第2話 伝説の八機目2

 第一工業高校と第二工業高校は、どちらも県立高校で、それぞれ「第一工校」「第二工校」と略称される。両校とも装機工業と装機操作技術を専門の科目として教えているが、第一工校は装機操作技術を主に専攻科目として教えている。操作技術論をより専門的に教えており、装機乗りになる者を育成するのが第一工校だ。装機工業の知識も教えているのは、装機に乗るに当たってそれなりの知識はなくてはならないからだ。

 一方第二工校は、装機工業を専攻科目としており、装機技師になる者を作るのが第二工校だ。装機操作技術を学ぶのも第一工校と似ていて、装機技師を目指すなら試乗する為にある程度は乗りこなせなくてはならない。

 そしてこの二つの工業高校を創設したのは、一柳鉄平が装機を開発するのに協力した七人の装機技師達だ。

 彼らは各々の名を、愛媛県の名家として名を示す為に地方の名前に改名した。

 その七人の技師のトップに立つのが松山家だ。

 松山の姓に続いて序列順に、八幡(やはた)家、西条家、久間家、今井家、伊与木家、新浜(にいはま)家の七家が今や世界工業の中心だ。

 桔平の姓である「工条」はというと、元は「北条町」から取られた姓である。北条の字を一字変えて「工条」としたのである。

 その工条家は、本来松山家に使える者として存在してきた。しかし現在では、松山家とは別に工条家の装機会社を持っており、世界的に有名な一大企業として成り立っている。

 松山家がトップの座でいられるのも、工条家が松山家の表社会においての傘下にあるというで、装機技術において好評を得られているからである。

 桔平はその役目を引き継ぐ三代目として誕生した訳だが、桔平自身それは望んでいない。

 彼は世界的に有名な装機技師になる為、祖父の代から存在しており、現在父親が経営している工条家の装機会社で五歳の頃から(修行と兼ねて)装機技師をしている。

そんな桔平は、今では世界から一目置かれる装機技師へと成長した。それは二年前、知恵を作り公表した事により世界的に小さな装機技師として認められた。






 名家の生まれで世界的有名人を相手に、話しかけてくる者など滅多に居ない。

 普通はそんな事もないと思われるが、桔平の無愛想で全く興味を示さない態度をとられると、誰も話しかけなくなるというものだ。

 だが、そんな桔平にも話しかける物好きがいた。

 桔平と知恵は昇降口を後にして校門を出ようとしていた。

 その時、

「桔平! 知恵さん! 待って」

 桔平達を呼ぶ声が聞こえる。桔平は聞き覚えのある声に反応して振り返る。

 振り返ると、桔平と同学年くらいの男子生徒が走って来ていた。

「優輝だな」

「あ、優君だ! おーい優君!」

 彼の名は八幡優輝、あの八幡家の次男であり、桔平の幼い頃からの友人だ。体系は細く、男声にしては高めの声質で、生まれつきの茶髪が目立つ。

 桔平とクラスは違えど、優輝はクラスから浮いてしまっている桔平を気遣って毎日休み時間の度に顔を出す。帰る方向が同じという事もありいつも一緒に下校する。あまり人と接しない桔平も友人の優輝とは親しくしている。

 知恵はというと、桔平とは逆でクラスの人気者であるのだが、桔平と共にいることがほとんどなので、必然的に他の生徒と接する機会が少ない。しかし、遠目からでも知恵には声をかける生徒が男女問わず存在する。

「やあ桔平、一緒に帰ろう。知恵さんも昼休みぶりだね」

 優輝は知恵の事を知恵さんと呼ぶ。何故かというと、知恵は戸籍上桔平の姉という事になっているからというのが二番目の理由で、桔平が知恵を作った意味を知っているのが一番の理由だ。

