第3話 伝説の八機目3

 ――ここは愛媛県立競技場。野球やサッカーといったスポーツを装機で競い合う場所だ。

 しかしここ十四年の間は、装機同士が戦う「装機闘技場(ロイド・コロシアム)」が主流である。

 装機闘技場は、子供から大人まで楽しめる娯楽である。観戦するも良し、参加するも良しの一般的な競技だ。

 参加資格は自分の装機があることと、高校生以上定年以下の年齢だけである。

 こういった面で日本だけでなく、世界中でも人気の高い競技だ。

 県立競技場はそれぞれの都道府県に一つあり、その県の知事が管理している。

 国立競技場は現在でも日本の首都東京都に存在する。

 愛媛県は工業の中心というだけで、日本の中心という訳ではない。

 そして今、その装機闘技場が行われている。黄色の人型装機と、深緑で牛頭の人型装機が向かい合っている。

「さあーて、いよいよ今回の主役の二人が出て参りました! 左手側はこの装機闘技場始まって以来負け無しのチャンピオン、更には愛媛県知事の一人息子、内海轟の『牛頭鬼―ゴスキ』だ!」

 高い声の女性実況者が告げた瞬間、ざわついていた会場内から歓声が上がった。

「対する挑戦者は、現在人気絶頂中、日本を代表するスーパーアイドル風戸依瑠佳の『卯月―ウヅキ』だぁ‼」

 こちらもまた、実況者が言うと同時歓声が巻き起こる。

「ちなみに解説と実況は私、松島遥が務めさせて頂きます!」

 実況者の遥は、二〇代という若さにして装機闘技場の人気最高位の実況者だ。その高い声に、皆を引き付けるカリスマ性から、是非我が県にというオファーが絶えない。

 結局は自身の故郷である愛媛県で活躍している。

「では双方の機体の解説を始めたいと思います。『牛頭鬼―ゴズキ』は今井装機重工業会社の装機(ロイド)で、メインウェポンは牛の特徴とも言える大角と、その手に持つ大剣です。サブウェポンは胸部バルカンと両肩と両足の脛にあるミサイルです。迫力を感じますね!

 一方『卯月―ウズキ』は工条装機(ロイド)カンパニーの『大和』の旧暦型『卯月―ウズキ』です。メインウェポンは光電子銃(フォトン・ライフル)と光電子剣(フォトン・ソード)で、サブウェポンは光電子盾(フォトン・シールド)です。この機体は工条家としては今一の出来だそうです。万全の状態でも勝てるか怪しいですが、頑張って下さい!」

