念力の使い手
元が何なのか分からないほど変形した、巨大な金属の塊。
それは、公園の中で異質な光を放っています。そばに、日記が落ちていました。
×月1日。晴れ。
暑くなってきた。冷房がなかったらと思うとゾッとする。
いえ。昔は今ほど気温が高くなかった、という話を聞いたことがある。
人の手によるものか、自然のなせる業なのか。
とにかく、仕事が終わった。今日は赤い人に会う予定。
今回も、自称・超能力者だった。
話は上手い。それは認める。でも、それだけ。
建物は所有しているわけではなく、借りているだけらしい。巻き上げたお金で私腹を肥やしていると語った。
イカサマで信者を集めている証拠を掴んだ。
言い寄る相手を間違えている。
私は、力のない人に興味はない。警察に通報しよう。
×月2日。雨。
あの夢だ。
はっきりと思い出せる。あれから十年。夢の中の感触が、まだ手に残っている。
仕事に集中できず、後輩に注意されてしまった。
「いつも厳しくされている仕返しですよ」
不真面目な君が悪い。ちゃんとメモを取ること!
と、今日は言えなかった。情けない。
反省と気持ちの整理のために、あの日の出来事を書くことにする。
10年前も、こんな雨の日だった。
通学用のバスで、いつものように学校へ通うはずだった。
同級生と下級生が席に座っている。20人くらい。
田舎だから、列車が結ぶのは主要都市間だけ。廃校になる日も近いという噂。同級生とおしゃべりをしていた。
私は、いつの間にか少女が立っているのに気付いた。
同い年くらい。制服を着ていない。そもそも、さっきまでいなかったはず。
少女は悲しそうな顔をしている。私はそう感じた。
突然、強烈な光と轟音が襲った。地面が揺れるような感覚。
山道を走っている車の前に、雷が落ちた。
何かが道を塞いでいる。巨大な木が根元から折れていた。運転手がブレーキを踏む。減速しても間に合わない。
倒れた木に、車が突っ込む。そうなるはずだった。
「助けて!」
私は叫んだ。誰に言ったのか。分からない。同級生は私にしがみついていた。
少女が前を向いているのを、私は見た。
倒れた木が真ん中から二つに割れた。
宙に浮いて、何かに投げられるようにして、谷底へと転がっていく。
その光景がゆっくりと見えた。
下には誰も住んでいないし、建造物もない。のんびりと考える時間さえあった。
車内に視線を戻すと、少女の姿はなかった。
あの少女が助けてくれたに違いない。一言でいい、お礼を言いたかった。
同級生は、私の手を握っていた。
というよりも、私が握っていたのかもしれない。痛いほどだった。二人で謝った。
不思議なことに、私以外で少女を見た人はいなかった。
×月3日。曇り。
足を使ってこそ、活きた情報が手に入る。
先輩の受け売り。
確かに、そのとおり。実際に見ないと分からない。
念力の持ち主はいるのだろうか。
あの少女に繋がる手掛かりが、何でもいいから欲しい。
×月14日。雨。
ずいぶん書いていなかった。忙しかったと言い訳しておく。
別にいいか。特に変わったことはなかったし。
話しかけるなら、力の持ち主であってほしい。
×月20日。晴れ。
まず、順を追って、落ち着いて整理する。
今日は青い人に会った。公園で。
例によって、自称・超能力者だった。自分の弱さを認めていることは評価する。
人を騙しているわけでもないし、まあいいわ。
私は、少女を見た。
信じられないことに、昔のままの姿。時間が巻き戻ったかと思って自分を見て、違うと分かった。
何かが起こる。私は確信した。
辺りが騒がしくなった。人々が空を指差す。私も空を見る。
隕石のようなものが落ちてきていた。
真っ直ぐ向かってくる。ぶつかれば、すさまじい衝撃が起こる。今から逃げても間に合わない。
あの日と同じように、少女は前を見ていた。
「ありがとう!」
私は叫んだ。後ろからでは、表情が分からない。でも、言えた。
落ちてきたものが止まった。
風圧も何もない。なんて力。被害が出なかった。ゆっくりと流れる時の中で、思った。
空中で、何かにつままれるようにして、公園の中へゆっくり置かれる。
溶けて原形のない金属。もう熱を感じない。
たしか、音の3倍以上の速度で移動すると、圧縮された空気が高温になる。
私は写真を撮った。
すでに少女はいない。それは分かっていた。
「ありがとう」
もう一度、私は言った。
あの少女が多くの命を救ってくれた。間違いない。
念力の使い手なんかじゃない。彼女は、天使だ。
世界を見守り、力を貸してくれている。会おうと思っても、すぐに会えるわけがない。
もう、超能力者にこだわるのはやめにしよう。
どこかに、私を天使だと言ってくれる人はいないかな。
日記はここで終わっています。
ショートショート B 多田七究 @tada79
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