第4話 伝説の八機目4
月曜日、いよいよこの日がやって来た。桔平にとって、高校に入学してから初の第一工校との合同授業。これにより、桔平の名は学校中に広まっていくこととなる。
桔平の名は、装機開発の分野ではそれに関わる者達から注目されているが、世間からはあまり知られていない。
第一工校と第二工校は隣接している。北側にある普通の高校とは明らかに土地面積が違っている方が第一工校で、南側の普遍的な土地面積である方が第二工校だ。
何故第一工校の方が広いかというと、装機を操縦する為の広い場所が必要だったからである。そして第一工校との授業に際し、桔平達のクラスは第一工校の演習場に来ていた。
桔平の実力は学年では一番(知っている者からすれば当然で)であり、他の学年にそれほど実力のある者がいないこともあって、第一・第二工校全体の中でトップの実力と言える。
そんな桔平の作ったプログラムに不平不満を言う者などいない。それを踏まえた上で桔平の頭の中を支配しているものは一つ。
――自分の満足出来る逸材がいるか――だ。
幸いにもその人材は直ぐに見つかった。
「おーい工条、こっちに来てくれ」
担任の女教員からの指示で、桔平は女教員の元へ行く。
教員の元へ行くと、うちの担任の向かい側に一人の女子生徒がいた。
第一工校と第二工校の生徒の違いとしては、男子は学ランのボタンの形、女子はネクタイの色で分けられている。第二工校のネクタイの色は青色であるのだが、その女子生徒のネクタイの色は第一工校の赤色だった。
このことから桔平はこの女子生徒が第一工校の生徒だと理解した。
「こちらは、第一工校一年A組の酉(とり)井(い)結子(ゆうこ)さん。お前と同じ一年で、第一工校内でも五本の指に入る実力だ」
結子は桔平の手前まで行き一礼して、
「どうも、酉井結子です。あなたがどれほどの実力の持ち主かは知らないけれど、装機技師志望ならそれなりの仕事をこなしてちょうだい」
桔平は結子の挨拶が気に入らなかった。今の言葉は明らかな桔平に対しての挑発であり、装機技師を馬鹿にしている言い方だからだ。
「あはは! 酉井、工条に対する挑発だな。いいぞ、そうでないと工条はやる気にならないからな」
教員が笑い混じりに結子の言った真意を明かした。
……さっきまで「さん」付けで呼んでなかったか?
些細なことだが、いきなり馴れ馴れし過ぎる態度を執り始めた担任に桔平は呆れた。しかしそんなことを気にする時間はほとんどない。
「工条桔平だ、こっちは知恵だ。ガキみたいな挑発なんかして楽しいか? 正直に言って程度が知れる」
桔平の挨拶もいいものとは言えないし、結子の挑発をあしらう様に小馬鹿にしたもの言いだ。
桔平の挨拶に対して結子は顔を顰(しか)めた。
そんなやり取りをしている内に授業開始を告げるチャイムが鳴った。
各自があらかじめ成績のレベルに応じて告知されていたパートナーと組んで、楽しげに会話しながら作業をしている。
その中で、第一工校で五本の指とまで言われている結子と、第一・第二工校共に秀才と言われている桔平の組では一切の会話がなかった。
初対面でお互い悪印象を持った相手と親しくしたいとは思わない。
桔平は結子と会話することなく機体をみていた。
普通第一工校の生徒であろうと、自分専用の機体を持っている生徒は多くない。むしろ珍しい。
しかし結子の機体は、学校にある量産型のデモ機ではなく、自身の機体を持参して来ている。
これに関して、桔平の結子に対する印象は違う方向でよくなっていた。
「一世代前の葉月―ハヅキか……。随分と悪い型に乗っているな」
その言葉に、結子が苛立ち気味に告げる。
「あなたその機体が悪い型だと言ったわね? やっぱりあなた何も分かってないじゃない」
工条家の機体は日本が誇る量産型の機体の中で一番といえる機体である。桔平の素性を知らなければ、桔平の発言した内容は、第二工校生としてあまりにも無知な発言と思われるだろう。
第二工校生の間では当然の事実だが、第一工校生である結子が知らないのも当然のことである。
桔平は結子の発言に反論する。
「分かってないのはお前の方だ。こんな失敗作を良機体だと思っているなら、装機(ロイド)乗りなんて諦めた方がいい」
「失敗作ですって……⁉」
桔平の言葉に我慢ならず、結子は声を荒げた。
「あのね、分かっていないようだから言うけど、この機体はあの工条装機(ロイド)カンパニーの製品よ! 工業界で一位二位を争う大企業なのよ? 装機技師志望なのにそんなことも知らないなんて、あなたこそ装機技師を諦めた方がいいわよ」
結子は怒鳴り気味に言ったが、この場合無知であるのは彼女の方だ。桔平が工業関係で知らない事などほとんどない。
