第4話 処刑


 城門前の広場は大騒ぎになっていました。夜明け前からいくつかのものが組み立てられて、緊急のおふれで広められたことを実行するにふさわしい場所へ変えられています。

 城に忍び込んだものの公開処刑。

 リーフは処刑台の上で縛られていました。両ひざをつけた状態で、立ち上がることも許されません。両隣には男が一人ずつ。袋のような覆面をかぶっていて、大きな剣を持っています。

(この国での処刑方法は縛り首だけど、あの人はもっと別のものが好きなんだろうか。塔の部屋と同じ色のもの、人の血が)

 ひときわ高いところに豪華なイスが二つすえられています。急ごしらえの玉座です。座っているのは二人。一方はレウグネルダ王。もう一方はメラーナ姫。

 ただ、レウグネルダ王はぼうっとして視線が定まりません。それと対称的に、メラーナ姫は血への期待でいっぱいの笑み。

 さくが作られていて、向こう側には町の人が数えきれないほど集まっています。みんな不安そうにざわつくばかり。メラーナ姫の様子がいつもと違うからかもしれません。公開処刑なんて初めてだからかもしれません。

「これより、公開処刑を開始する!」

 白いヒゲを生やした兵士が大きな声で宣言した。リーフの記憶によると兵士の中では偉い人ですが、今は戸惑いがありありと見えます。集まっている人たちもしんと静まり返りました。

「このもの、リーフはふとどきにも城への侵入をくわだて……」

 リーフが何をしたのか説明し始めました。もっとも、城に忍び込んだだけなので長くは続きません。

「待て!」

 説明が終わったところで、大きな声がひびきました。

 リーフは声がした方を見て、目を見開きました。マーシュが人ごみをかき分けてこっちに近づいてきます。

 どうして? いや、来ちゃダメだ! リーフはそう叫びそうになりました。手紙に『帰ってこなかったら無関係』なんて書いたのは、失敗したときにマーシュたちまでせめられたら嫌だからです。捕まって取り調べを受けても自分一人で考えて実行したと話すつもりでした。取り調べなんかありませんでしたけど。

 戸惑っているうちに、マーシュはさくを乗り越えてこっち側に来ました。

「そいつは、本当に処刑されるようなことをやったのか?」

 レインに押されているときのマーシュじゃありません。レインがさくの向こう側まで追いついてきましたが、戸惑った顔。いつもと逆になってしまったみたいです。レインに抱っこされたアクアもびっくりしています。

 兵士たちが乱入者に槍を向けました。穂先が日の光を反射して輝きます。マーシュはそれも妻と子の戸惑いも気にせず、続けました。

「もし、そのとおりだっていうんなら……」

 あばれたりはしません。石畳にひざをつけて、両手もつけ、額まで。

「このとおり、おれがあやまる……あやまります。その子を助けてやってください」

 ざわっと声が広がりました。マーシュは頭を下げたままで叫びます。

「そいつはうちの大事な子なんです! いいやつだってのはおれが一番よく知ってます! だから……」

 マーシュ、そこまでしてくれるなんて。リーフは衝撃のあまりに声も出せませんでした。

 玉座ではメラーナ姫が兵士に何やら話していました。聞こえはしませんが、手振りはわかります。

 片手を軽く動かす仕草。まるで虫でも追い払うよう。

 兵士二人がマーシュに詰め寄りました。無理やり立たせて連れていきます。マーシュは青ざめましたが、すぐに怒りの顔へ変わりました。

「じゃあ、そいつの代わりにおれを処刑しろ! 子どもの不始末は親の責任だろうが!」

(そんなこと、しちゃいけない)

 リーフは唇がふるえました。さくの向こうでレインとアクアがさめざめと泣いています。

(マーシュもレインもアクアも、ぼくのことで怒ったり悲しんだりしてくれてる。みんなもぼくを大事に思ってくれてる)

 やっぱり、リーフにとってあの家で一緒に暮らしていたみんなこそが家族だったのです。

(でも、ぼくは結局みんなに何もしてやれなかった。マーシュにはあんな姿をさらさせてしまった。レインとアクアは泣かせてしまった。ミントだって助けてやれなかった)