 チャンピオンである轟に勝てるかという、期待の籠もった応援が会場に響く。更に彼女が国民的アイドルであることもあってか、会場が人の声だけで振動する。

「それでは始まりまでのカウント! 皆様も是非ご一緒に――」

 遥がカウントを始める。それに合わせて観客達もカウントする。

「――五秒前、四、三、二、一! 開始‼」

 開始の合図と同時にブザーが鳴る。

 先手を打って出たのは内海轟の『牛頭鬼―ゴズキ』だ。彼はブザーが鳴ると同時に前に出た。先ずは機体の特徴と言える大角をぶつける為の突進を仕掛けた。

 どんな素人でも避けやすい攻撃だ。

 一応依瑠佳も装機に乗るに当たっての訓練はそれなりに積んでいる。その為『牛頭鬼―ゴズキ』の攻撃をぎりぎりでかわす。

 しかし轟のそれは陽動で、本命はかわした方向へのミサイル一斉放射。左肩部から放射されたミサイルが集中した。

 これには乗り方だけ覚えた依瑠佳では到底予想出来ない。従ってその全弾をまともに喰らった。

 『卯月―ウズキ』は元々装甲を厚めに、しかし軽量に造られている。その為動きも速くガードも硬い。

 いくら装甲が厚かろうが、同じ箇所に攻撃が集中すれば脆くなる。

 その隙を作る為、轟は右側にブーストを掛け、左側に九〇度タックルをした。

 結果、『卯月―ウズキ』の腹部装甲が剥がれた。

 『牛頭鬼―ゴズキ』の攻撃はこれだけでは終わらず、次の攻撃に繋げる為の行動をとった。

 左に掛かり過ぎた重心を安定させる為、左側のブーストを掛ける。

そうして動きの止まった『牛頭鬼―ゴズキ』に、依瑠佳は後退しながら光電子銃を連射する。しかしそれらは外れ、当たる位置に行ったとしても大剣でガードされた。

 轟は光電子銃が面倒だと思い、間合いに入った瞬間光電子銃を斬った。

 そして『牛頭鬼―ゴズキ』はブーストを左右同時に掛け、大剣を構えて再び突進した。

 間合いに入った途端、大剣による連撃が繰り出された。

 依瑠佳は慌てて光電子剣を出しガードの姿勢をとった。

 光電子剣はその名前から分かる通り、電気が高速で移動し発生する光の高熱によって対象物を溶かす。

 だから構えていればその位置に『牛頭鬼―ゴズキ』の大剣が来る。そうなれば依瑠佳にもまだ勝機はあるのだ。

 しかしそんな考えは素人同然の考えであり、轟には手に取るように分かる。

 轟は相手の武器にではなく、武器を持つ腕を斬った。上手く関節部分を狙った事により一撃で斬れる。そのまま轟は休む暇を与えず攻撃を続ける。

 装甲の剥がれた腹部を斬り、足、腕、胴を切断する。

 連撃が止まると直ぐブザーが鳴った。

「勝者、チャンピオン内海轟! 風戸依瑠佳さんは手も足もでませんでしたね。いや、でも素晴らしいファイトをありがとうございました! 両者に拍手を!」

 観客席から両者をたたえる拍手と歓声が上がる。

 その際、轟は己の勝利を誇示する為、拳を天に突き上げる。

 その様を、ボロボロになった『卯月―ウズキ』が見上げているように見える。

 ボロボロになっても、操縦者に被害が及ぶ事はない。実際に機体に乗車するのではなく、機体とは別にある競技場内の操縦室で操作する仕組みになっている。

 依瑠佳は操縦室で俯(うつむ)いていた。

「どうして……? どうして勝てないの?」

 依瑠佳はレバーを握ったまま自問する。

 今回で二九連敗、機体に費やした金額は一千万を超えていた。それを持ってしても勝てない理由は、依瑠佳自身の技量の問題である事をまだ理解していない。

「このままじゃ、あの人に勝てない……!」

そう呟いた時声がした。

『ここにお前の居場所はない』

 顔を上げメインカメラのモニターを見ると、『牛頭鬼―ゴズキ』が剣先をこちらのメインカメラへ向けていた。

『ステージではお前が主役な様に、ここでは俺が王者だ。お前みたいなままごと闘技場(コロシアム)に付き合ってやる意味はないんだ。だからはっきり言う、ここにお前の居場所はない』

 そうきっぱりと言って、『牛頭鬼―ゴズキ』は戻って行った。

 追い込まれている依瑠佳は轟の発言を真に受け、その場に蹲(うずくま)り泣いた。






 観客席の知事並に身分のある者しか立ち入れない特等席、そこでは現愛媛県知事の内海菱(りょう)と現「松山装機工業会社」社長の松山栄(しげる)が何やら話し合っていた。

「どうです? 私の息子の機体は。なかなかの物でしょう」

 菱は栄に自慢げに、しかし謙虚(けんきょ)に言った。

「確かに。機体だけでなく、乗り手の腕もなかなかのものだな」

 栄は窓から先程の光景を見下している。

 知事と一会社の社長だと、知事の方が地位的には上に見えるが、現状から見て最初の七機(ファースト・セブン)を所有している家はそれよりも上の権力があるということになる。事実そうである。

「ありがとうございます。私に次いで、息子も人生に成功を起こす逸材になるでしょう」

 菱は栄にただ恩を売りたいだけだ。つまり今の言葉を要約すると、私の息子は貴方のお役に立ちますよ、という意味になる。

 栄は菱に振り返り笑みを繕(つくろ)う。繕ったのは勿論菱の考えを読み取ったが為の営業スマイルだ。

「ああ、期待させてもらうぞ内海県知事」

 栄がそう言ったと同時、ドアが叩かれスーツ姿の美女が入って来た。

「社長、お時間です」

 彼女は栄の秘書の久間吉美だ。栄の秘書でもあるが、マネージャーの仕事も引き受けている為、こうして栄に着いて何処かを訪れることもある。

「もうそんな時間か。では、私はこれで失礼させてもらう」

 栄はそう告げると早足に部屋を出ようとする。

「次の試合もご期待下さい」

 菱が最後の念押しとして述べた。

「楽しみにしているよ」

 そう言い残して栄は部屋を出る。

 長い廊下を歩きながら、吉美は栄に疑問を投げ掛けた。

「よろしいのですか? あのような者をお側に置かれて」

 栄に対する問いは直ぐに返って来る。

「あんな下劣な野郎を側に置いていないし置く気もない。そこで次の試合は工条にやらせろ。そして奴が尻尾を出し次第、害する者として排除しろ。いいな?」

 吉美は承諾の返答をして栄に続いた。

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