桔平はため息をつき、ゆっくりと告げた。
「あのな、その工条装機(ロイド)カンパニーの社長の息子が俺なわけ」
結子は一瞬何を言われたか分からなかった。彼女の間隔的には数分に感じられたが、実際はほんの数秒程度だ。
数秒の後、結子は沸いて出てくる疑問を投げ掛けた。
「え? 冗談でしょ? そうだとしても隠していたのよね? ね⁉」
「いや、第二工校のほとんど全員が知ってて、第一工校でも俺の名前くらいの聞いたことはあると思うが」
桔平の告げた事実に、結子は困惑して叫んだ。
「ええぇぇぇぇぇ!」
結子は他のいろいろな疑問を投げ掛けてくるが、桔平は時間が気になり時計を見る。
……後三〇分か……。
桔平は時間の無駄を感じたので本来の作業に戻ることにする。
「ところで酉井、授業内容に戻るが……」
結子は突然の切り替えに戸惑ったが、何とか返答をする。
「な、何かしら?」
「お前の腕をまだ見てなかったな。機体に乗ってもらって、少しいろいろ動かしてみてくれ」
結子は頷く。それを了承と受け取って、桔平は作業の準備に取り掛かった。
結子の技量を測る為の作業は五分と掛からなかった。
……残り二四分、これだけあれば十分だ。
桔平は元々自分が作っていたプログラムを、結子の乗り方に合わせて変更する。
無論こんなことが可能なのは桔平だからだ。並の生徒にこんな高等技術は出来ない。
その様子を見て、結子は桔平が本物の工条家の装機(ロイド)技師、工条桔平だと認識した。
桔平は電子投(ホログラフィ)映(ック・)画面(ディスプレイ)を出し、プログラム修正の作業により次から次へと画面が出現しては、処理して消して行く。
桔平が手を止めた時、時刻は一〇分程度しか経過していなかった。普通の装機(ロイド)技師でも一時間は掛かる作業を、たった一〇分でやり遂げたのだ。
これには結子も驚愕し、喉を鳴らす。
「よし、こんなもんだろ。操縦してみろ」
結子は自分が驚いていたことを悟られないように慎重(しんちょう)に返事をする。
「ええ、分かったわ」
結子は機体近くにある操縦室へ入り、自分の機体の情報(メモリー)保存(カード)と操縦室を共有(リンク)させる。モニターに機体の状況が表示されたことで、共有が完了したことを確認すると、
『頭部から脚部まで異常なし。全メーター安定。いつでも行動可能よ』
操縦室のマイクによる機体からの声が聞こえ、桔平が行動開始の合図を出す。
結子はそれを黙認すると、レバーをゆっくりと押した。
工条の「葉月―ハヅキ」は、装甲の堅さは抜群だが、その分速度が遅い仕様になっている。チューニング次第でその足の遅さも改善できるのだが、並の装機技師じゃそれを改善するとまでは及ばない。
だが、この機体のことを熟知している桔平であるならば、実に容易いことである。何せ「葉月―ハヅキ」の開発からは桔平も関わっているのだから。
結子は操縦しながら実感していた。以前まで足の動く速度が遅かったのが、すんなりと動く。更には、腕を振ってもタイムラグが生じることなくきれいに振れる。
『すごい……! さっきまで動きが鈍かった場所がスムーズに動く!』
結子は大声で喜びを叫ぶ。まるで玩具が直ってはしゃぐ子供のように。
「こんなもんでいいだろう?」
桔平は担任の教員に向かって告げる。
「やれば出来るじゃないか。流石は工条家の人間だとでも褒めるべきか?」
「よしてくれ……。褒められるのは好きじゃない」
そう言って、桔平は「葉月―ハヅキ」を見る。
「酉井、もうそろそろ出て来い。大まかな説明するから」
『はぁ~い』
結子は機嫌の良い返事をした。そして直ぐに操縦室から出てくる。
結子がこちらに来て落ち着くのを待って、桔平はどういう仕様に変え、前とどう違うのかを簡単に説明した。
「俺が変更したプログラムはそんな難しいものじゃない。ただ、動きにくい場所を確認してそこを修正しただけだ。後、お前の技量に合うセッティングにしておいた。その証拠に操縦しやすかったはずだ」
結子は頷き、「葉月―ハヅキ」を見ながら言う。
「確かに脚部と腕部の動きが鈍かったのが修正されていたわ。それにしてもあの速さでこんなにも正確にプログラムを変更出来るなんてすごいじゃない!」
「こんなこと出来て当然だ。そんな大げさに騒ぐな」
結子が会話を続けようとしていたところにチャイムが鳴った。
「よし、この辺りで授業を終わりにする。片付けの終わった組から校舎に戻るように」
桔平の担任が終了を告げたことで完全に授業が終わる。
桔平はもう片付けていたので、結子に別れを告げ、知恵と校舎へと戻って行った。
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