 ミントはあのペンダントが好きだった、それならいっそあげてしまえばよかった、なんて気までしてきました。思い出したのは、ミントがリーフたちを助ける前にやっていた仕草。

(そういえば、ミントが首すじから鼻先に前足を動かすのは自分の首輪を外そうとしてるみたいだ。その寸前にやるのは、ぼくのペンダントをなめること。ペンダントが好きだといってから自分の首輪を外そうとするのは、まるで交換してほしがってるみたい。お安いご用だよ。あんな、中に何も入ってないペンダントくらい――)

 心臓が跳ねました。頭に浮かんだ言葉が理解できません。自分のしていた行動も意味がわかりません。

(ぼく、どうしてなんかわざわざ開けて眺めてたんだろう。まるで父さんと母さんの絵でも入ってるみたいに)

 何回かですが、リーフはペンダントの中をマーシュたちに見せたことがあります。リーフがペンダントの中を見ているときにマーシュたちが現れたこともあります。

 そのときのマーシュたちは不思議そうな顔をしていました。言葉に困っているときもありました。

(みんなはペンダントがからっぽだとわかってたんだ。でも、いえずにいた。たとえば、ぼくが親を一度になくしたショックでおかしくなってると同情してたとか。そもそも、ぼくの父さんと母さんって誰?)

 そんな気までしてきました。二人の顔を思い出せません。月日がたって忘れた感じではありません。

(どんな人たちだったか覚えてるわけなんてない。だってんだし)

 戸惑っているリーフをよそに、メラーナ姫が兵士たちに告げました。

「構わずにやれ」

 リーフの両側で処刑人たちが剣をかかげて――振り下ろせませんでした。

「こんなときに!」

「あっち行け!」

 リーフが恐る恐る見ると、処刑人たちは剣を取り落としながらあわてていました。小さなものにかまれたりつねられたりしています。他の兵士も同じでした。

 小さな姿に粗末な服。ここのところ町中で見ていたものたちです。

「コロコビト?」

 次々に空から落ちてきます。上を見ると、黒い鳥が何羽も飛んでいました。お祈りのときに来てくれていたダンスバードが、コロコビトを落っことしていきます。コロコビトは身軽に着地すると兵士たちにおそいかかります。

 どうして野山に住むものたちがこんなことを。でも、誰かの指示でやっているとしたら?

 ダンスバードの背中から飛び下りたものがいました。リーフの前に降り立ちます。

 コロコビトほどではありませんが小さな動物。毛皮は茶色で耳は三角。瞳はきれいな緑色。

「ミント……!」

 元気よくしっぽを振ります。バルコニーから落ちたはずですが、ケガをしている様子すらありません。リーフはおどろいて、心の中が一気に明るくなった気分。「どうして?」とは考えませんでした。すぐ理由に気づいたからです。

