寝て待つ

「お前が見送りなんて、珍しいな」

 ご主人の言うことはもっともだ。普段なら寝ているのだから。

 今日は、いつもと違った。

 玄関で大きな音がして、覗くと大きな荷物が見えた。

 すぐに出発するかもしれない。音を立てるのも構わず駆け寄る。

 ワガハイは、心配そうな顔をしていたようだ。頭をなでられた。こそばゆい。

 抱きつきたい気持ちを抑えて、座る。

 もっと積極的になるべきだろうか。しかし、どうにも恥ずかしい。

「留守は頼んだぞ」

 大きな荷物を持ったご主人が、家を出た。

 期待を裏切るわけにはいかない。他に雇ってくれるところなど、ありはしない。

 とはいえ、はなはだ疑問ではある。

 優秀な技術者であるご主人は、ミリョクテキな男性だ。

 ほかに、いくらでも選択肢はあるはず。

 ワガハイのような、寝るか失敗するかの二択しかないような者を、傍においてくださる。

 ……深く考えるべきではない。やめておこう。

 暖かくなってきた。いい季節。

 寝て待つ。


 外が明るくなっている。

 目を覚まして、ご主人がいないことを思い出した。

 のんびりと辺りを見渡す。

 あくびが出た。大きく伸びをする。

 食事は用意されている。

 やや味気ない。いやいや、贅沢は言えない。ワガハイは料理が苦手。

 食べ終わって、横になりたい気持ちを振り払う。

 適度に運動をしておこう。

 あとは、寝て待つ。


 ご主人が家を出てから4日目。

 トイレが臭うようになる。

 ワガハイは掃除が苦手だ。どうしたものか。

 仕方ない。寝て待つ。


 7日目。

 食糧が尽きた。

 おかしいとは思っていた。いくらなんでも、遅すぎる。

 ワガハイは、ご主人に謝りながら家を出た。

 家の外に誰かがいた。知らない娘。動こうとしないということは、来客ではないはず。

 無視して、歩みを進める。

 ワガハイは情報端末の操作が苦手だ。足を使うしかない。

 ご主人の情報を求めて、街を走り回った。

 日が落ちる。

 なんの手掛かりも得られなかった。

 街のカタスミで、独りうずくまる。


 8日目。

 ワガハイは、ご主人がよく行く食堂にいた。

 古い木造の建物。広くもなければ、客も多くない。

 手がかりを得られず途方に暮れていたとき、ここが目に入った。

 お金がない。

 小声で店主が呼ぶ。こっそり、廃棄予定の食べ物を分けてくれた。

 ありがたい。同時に寂しくもある。

 ワガハイの居場所は、ご主人の傍だけだと再確認した。

「ええ。平和になってほしいと祈っています」

 店主が年配の客と話している。力のある声だ。

 食べ終わって、落ち着いた。机の上に突っ伏すと眠気が襲ってきていけない。

 横に、紙の束が転がっている。

 シンブン……というものだったはず。たぶん。読んだことはない。

 たくさんの顔が写っていて、その中にご主人もあった。

 文字を読むのが苦手なワガハイには、何が書いてあるのか分からなかった。


 9日目。

 ご主人の家へ様子を見に戻る。

 玄関の扉が開いた。

 駆け寄っていくと、中から女性が現れた。ご主人の知り合いだ。

 目が合う。しまった。

 留守を任されたのに、家の外から現れたワガハイ。言い逃れできない。

 考える間もなく、取り押さえられた。まいった。

「一緒に行きましょう」

 抱きしめられた。色仕掛けか?

 そのままの体勢で、ワガハイは連れられていく。

 家に着いたようだ。

 ご主人の家ほど大きくはない。まあ、当然である。ご主人は優秀なのだから。

 食事と、寝床が用意された。

 懐柔するつもりか? その前に、セツメイを求める!

 ワガハイは声を上げた。

「寂しかったの? 大丈夫よ。これからはずっと一緒だから」

 状況が理解できないワガハイは、声を上げ続けた。

 知り合いに抱きしめられる。

 突然、猛烈な睡魔に襲われた。


 目を覚ますと、知らない寝床だった。

 ここは知り合いの家だ。

 朝食が用意されている。ワガハイはミルクをなめた。

 部屋の中に、食堂で見た紙の束と似たようなものがある。

 横目でそれを見た知り合いが、一瞬悲しそうな顔をした。

 すぐに微笑んで、こちらへすり寄ってくる。

 まだ食事の最中。

 ワガハイは、気付かない振りをした。

 俊敏に動けないため、テイコウできない。衰えを感じる。

 知り合いは傍においてくれるのだろうか?

 できることといえば、寝ることくらい。

 今日も、ご主人の帰りを寝て待つ。

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