装機の桃源郷(ロイド・アルカディア)

天宮城スバル

第1話 伝説の八機目1

 ――人類が工業化を進め始めたのは、イギリスの産業革命以降である。始めは人の手で扱う物、主に車に鉄道、船や航空機などが多かったのだが、人の手が必要無くとも動作する機械が増えた。

 それが次第に普及し始め、ロボットと呼ばれるようになった。ロボットは人の手で行えること、人の手で行えないことまで出来、人々は何不自由無く暮らす様になり、人類は衰えつつあった。

 二〇九九年、とある反現代工業派の一人の技術者が、このままでは機械に人間社会を乗っ取られてしまうと考え革命を起こした。その革命を人々は「装機革命ロイド・アルカディア」と呼んだ。

 装機ロイド製造の技術者が用いたのは現代技術だ。反現代工業派の人間であるにも関わらず、批判している技術を用いて革命を起こしたのだ。彼を批判する者は同じ反現代工業派は無論、現代工業派の者まで現れ、後をたなかった。

 しかし、それでも彼は己が批判する技術で驚くべき物を造り上げた。彼は日常生活に用いる物で、人類が衰えないよう設計した、自律型精神連結プログラム搭載武装機械、別名「装機ロイド」を発明した。

 当初、彼は七機の装機ロイドを製造した。その七機はそれぞれ違う目的の為造られたが、一つの「プログラム」で統一されていた。「意思疎通ブログラム」というもので、人と意識を共有させることに成功したのだ。その実験の内容はこうだ。


 ――始めに自分の意思では「動くな」と命令すると告げる。そして意思を共有している機体に胸中では「動くな」、口頭では「歩け」と命令すると、その機体は動くことはなかった。これは命令した者の意思を、口頭で命令されたことではなく、胸中で命令されたことが本来の意思として認識した結果である――


この技術は人類史上初と言える驚くべき新技術であった。

 驚くのはこれだけではない。彼は更に小型の装機をも造り出した。これは何もしなくとも入れられたプログラム通りに行動させる為に小型化したのだ。

 その大きさは人型から子犬サイズまであり、本来の中型は一〇メートル前後、大型だと一五メートル以上のものもある。

 彼はこれらを二〇九九年に完成させ、二一〇〇年に公表した。

更に初めの七機の製造に協力した七人の技術者に全ての情報を提供した。

 すると二一一〇年には、その七人の技術者が装機ロイドの製造会社を立ち上げ、日本中に装機を普及させた。

 その装機の製造拠点となったのは日本の四国地方。その中でも、装機に使われる特殊な鉱石が取れる愛媛県が中心となった――






 ――愛媛県松山市にある第二工業高等学校。入学式から幾つか経って、季節は初夏である。日も暑く照り始めたが風はまだ冷たいといった時期である。

そんな現在、この学校の一年A組では近代日本史の授業を行っていた。

 もう昼も過ぎて六限目の授業であるのに、正午かと思うくらいに空は青く、風は心地よい。気候と時間だけに、うとうとしている生徒もいる。

そんな清々しく静かな教室で、教壇に立っている若い女教員が教科書を片手に授業を行っていた。

「――それから後に、この四国は『機工都市』と呼ばれ、今ある装機ロイド関係の企業はこの愛媛に集中するようになった訳だ。そのせいか、今では日本全国で一番の工業製品と装機の生産量を誇っている。それじゃあ、ここまでを板書でまとめよう」

 長々と語って、女教師は黒板に文字を綴る。

 現在の学校では、電子タブレットを使った授業を行っている。しかし工業系の学校では、電子機器がない場合のことを想定して、手書きを推奨しているのである。

 女教員は板書し終え、生徒達の方へ向き直る。

「そしてこの偉業を成し遂げた人物の名は――」

 教員は最前列の女子生徒を当て、答えさせる。

「――一柳いちりゅう鉄平です」

「そうだ。そして、彼にはある都市伝説がある。皆の中にも知っている人はいると思うが……まあ詳細は詳しい奴に訊くのが一番だな」

そう言って、教員は校庭側の列の一番後ろの席を見る。実は教員自身、そんなに詳細な事は知らないのだ。

それに釣られて生徒達もそちらへ向く。

「一柳鉄平について知りたいんだけど、教えて貰えるか工条」

 教師に呼ばれた生徒は、窓の外から視線をゆっくり前に向ける。

 彼は工条桔平こうじょうきっぺい。変わった特徴はないが、いつも怠そうな態度をとっている。

 桔平は当てられた事に対してなのか、それとも自分に頼っている風を装い楽がしたいだけの教員に呆れてなのか、深く溜め息をついた。

 桔平は教員の対応が気に入らないのか再び窓に目をやる。

「知恵、頼んだ」

 桔平はその一言だけ言って、まだ青い空を眺める。

 すると、彼の机の上にある小さな椅子に座っていた少女が起立する。大きさは掌サイズで、言うまでもなく小型の装機ロイドだ。

 知恵と呼ばれる装機の少女は教員に一礼し、

「桔平の替わりとして私が説明させて頂きますね」

 お気に入りのツインテールを揺らし代返した。

 知恵は人類史上初の完全人型装機である。知恵は何処かの企業が作ったのではなく、桔平個人が作った装機だ。

 知恵には正式名称があり、それを「完全自律型万物索引プログラム搭載とうさいV―70モデル―知恵」という。しかしこの名前は長すぎるので、前の部分を省略して「工条知恵」という戸籍で登録し、「知恵」と呼んでいる。