「昨日の夜、ダンスバードは帰ってなかったんだ。黒いから闇にまぎれて見えにくくなってただけで、本当はまだいて、落ちたミントを空中で拾ってくれたんだ」

 リーフはもう一つおどろきました。ミントがくわえているものは、家に置いてきたペンダント。そしてミントはまたあのときの仕草をしました。

 前足を首すじから鼻先へ。今度は両方の前足でやって、金の首輪を器用に外しました。

 落とした首輪を鼻で押します。リーフへ渡すように。

「やっぱり、交換してってことだったんだ」

 リーフは縛られているので拾ったりできませんが、ミントが押すうちに首輪がひざと触れました。

 その途端、リーフは体中が熱に包まれたと感じました。頭にはいろいろなことが流れ込んできます。

「ああ……そうか、そうだった。ぼくは…………!」

 メラーナ姫が立ち上がって「そいつらを取り押さえよ!」と叫んでいましたが、もう遅かったのです。

 リーフの体がふくらみました。腕や足は先ほどまでと比べものにならないほど太くなって、縄を糸のように引きちぎります。

 首は長く、頭には何本もの角。瞳は赤。口は裂けて、飛び出しているものは鋭い牙。

 背中には大きな翼が二枚。腰には長い尾。

 全身をおおうウロコはまばゆい金色。処刑台はリーフの重みでつぶれてしまいました。

 リーフはほえました。空気がふるえます。翼を広げて軽く動かすだけで、嵐のごとき風が巻き起こります。自分がこうできることを、リーフだったものは今まで忘れていました。

 人間たちはたじろぐばかり。いたずらもののコロコビトでさえ大人しくなっています。

「竜だ!」

「金色の……守り竜様?」

「山の洞くつで暮らしてるはずなのに」

 抱いたものは恐れか、畏れか。

 守り竜はそっとつかんでいたミントを石畳の上に下ろしました。ミントも変わり始めています。

 リーフと同じようにふくらんでいきます。もう子犬ではありません。

 栗色の長い髪。翡翠の色の瞳。まっ白なドレス。人間たちの誰かが言葉をこぼしました。

「犬がメラーナ姫に?」

「メラーナ姫が二人?」

 守り竜は玉座のそばにいるものをにらみつけました。メラーナ姫――もとい、メラーナ姫の姿となっているものを。

「私は全てを思い出した」

 人間の言葉で告げると、リーフだったときよりずっと大きな声になりました。

「この地の民がいう竜神祭のとき、メラーナ姫が私のもとを訪れた。儀式を行っている最中、お前は不意を突いて私とメラーナ姫に呪いをかけた。みすぼらしい人間と犬の姿に変え、私に対しては記憶まですり替えた」

 一生の不覚とはこういうこと。守り竜は苦々しく思いました。

「それからお前は自らをメラーナ姫と偽り、王を操り、くだらぬ法で民をじわじわと苦しめた。怒りや悲しみをすするために」

 くだらないおふればかりだったのは、まだ呪いが解けるかもしれなくて目立った行動を取りにくかったから。レウグネルダ王がおふれを出していることにしたのは、怒った人々が城へなだれ込んできても自分だけは助かるようにしたかったから。ずるがしこくいやらしい手口です。

「メラーナ姫を始末していれば呪いは解けなかった。しかしお前は呪われたものを苦しませておく方が楽しいのだろう。あのときもそうだった」

 子犬のミントだったメラーナ姫が塔から落ちて亡きものとなっていれば、今日の処刑を皮切りに大きなことを始めるつもりだったのでしょう。

「さあ、いやしき姿をさらせ!」

 守り竜がもう一度ほえると、玉座のそばにいる姫が黒いもやに包まれました。靄が散った後には、おぞましい姿がありました。

 全身が黒一色。人間と似た形ですが、やせ細った姿。細いしっぽは途中からなくなっています。頭に角があって背中に翼があるところは竜と同じ。守り竜にとっては面白くないことですが。

「悪魔だ!」

 人間たちがどよめきました。おとぎ話の中ならともかく、実際には見たことがないはずです。玉座のそばにいた兵士は、レウグネルダ王と悪魔の間に入って武器を構えました。悪魔はキバの目立つ口で歯ぎしり。

