成人

 成人式の招待状が届いた。

 嬉しそうな顔の青年は、スクワットを始めた。続いて、床に寝転んで腹筋を鍛える。

「おいおい。柔軟体操は済ませたのか?」

 椅子に座っている父親が笑った。

 居間は、暖房器具のおかげで快適な温度に保たれている。

「あ。忘れてた」

 立ち上がった青年は、足首の筋を伸ばし始める。

「昔を思い出すわね」

 父親の隣に座った母親が、感慨深そうに言った。

「そうだな。早いものだ」

「父上も、身体を鍛えてた?」

 柔軟体操をしながら、青年が聞いた。

「どうだったかなあ」

「あら。嬉しくて走り回っていたじゃない」

 両親は声を出して笑った。

「ようやく、成人として、活躍できる」

 青年は、再び腹筋を鍛え始めた。

 家族の様子を眺める部外者はいない。カーテンの向こう、外は暗くなっている。

 見ていたのは、天井近くの壁にある、老夫婦の写真だけだった。


「いってきます」

 力が入りすぎていると注意された青年は、肩を上げて、下ろした。

 招待状は、スーツの胸ポケットに入れている。

 白い息を吐きながら、朝の街を歩いていく。

 子どもから中年まで、楽しそうな人々であふれている街。みんなが新成人を祝福していた。

 成人式の会場前。

 門の前に少女が立っていた。招待状を渡そうとした青年は、別の女性に声をかけられた。

 式までは、まだ30分ある。

 受付の人は、いま来たところだった。

 青年が招待状を渡す。

 敷地内を歩いて、大きな建物を前にした。

 鉄の扉が開かれる。暖房はついたばかりで、あまり暖かくない。鉄の扉が閉じられた。


 最前列に座った青年の隣に、別の新成人がやってきた。

「早いな」

「私語は慎め」

 左を向いた青年が、さらに身体を傾ける。

 後ろの席に座っている人はいない。

「好きな場所に座れるかと思ったぜ」

「変わらないな、君は」

 薄明かりが、少しだけ表情を緩めた青年を照らしていた。

 招待状を渡した順に、少しずつ席が埋まっていった。


「みなさん。おはようございます」

『おはようございます』

 青年も含めて、席に座った新成人たちが挨拶した。

 光を浴びる檀上。舞台の上に立つ中年男性は、進行役を名乗った。笑顔で話し始める。

「晴れて新成人になったみなさんには、これから戦争をしてもらいます」

 青年の口に力が入った。

 隣の新成人は、口を開けている。

「拒否権はありません。そして、これを他言することもできません」

 新成人たちは静まり返っていた。

「まずは、本当の歴史からお話ししましょう」

 中年男性は、この星で繰り返されてきた戦争の歴史を語った。

 多くの子どもたちの命が失われ、各国は同じ誓いを守ることになる。

 武器を持ち、戦闘を行えるのは老人のみ。

 決められた場所で行われる陣地取り。

 限りある戦力をいかに効率よく動かすか。

「求められているのは、頭脳。戦局を操り、切り開く力が必要なのです」


 舞台上のスクリーンに、映像が映し出される。

「まず、両軍の開始位置は固定です」

 地図の上に、多角形が次々と重なっていく。区画が分けられ、距離感がつかみやすくなる。

 ミツバチの巣に近い見た目。ハニカム構造という。

 丸で表示された戦力が、多角形で区切られたエリアの中へならぶ。

 地図の北と南の端に、たくさんの丸が集まっている。北が赤で、南が青。

「武器も限られています」

 丸のうちの一つが選択される。地図の右側に、別のウィンドウが開く。

 身体能力のほかに、所持している装備のデータがあらわれた。

「武器の受け渡しも可能です。それでは、実際の戦いを見てみましょう」

 地図上で丸がうごき、太い線で囲まれている灰色の場所を目指す。エリアの一つが青く染まった。

 北では赤く染まるエリア。赤い丸は見えない。

「数少ない、定められた区画の端末を操作すると、自軍の支配下となります」

 丸の数は減っていない。たがいに色を染めていく。

 敵を視認すると、一時的に丸が表示された。

「支配下以外の敵を常に表示するには、特殊な装備が必要です」

 装備を扱うには専門的な知識が必要なうえに、重い。敵を表示できる範囲も広くない。

 使える状況は限られていた。

「敵の開始位置を支配下に置くと、その時点で戦闘は終わります」

 青い丸が中心部へ向かって進む。

「なんらかの原因で双方全滅した場合は、色の多いほうが勝ち。簡単でしょう?」

 陣地取りは、新成人たちが子供の頃から慣れ親しんでいる遊びに似ていた。

 中心でぶつかって、丸が消えていく。

 赤い丸がすべて消えた。

「では、一番のあなたから」


「小生に、できるのでしょうか」

 舞台へ上がった青年は、不安そうな表情だった。椅子に座って、机の上の機械を見つめている。

 中年男性が肩を叩いた。

「誰でも、最初から上手くはいかないさ」

「それはそうですが。このような大役――」

「簡単な模擬戦だ。大丈夫。おじさんなんか、初め全滅させちゃったからね」

 座っている新成人たちから笑いが起きた。

「わかりました」

 真剣な表情で画面を見つめた青年。情報を見て操作を始める。

 映像は、スクリーンにも映し出されている。

 小さな地図上が赤と青に染まっていく。

 青年は、中央に攻め入らなかった。

 支配下となったエリアに青い駒を二つ置いて、残りを遠ざける。

 赤い駒がなだれ込んできた。青い駒は、身を隠しながら応戦する。

 残りの駒で、そのエリアを包囲していた。

 駒が二つ消えるあいだに、集まった赤い駒が全て消える。

 包囲した味方同士で攻撃が当たらないように計算されていた。

「素晴らしい」

 中年男性が言った。新成人たちは拍手をしている。

「別種の武器を持たせて、たくさんの兵で守っていると思わせただけです」

「うん。君には軍師の才能があるね。実に結構。では、次のあなた」


 建物の外を吹く風は冷たい。

 街にいるのは、子どもから中年まで。楽しそうな人々が行き交っていた。

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