「優輝か、やはり」

 桔平は昼休みぶりに会ったことに対して言ったのではなく、自分の予想が当たったことに対して言ったのだ。

「僕の声ってそんなに分かりやすい?」

 優輝は自分の声を気にしているようで、声が高い事にコンプレックスを抱いている。

「ああ分かりやすい」

「桔平は人が気にしてることをはっきり言うね……」

 優輝は落ち込み項垂(うなだ)れる。しかし言われ慣れているのかすぐに立ち直る。

「もう桔平ったら! 優君を落ち込ませないで下さい! 優君の心は繊細なんですから」

 優輝がまだ落ち込んでいると思っている知恵はすかさずフォローを入れる。

「心配いらないよ、知恵さん。もう大丈夫だから」

 優輝はにっこり笑ってもう大丈夫だと伝える。

「優輝ももう子供じゃない。いつまでも子供扱いするな」

 桔平は知恵に言いながら歩き出す。

 それに対し知恵が頬を膨らませる。

「桔平の言う通りだよ知恵さん。いつまでも子供扱いは止めてよ」

 優輝は桔平を追いながら言う。

「優君がそういうのでしたら止めます……」

 知恵は少し落ち込みながらもなんとか笑顔で対応した。

 一〇分程歩いて、三人は東西へと分かれる交差点まで来ていた。

「それじゃあ、僕はここで失礼するよ」

「ではまた月曜日に!」

「ああ、また」

 優輝は西への道を曲がり、桔平と知恵は信号が変わるのを待っている。

 知恵は桔平の肩の上で手を振る。桔平は友人であろうと無愛想に対応する。

 優輝が行った方向には、八幡家の本家と経営している会社の両方がある。八幡家は七家の内序列は二位であるが、装機技術と生産量は松山家にも劣らない実績を持っている。それでも一位になれないのは、やはり工条家の存在だろう。

 一方桔平と知恵の向かう東側には住宅街があり、近代建築工学の象徴とも言える技術が施され出来た住宅街ということで、世界中から入居者が殺到している。

 勿論そこに桔平の実家もある訳で、住んでいる当人としては世界から注目されている実感などない。

 信号を待つ間、桔平はこの後どうするかを悩んでいた。

 先に課題のプログラムを仕上げておくか、それとも現時刻迄のニュースを更新しておくか……。

 相も変わらず無表情のまま考えている桔平に、知恵は信号が青に変わったと告げる。そして桔平が歩を進めると、

「先にプログラムを仕上げておく方が、効率が良いでしょう。プログラムの作成なんて、桔平に掛かれば直ぐ済む事ですし」

 と、悩んでいる桔平に助言をした。

「そうだな。直ぐに終わるものから片付けるとしよう」

 桔平は頷いて答えた。

「相変わらず、お前は俺の心を読むのが得意だな」

 桔平がそう言うと、知恵は無い胸を張って言う。

「ふっふん。桔平のことなら何でもお見通しです。私は桔平のお姉ちゃんなんですから」

「理由はそれだけじゃないだろ?」

「そうですね。だって私達姉弟は、普通の姉弟じゃないですから」

 知恵は楽しげに言った。

 そうこう話している内に、二人は家に到着した。

 桔平の家は、現在の建築工学が一切使われていない木造建築(装機を作っている会社は別にある)で、昭和の雰囲気を醸し出し風景からは浮いている。一階と二階の間に「工条装機」とペンキで書かれた看板が取り付けられている。

 木造建築と聞くだけで脆(もろ)いように思われるが、実は木造建築の方が丈夫だったりするのだ。

 そんな工条家の一階の半分は工房になっており、奥が居間になっている。二階はそれぞれ個人の部屋になっている。

 「工条装機」という名前から分かる通り、装機を扱う店だ。大型でも扱えるよう、大きな工房は家の裏庭にある。古い家だが土地面積は広い。

 普通は家の裏にある玄関から入るが、桔平はいつも店側から出入りする。

 桔平が工房に入ると、一人の老人が鉄を溶接していた。

「爺ちゃんただいま」

 桔平は通り過ぎ様に言った。

「ただいまです!」

 それに続いて知恵も言う。

 しかし老人は聞こえていないのか反応がない。

 そして桔平が靴を脱ごうとした時、

「おかえり」

 老人は手を止め、重くドスの利いた声で言う。

 老人は桔平の実の祖父で、名を工条鋼(こう)平(へい)という。鋼平は工条家の技術を生み出し発展させた人物だ。その技術の価値はというと、鋼平が作らなければ今の工条家は無かったと言われる程貴重な技術だ。

 桔平はそんな鋼平に憧れ、いずれ鋼平を超えようと装機技師になることを幼い頃から決心していたのだ。

 しかし鋼平に対して桔平は尊敬する態度は見せない。

「昼飯は?」

 桔平は靴を脱ぎ、居間に上がりながら問う。

「冷蔵庫の中だ」

 鋼平は溶接物から目を離さずに指だけで冷蔵庫を指す。

 横顔だと桔平は鋼平にそっくりである。特に似ているのが吊り上がった眼だ。これは鋼平の息子であり、桔平の父親でもある現「工条装機(ロイド)カンパニー」社長の隆(りゅう)平(へい)も同じである。

