第5話 伝説の八機目5

 昼休み、桔平は知恵と優輝と一緒に昼食を摂っていた。優輝は隣のクラスである為、昼休みも含め、休み時間になると桔平のクラスへとやって来る。

 優輝が桔平のクラスにやって来ているのは単に昼食を摂る為だが、桔平の性格からして誰かと昼食を共にするといったことはしない。その為、優輝は桔平を心配してのこともあり、毎日桔平のクラスに顔を出している。

 余計なお節介だということを優輝は百も承知だが、面倒臭がり屋の桔平が気にしていないということは、居ても良いと受け取れる。

 一方知恵はというと、毎日優輝が来てくれるので桔平の愚痴を聞いてもらっている。それを優輝はあいづちをうちながら笑顔で聞いている。

 それを桔平は気にすることなく一人で黙々と食べている。

 優輝は母親お手製の弁当を持ってきているが、桔平は購買でパンを買ってくる。

 桔平の実家に料理の出来る人間は鋼平しかいない。桔平の母親は、父親と一緒に工条の会社に泊まり込んでいる。その為会社内に寝室を作っており、もはや会社が家と言っていい。

 料理の出来る鋼平が何故弁当を作らないかというのは、朝から仕事でいないことが多い為作れないのだ。

 知恵の昼食は桔平が用意している。知恵の食糧はオイルだからだ。燃料は電子的なものであれば何でもいいのだが、食糧としてはオイルを好んでいる。その為知恵はオイルの入った小さなボトル(知恵の体の七分の一サイズ)のストローをチュウチュウ吸っている。そして一息つくとまた桔平の愚痴を言い始める。

 これがいつもの日常だ。

 しかし、今日はいつもと違う面子が加わって来た。

 普段学校に全く来ない依瑠佳が、昼休みに登校して来たのだ。

 教室のドアは開いていたのでそのまま入ってくる。クラスの視線が全部依瑠佳へ向く中、桔平は気にした様子もなくただひたすら食べている。

 知恵と優輝は教室の静けさに気が付き、生徒全員の視線が向いている方を見る。

 知恵は依瑠佳が来たことに驚きはっとして、桔平に知らせようとする。

 だが、その前に依瑠佳が自分の席、つまり桔平の隣へとやって来る。

 桔平は食べるのを止め、依瑠佳を見ずに言葉を発する。

「久しいな。自分の席に着かず立っているということは、俺に用か?」

「ええ。実は君に折り入って頼みがあるの」

 依瑠佳は一息おいて続ける。

「君に装機(ロイド)を一機作って欲しいの。勿論一般的に販売されている型じゃなくて、オーダーメイドの機体よ。前払いが必要なら、君の言い値で依頼するわ」

 依瑠佳はそこまで言って、ようやくカバンを机に置いた。

 依瑠佳の依頼は桔平にとっても悪くない条件だ。だが、桔平は今まで一度もオーダーメイドの形で仕事をした事がない。

 だからと言って、桔平がオーダーメイドでの依頼がこなせないという訳でもない。ただ、桔平は依瑠佳の依頼の仕方が気に入らなかったのだ。

 桔平はため息をつき、今度は依瑠佳を見て言った。

「断る。その依頼は受ける気がない」

「ええ⁉」

 依瑠佳は驚愕し、たじろいだ。まさか断られると予想していなかったのだろう。だがそんな考えでは甘い。

……世の中には金で動かない人間がいるということを教えてやろう。

「言っておくが、別にこの依頼内容に不満がある訳じゃない」

 依瑠佳がたじろいでいる隙に、桔平が付け加えて言う。

「じゃ、じゃあ何に不満があるっていうのよ!」

 依瑠佳がこう返してくるのを桔平は当然読んでいた。だから自分が不満な要素をはっきりと、しかし遠回しに言った。

「俺の言い値で払うって? 俺も随分となめられたものだな。俺の腕を直にその目で見ていないのに、よくそんな信頼しきっているかような口ぶりで言えたものだ。俺の腕は俺自身で値段をつけられるようなものではない。お前は世界のごく一部でしか評価を得ていない者の能力に何を期待しているんだ?」

 途中苦笑交じりになったが、桔平は本音を言ったつもりだ。

 桔平自身、自分が世間から完全に認められた訳ではないと分かっている。この依頼に成功すれば、桔平は間違いなく世間、晴れては世界から注目されることになるだろう。しかし、それは桔平にとって叶えたいことではあるが、望んでいることではなかった。

 つまり「面倒だから他を当たれ」と言いたかったのである。

 依瑠佳は何を言われたのか、意味を理解出来なかった。その為このようなつまらない事を言ってしまう。

「別に君に信頼を寄せているわけじゃないわ。ただ工条家の跡取りである君に、工条の装機(ロイド)を造ってもらいたいだけよ」

 依瑠佳のその何とも思わせない素振りで言ったセリフが、桔平の癪(しゃく)に触ったようだ。

「今の言葉の意味が分かりにかったようだな。簡単に言えば、面倒だから他を当たれという意味だ。金で誰でも動くと思ったら大間違いだぞ」

 声こそ張り上げたりはしなかったものの、語気は強かった。それは言葉の端々に、桔平の怒りが籠もっていると悟らせた。

 しかし現状の依瑠佳にとって、桔平の言ったそれは、自分に対する拒絶と受け取らざるを得なかった。

「どうしてよ⁉ 君だって、装機技師ならそれなりの額を受け取ったっていいはずよ? それに、今までだってお金で動かなかった人間なんていないわ!」

「俺は違うと言っているだろう」

「違わないわ! 君だって、もっと額を増せば依頼を受けてくれるんでしょう?」

「まあまあお二人共……」

 もはや口論の域にまで達した二人の会話を知恵が止めようとする。

 だが、

「甘えるな!」

 先に桔平が依瑠佳を制した。

「俺はいくら金を積まれようが、依頼を受ける気にはならない。もちろん報酬として料金は頂戴(ちょうだい)するが、そんな必死になってまで依頼したいっていうなら、その理由を訊かせろ」

 桔平は好奇心で言ったつもりではなかった。確かに、どうしてそこまで必死になってまで依頼をするのか、当然気になることだ。

だが、切羽詰まった様子の依瑠佳はそうは考えられなかった。

「どうしてよ……。どうして皆、私に対してはそんなに冷たいの? あいつにはホイホイ付いて行くくせに……!」

 口論の決着は着いた。依瑠佳が教室から駆け出したのだ。去り際、目の辺りで何かが光って見えたのを、桔平を含め三人が見ていた。

教室が静まる中、最初に口火を切ったのは優輝だった。

「今のは完全に桔平が悪いね」

 それに続き、知恵も言った。

「そうですね! 幾ら口論になったからといって、女性を泣かせた桔平が悪いですね」

 更に教室中の冷たい視線が桔平に向けられ、桔平は頭を抱えた。

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