「間抜けな竜め。人間のままでいればよかったものを!」

 すぐに空へ舞い上がり、城から離れていきます。戦うつもりはないようです。

「間抜けか。その言葉、いましめとして受けてくれる!」

 守り竜は炎を吐き出しました。逃げようとしていた悪魔を包んで灰へ変えていきます。

「お前こそ、絵物語で語られる存在のままでいればよかったものを」

「もっと、人間の苦しみを味わうはずが……一度は呪いで縛った竜に、破れるとは……!」

「地獄へ戻っても覚えておくがいい。お前を倒したのは間抜けな私ではないと」

 守り竜の言葉が終わる前に、悪魔は散っていました。不意を討たなければ守り竜の敵ではありません。

 守り竜は、たった今元の姿に戻ったもう一人を見下ろしました。

「やつを倒したのはそなただ、メラーナ姫よ。呪いを解くため、苦しい日々に耐えてきたのだろうな」

 メラーナ姫は、ゆっくりとうなずきました。

「呪いを解く方法は、あなたにペンダントを差し出されてからわたくしの首輪を渡すこと。ただし、わたくしの正体など真相を伝えてはならない……少し大変でした」

「少し、といえる程度ではないはず。子犬のミントだった自分が信頼され、人間だった私からペンダントを預けられる……という流れを期待していたのだろう」

 リーフはペンダントを渡していない? そんなことはありません。メラーナ姫はにっこりとほほ笑みながら話します。

「昨日の夜、リーフ様の姿だった守り竜様は『ここで暮らした家族のみんなにペンダントを差し上げます』と書いた手紙を家に残していましたね。守り竜様がわたくしも家族と思っていたからこそ、わたくしにペンダントを渡したことになったのでしょう」

「処刑される寸前の私が自分の奇妙さに気づいたのは、家に戻ったそなたがペンダントを手にしたために呪いが解けかけていたからか」

 そして、メラーナ姫はダンスバードとコロコビトを集めて駆けつけたのです。

「あの首輪には守り竜様の記憶や知識が封じられていました。わたくしが犬でありながらさまざまなことを行えたのは、それを使わせていただけたからです」

「私の知識など、大した手助けではなかろう」

 守り竜は人間の姿だったときのように苦笑いしたかったですが、竜の姿ではうまくできません。

「全てはそなたの機転があったからこそ。そなたは守り竜と呼ばれる私を守ったのだ」

 もちろん、守られたのは守り竜だけではありません。

 王がきょとんとしていました。かけられていた術が解けて、操られた状態から解放されたのです。先ほどの羽ばたきであっさりこわれたさくの向こうでは、人間たちがざわついています。特に目を白黒させているのは、さくがこわれるなり駆け寄っていたマーシュとレイン。

「ま、まさか、リーフとミントが……ご無礼を!」

「あたしたち、全然気づかなくて……」

 たんかを切ってみせたマーシュも、いつも威勢のいいレインも、しろどもどろになっていました。

「構わん」

 守り竜は精一杯に優しい声を出そうとしました。ムダな努力だったかもしれませんが、おびえさせたくない相手もいるのです。

「呪いをかけられていたとはいえ、お前たちとの暮らしは楽しかった。礼をいう」

「そんな、めっそうもない……!」

 こういう態度を取られるとさみしさがあります。守り竜にとっての救いは、アクアがきらきらした瞳で見上げてきていることでした。

「リーフがまもりりゅうさまで、ミントがひめさま? すごい!」

「何てこといってんだ!」とマーシュが止めました。守り竜は家族であるアクアをこんなことで怒ったりしません。メラーナ姫も花のようなほほ笑みをアクアたちに送ります。

「このペンダントは、元々竜神祭のときにわたくしが身に付けていたもの。しかしリーフ様があなた方へ差し上げたものでもあります。ですから、あなた方がお持ちください」

 マーシュとレインはどうしていいかわからない様子。アクアがためらいなく両手のひらをそろえて出して、メラーナ姫はペンダントを握らせました。

「たくさん遊んでくれてありがとうございます」

「うん! アクアもたのしかったよ!」

 アクアは親のあせりなど知らずに笑顔を返します。そんな表情は守り竜にも向けてくれました。

「アクアも、リーフといっしょにいるのたのしかったよ!」

 願わくば、再びリーフとなってアクアたちのそばに戻りたい。守り竜はそんな気もしました。でも、もう戻れません。アクアも子どもなりに察しているのかもしれません。

「このペンダント、リーフとミントのえをいれてもらってだいじにする! ふたりとも、アクアのかぞくだから!」

 守り竜はアクアにうなずいて、再び羽ばたきました。風を起こしながら空へ。

「スケイリアの民よ、不甲斐なき私を許せ。メラーナ姫よ、竜神祭にてこの愚かな竜へ会いに来てくれることを祈っている」

 人間たちのざわつきは、いつの間にか歓声へと変わっていた。

「私も竜神祭が楽しみだ」

 守り竜はそういって、古巣がある山へ飛んでいきました。


                   (ヨーロッパ民話『呪われた竜』より)

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守り竜の物語 大葉よしはる @y-ohba

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