第6話 伝説の八機目6
五限目も終わり、桔平と知恵、優輝は別れ道の信号まで来ていた。
いつものように桔平と知恵、優輝は別れ道で別れる。
「じゃあまた明日」
「また明日です!」
知恵と優輝は手を振り合う。桔平は手を振らないものの、別れ際の挨拶だけは言った。
優輝と別れ、知恵と桔平は昼休みの出来事を話し合っていた。
「やっぱり桔平は冷た過ぎます!」
「何がだ?」
「依瑠佳さんのことですよ! 流石にあの対応は冷たいですよ」
……そうなのだろうか? あの態度が気に入らなかっただけなんだが。
「そうか? あいつの態度のせいだろ。人に頼み事するのにあんな大柄(おおへい)な態度取るか?」
桔平が言うと、知恵は先程より勢いを増して言った。
「それでもですよ! 大柄な態度を取るお客さんは他にもいるでしょう。だからといって桔平まで冷たい態度を取っていたら、来るお客さんも来なくなりますよ!」
「それならそれで構わない。客が装機技師を選ぶように、俺も客を選ぶ権利がある」
「もう! 桔平ったら頑固なんですから……」
知恵はそっぽを向く。
頬を膨らませ、ぷいっと横を向く様は可愛らしい。これもいつものことなので、桔平は全く動じない。
言い争っている間に家が見えてきた。
「お願いします!」
家の中からは、珍しく女性の声が聞こえる。鋼平の客だろうと桔平は予想した。
家に入ると、同じ第二工校の女子生徒が鋼平に依頼を申し込んでいた。
「お願いです! 依頼を受けて下さい! それなりの報酬は用意しますから、お願いします!」
その女子生徒は依瑠佳だった。彼女は何度も頭を下げて頼み込んでいる。
どうやら鋼平もどうしようか悩んでいるようだ。
「何でお前がいるんだ」
桔平は不機嫌な顔でそう言った。
依瑠佳は不意の声に振り返り、驚愕して言った。
「工条君⁉ どうして君がここに?」
「どうしても何も、ここは俺の家だ」
依瑠佳は更に驚き声を上げる。桔平の疑問はまだ残っているので続けて発言する。
「お前学校で俺に断られたからって、わざわざ家にまで談判(だんぱん)しに来るのか」
桔平にも、依瑠佳がそこまでする理由があるということくらいは予想がつく。桔平がこう言ったのは、遠回しにその理由を問うているに過ぎない。
依瑠佳は一度躊躇(ためら)い、そして発言した。
「き、君にはもう関係のないことでしょう。私の依頼を断ったくせに。私はね、今はこの人に頼んでいるのよ。君なんかのレベルと一緒になんてしたら失礼じゃない!」
……それだと最初に俺に頼んだ時点でもう失礼に当たっている。
桔平はこの時、依瑠佳は桔平がこの工条家の人間であることを知らないと悟った。
「その孫が俺なんだが?」
またもや近所迷惑な声が上がる。
「う、嘘よ!」
「馬鹿か。ここは俺の家だって言っただろ? だったらここにいる人間は俺の親族だって分かるだろう」
「そんなこと分からないじゃない。ここで働いているだけかもしれないって可能性もあるでしょう」
「極々一般的なことを言っているだけだなんだが?」
ここまで言っても依瑠佳は食い下がらない。
……面倒なんだよな、こういう種類の人間。
更に、依瑠佳がどういった人間なのかも桔平には理解出来た。
……こいつもしかしてただの馬鹿なのか?
そうだという確信が桔平にはあった。先程からの言動で分かる。
「もうその辺にしとけ。ご近所さんに迷惑だ」
依瑠佳がエキサイティングしてそれを桔平があしらっている中、鋼平の言葉が二人を収めた。
少し声を張り上げたが、鋼平は別に怒ってはいない。
「いつも言ってるだろ。お客は神様だ。お客あっての商売なんだぞ。そんなこともわからねぇなら、その娘の依頼を受けなくて正解だ」
鋼平に正論を言われ、桔平の機嫌は良くなるどころか悪化した。
次に鋼平は笑って言った。
「お前がどうしてもそのお客を取らねぇって言うなら、俺がその娘の依頼を受けよう。元々そのつもりでここに来たんだろう嬢ちゃん?」
依瑠佳は「はい」と頷く。
「で、依頼の内容は?」
問われ依瑠佳は答える。
「来週の装機闘技場(ロイド・コロシアム)でのリベンジ戦までに、装機を一機仕上げて頂きたいんです。もちろんプログラムも組み込んだ状態でです」
依瑠佳の依頼内容を聞いて、鋼平は考えた末決断した。
「そりゃあ嬢ちゃん、いくら何でも無茶が過ぎるぜ」
無茶な依頼であるという現実を突き付けられ、依瑠佳は項垂(うなだ)れる。しかし、それで食い下がる依瑠佳ではなかった。
「それでも、私は出場して勝たなきゃいけないんです! 無茶な依頼だってことは分かっています。けど、どうしても勝たないといけないんです! お願いします!」
何が依瑠佳をそんなにも駆り立てるのか、桔平にも鋼平にも分からない。傍(はた)から見れば、ただの子供のわがままにしか聞こえない。