 学生である桔平が作ったからと言って欠陥品という訳ではないし、装機だからと言ってロボット口調で話すということもない。

「まあ、実際彼が言うようなものだし構わないよ」

 教員は若干じゃっかん面倒臭そうに頷いた。

 知恵は自分の正面にパソコンの画面と同じ電子投映画面ホログラフィック・ディスプレイを出し、一柳鉄平に関する資料をフォルダから開き、それを読み上げる。

「一柳鉄平は、後に装機技師と呼ばれた七人の者それぞれと協力し、合計七機の装機を造り出しました。その技師達の内、何人かは現在では有名な大企業を立ち上げました。しかし、一柳鉄平が装機を開発したのには工業業界を変えたいといった理由とは別に、人間と装機の間にある可能性というものに着目していました。そこで、彼は七人の技師とは違う一人の装機技師と秘密裏に研究し、今では『伝説の機体』と呼ばれる幻の八機目を造りあげました。その機体は幻と言われる通り、彼の発言以外、存在を証明する物的証拠が未だに見つかっていません。その為、一柳鉄平の妄言だという技術者が多く、真実だと唱える者は少数しかいません。以上が一柳鉄平に関する資料です」

 言い終わって知恵は椅子に座った。

「ありがとう知恵。君がいて助かった」

「いえいえ。お役に立てて光栄です先生!」

 教員は本心から言ったのだが、知恵は褒められていると思い嬉しそうに笑った。

 そして教員は生徒一人一人の目を見渡し、

「皆も一度は耳にした事のある話だろう。私も実際に見たことは無いから実在するとははっきり言えないが、存在すると信じている。興味が湧いてこないか? 一柳鉄平の言った、装機と人間の間にある可能性というものに――」

 教員がそこまで言った時、六限目の終わり、つまり放課後を告げるチャイムが鳴った。

 それと同時に、生徒達は教員の授業終了の合図を待たずに授業道具を片付け始める。

 教員は自分の授業道具を片付けながら、

「こら! まだ授業を終えてないぞ」

 説得力皆無な行動をしながら言う教員に、一人の生徒が発言する。

「先生、授業道具片付けながら言われても説得力ありません」

「私はいいんだ」

 生徒達はうんざりした顔で教員を見る。

 教員は特に介した様子も見せず、

「今日はこれで終わりだ。月曜日は第一工業高校との合同授業があるから、ちゃんと自分で作ったプログラムを持って来るように。それじゃあ解散」

 そう言い終えると、教員は教室から出て行った。

 その後ろを数人の生徒が質問しに着いて行き、その他は帰り支度をしながら談笑している。

 桔平は他の生徒達より少し遅れて帰り支度を始める。

 知恵は既に帰り支度を終えており、机上で桔平を待っている。

 知恵はふと隣の席を見る。その席は空いており、何処か寂しさを感じる。

 転校したということでは無く、入学式から一度もクラスに顔を出していないのだ。いわゆる不登校生徒だ。

「今日も来ませんでしたね、依瑠佳さん」

 知恵は眉と声のトーンを下げて言った。

 依瑠佳というのは、隣の席の不登校生徒、風戸依瑠佳かざまいるかの事だ。彼女はただの不登校生徒ではなく、アイドルの仕事をしている為、なかなか学校に来られないのだという。

 そもそも第二工校は、将来装機技師を目指すの者が通う高校だ。そこに何故アイドルである依瑠佳が在学しているのか、その理由は誰も知らないのである。

 人には誰しも詮索せんさくされたくない事がある。それと同様で、依瑠佳の知られたくない何かというのが、アイドルであることの理由だろう。

 依瑠佳の事情がどうであろうと、桔平には関係のない話しだ。

「ああ、そうだな」

 桔平は興味無さげに答えた。

 それに対して知恵が問う。

「桔平は依瑠佳さんが心配ではないんですか?」

「あいつとは同じクラスで隣の席というだけの関係だ。友人でもないのに心配する必要があるか?」

 桔平の言っている事は事実だが、一学生としてはあまりにも冷たい言葉だ。

「確かにそうですけど……」

 知恵がどう言おうか言葉に詰まる。

 すると桔平は机上に手を置く。乗れという合図だ。

 知恵はひょいと手の上に乗り、桔平は知恵を自分の肩に乗せる。

「とりあえず帰るぞ」

「はい」

 そして二人は教室を出た。





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