衆目を浴びるのは慣れている」

 桔平はしれっと言ったが、それは依瑠佳には嫌味に聞こえた。

「悪かったわね。精々国内アイドルが関の山よ」

 桔平は依瑠佳に言われ、自分が言ったことが嫌味にも聞こえることに気が付いた。

「今のはそういう意味じゃなくてだな、その、少しでも緊張を解してやろうと思ってだな……」

 桔平はそこで口籠(くちごも)る。それを見て依瑠佳はクスクスと笑った。

「何がおかしい?」

「いえ、ただ不器用な男子が女子に気を遣わせないように気を配ってるように見えたから」

 桔平は一瞬憤りそうになった。しかし、

「でも、緊張は解れたわ。操縦するのは君の方なのに」

 言って依瑠佳はまた笑い出す。

「悪いか? 少しは気が利くということを教えたかっただけだ」

「いいえ、そういうつもりで言ったんじゃないの。けど……ありがとう、ね」

 依瑠佳は照れて顔を横に反らして言う。

「まぁ緊張が解れたならそれでいいが」

「それだけじゃないのに……」

 最後に依瑠佳がぼそりと呟いた。

「何か言ったか?」

「いいえ、何でもないわ。それより行きましょう。もうすぐ五分前になるわ」

 そうして二人は操縦室に移動した。

 桔平は人間であり装機(ロイド)でもある。それは桔平の過去に遡(さかのぼ)る――


 桔平には二つ年上の姉がいた。現在も存在するが、それには悲しい過去がある。姉の名前は千愛(ちえ)、彼女は工条装機(ロイド)カンパニーのとある事情により、とある企業にスパイとして潜入していた。それに桔平も同行していたのだが、帰還する途中で大型トラックに跳ねられ重傷を負った。二人とも直ぐに救急病院に搬送(はんそう)されたが、千愛は内臓の損傷によりこの世を去った。

 一方桔平は、頭部を損傷しており、脳に障がいを及ぼす可能性があった。

 現代の工業科学では脳の記憶や感情をデータとして抽出出来るので、千愛のそれは抽出して保管、桔平は抽出し人口頭脳に記憶や感情をインプットして頭部に組み込まれた。

 人口頭脳も記憶や感情のデータ化も、工条の技術であれば可能だ。だが他に成功例がない為、可能であるということを隠蔽(いんぺい)してきた。

 その為桔平と千愛のことについては極秘事項とされており、工条装機カンパニーの奥深い関係者でない限り知り得ない情報だ。

 もし明るみに流出したりしたら警察の介入は避けられない。その為に秘密を新たに知った者は排除してきた。

 そして千愛の記憶や感情のデータを使用して造られたのが知恵、正式名を『完全自律型万物索引(かんぜんじりつがたさくいん)プログラム搭載V―70モデル―知恵―チエ』という。知恵は桔平が造ったことにより、実際に会話をしなくとも脳内の電波回路を共有(リンク)させることによって、お互いの考えが瞬時に分かるようにプログラム設定を施した。

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