しかし、それは鋼平を動かすだけの理由としては十分だった。
「……よし、引き受けようその依頼」
言われた言葉が一瞬理解出来ないでいたが、理解出来た時、依瑠佳の表情は一気に明るくなった。
「本当ですか⁉」
「本当だ――」
ただし、
「――ただし仕事をするのは桔平だがな」
桔平と知恵、依瑠佳は同時に叫んだ。
桔平は勢い良く反対した。
「冗談じゃねぇよじいちゃん。俺は断るって言ってるだろ」
珍しく桔平は動じた。滅多に動じない桔平が驚くのは、それ程の狂言を鋼平が言ったということなのだ。
桔平に言われるが、鋼平は全く動じず桔平を制す。
「まぁそう言わず聞け」
桔平が落ち着くのを待ち、それから告げる。
「いいか、今から一機仕上げようと思っても間に合わねぇ」
「そんな! 引き受けるって言ったじゃないですか!」
すかさず依瑠佳が抗議の声を上げる。
「嬢ちゃんも落ち着いて最後まで聞け」
鋼平は依瑠佳が落ち着くのを待ち、続けて言った。
「……いいか、一から造ってたんじゃ間に合わねぇ。だから元々ある機体を使う」
「元々ある機体って、工条が出した最新の『長月―ナガツキ』か?」
「最後まで聞け」と鋼平は手で制す。
「工場の奥だ。あそこはお前に入るなと言ったが、あそこに俺が昔造った装機(ロイド)ある」
「昔造った装機(ロイド)?」
鋼平は一度も装機があるとは言ってくれなかった。いつもまだ早いとだけ言われてきた。
いつも布一枚で塞がれた工場の奥を、何があるのかと見つめていた。その布の向う側に、昔鋼平の造った装機があるというのだ。
桔平の心拍数が上がるのを知恵は感じた。
幼い時からずっと見ていたのを知恵は知っている。桔平の感情を読み取り、理解して、知恵は思わず笑みを洩(も)らす。ただその笑みは一瞬で、誰にも気付かれることはなかった。
「そうだ。もしお前がこの依頼を引き受けるというのなら、その機体はお前達にくれてやろう。勿論、工場の奥への立ち入りも許可しよう」
鋼平は悪い条件ではないだろう、という意味を含んだ機嫌の良さ気な笑みを浮かべた。
桔平は悩んだ。今までどれほどこの時を待っただろうか。何年工場の奥へ入れることを待っただろう。いつになく胸が激しく昂っているのが分かる。骨を伝わり、身体のいたる所に響く。一定のリズムではない。一つ一つ違う胸の高鳴りが、桔平の意識をただ一つのものに向ける。
しかしそれでも桔平にとっては数秒のことだった。
「決めたよじいちゃん。俺、こいつの依頼を引き受ける」
知恵が桔平の肩で微笑む最中、桔平は決意を口にした。
それを待っていたと言わんばかりに、鋼平は笑みを濃くする。
「今日から工場の奥はお前の作業場だ。機体の整備は常に俺がやってるから安全だ。ただ、機体の状態把握はしとけよ。最後に、プログラムは組み込んじゃいねぇから。そこは桔平、お前の仕事だ」
桔平は無言で頷き、依瑠佳の方へ向く。
「――という訳で、俺が引き受けることになった。これからお前の期待以上の結果を出してやるから、報酬はたんまり用意しとけ」
依瑠佳は勢い良く頷き、鋼平にお礼を言った。
桔平と依瑠佳は鋼平に連れられて家の裏の工場に来ていた。鋼平は工場の奥のシャッターを上げ、機体に被せていた布を剥がす。
「こいつが、お前達の機体だ」
そこに座り込む形で佇(たたず)んでいたのは、あの伝説の更に詳細な内容に伝えられている通りの機体だった。何にでも染まってしまいそうな白色で、最初の七機(ファースト・セブン)より少し小柄で、その見た目に似合わず何処か恐怖と威厳を感じさせる頭部と顔。
そう、伝説として伝えられてきた伝説の八機目(レジェンド・エイト)がそこにはいた。
「じいちゃん……こいつはもしかして……」
「ああ、お前達が学校のつまらない授業で教わった伝説の八機目、『白狐―ヒルメ』だ」
桔平は心驚愕していた。待ち望んでいたものが伝説の偶像と言われ続けてきた『白狐―ヒルメ』だったのだ。
「マジかよ……。これが俺達の機体なのか……」
何を言っていいのか分からず、桔平はただ驚愕している。更にこれで装機の世界に名を売り出せる機会がやってきたのだから尚喜ばしい。
「こっからはお前の仕事だ桔平。俺は一切口出ししねぇ。行き詰った時くらいはアドバイスしてやるがな」
鋼平は桔平が助言を乞うことはないと分かっている上で言った。
桔平は驚きに満ちていたが、覚悟を決め宣言した。
「やってやるよじいちゃん。それと風戸、期待以上に仕上げてやるから心配はいらない」
こうして桔平の苦悩の日々が始まった。
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