 鋼平は問い掛けに答えると直ぐに作業に戻る。

 桔平は訊くだけ訊いて冷蔵庫のある台所には向かわず、二階の自室へ向かった。

 自室に入ると、桔平は鞄を机上ではなく座った椅子の横に置いた。知恵を机に降ろす為だ。

 そして机上の右端にあるスイッチを押した。

すると板が出て来て、桔平は椅子ごと後ろに歩幅一歩分下がると止まった。更にはその板は縦に開く。開くとパソコン画面になっており、下の部分がキーボードになっている。

 まだスイッチの仕組みは続いており、起動するまでの工程があるらしい。

 起動し終わり、桔平はパスワードとIDを入力する。その後音声入力に切り替わる。

『音声を確認します』

 コンピュータの音声も旧来のロボット口調ではなく、装機同様人が話しているかのように流暢(りゅうちょう)だ。

 桔平は先程入力したパスワードとIDではなく、音声入力用のパスワードとIDを呟いた。

『音声認識しました。ようこそ、桔平様』

 コンピュータが桔平だという事を認識してデスクトップに切り替わる。

 桔平は慣れた手つきでキーボードを叩く。

『設定を音声入力に切り替えました』

 桔平が先程から使用している音声入力は、現代でも一市民が簡単に設定出来るものではない。

 それこそ、大企業の機密機関への出入りくらいにしか使われていない。

 パソコンの起ち上げ方や音声入力設定が出来るという事は、桔平はかなり腕のいい装機技師だという事だ。

 桔平は検索エンジンを音声入力に設定し、コンピュータに直接命令する。

「今朝から現時刻までのニュースを取り上げろ」

 すると一秒も経たない内に、画面の外に幾つもの画面が出現する。その一つ一つに、桔平がまだ更新していないニュースの記事だけが映っている。

 桔平はそれらの画面を一か所に集めて知恵に手渡す。

 画面は知恵より大きい為、知恵の手元へ来た途端、知恵の手に納まるサイズに自動で変更された。

「知恵、読み上げてくれ。記録する」

「はい」

 知恵は待ってましたと言わんばかりに笑って応える。そして、

「では先ず、今月の装機売り上げ順位の発表です。一位は工条の大型装機種『大和』で、二位は先月松山家が発表した大型装機の量産型、三位はギリシャと協力し始めた西条家の大型装機種『神話』の新型です」

 一つ目の画面を読み終え、次の画面を手前に持って来る。

「本日六月三〇日は、松山装機工業会社次期社長の松山渉(ゆずる)様のお誕生日。

 そして八幡家の装機故障件数が先月の数を超えた模様です――」

 次から次へと知恵が読み進めている時、桔平はその内容に対し真剣に耳を傾けている。

 何故こんな事をしているかというと、桔平は知恵が読み上げている内容を全て記憶しているのだ。

 そんな普通では出来ないような事が出来るのかと不思議に思うが、桔平はとある事情から、聴いたもの、見たもの、感じたもの、触れたもの、嗅いだものを全て記憶する事が可能なのだ。

「――以上です」

 知恵がニュースの記事を読み終えたようだ。その記事は桔平が記憶しているので必要が無くなる。

 知恵は電子上のものを消却する事が出来る。その方法は、

「いただきます!」

 知恵はニュースの記事をばりばりと食べた。

 装機も機械である以上燃料が必要である。普通はオイルや電気が使われるが、知恵の原動力は電子的なものであれば何であろうと構わない。たとえネットワーク上に存在するウイルスやバグであろうとだ。

 こういった並の人間では考えられないような事を実現させてしまうのが桔平だ。

「さて、ニュースの更新も終わったことだし、プログラムの作成でもするか」

 桔平は音声入力から手動に切り替える。これから課題のプログラムを作成しようとする。

「先にお昼ご飯を召し上がってはどうです?」

 知恵が作業の前に提案をする。

「その方がアイデアも膨らみますよ?」

「それもそうだな。二〇分程で戻る」

 知恵にそう言って、桔平は立ち上がり部屋を出る。

 台所まで来ると、鋼平が言っていた事を思い出す。

「確か冷蔵庫にあるって言ってたな」

 冷蔵庫を開けると、目の前に千円札が置かれてあった。

 自分で買って来いって事か……。

 態々(わざわざ)こんな回りくどくしなくてもと苦笑し、千円を取って家を出た。知恵に三〇分に変更したと伝えて。

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