14 菜々子の涙
「あはは、おどろいた?
「白鳥先生から許可をいただき、
蓮華と桔梗がそう言いながら、菜々子と桜子にキレイな花束を手渡した。その様子をピアノのイスに座っている柊子がおだやかにほほ笑みながら見守っている。
柊子は寮生ではないけれど、過去に学生寮の談話室で自分のクラスメイトの誕生日パーティーが行なわれたことを覚えていて、桜子たちにアドバイスしてくれたのである。
桜子と桔梗、蓮華は、学生寮の管理人である
白鳥先生は三十年近く前からメイデン友愛女学校で
父親が武士だった影響で礼儀作法にうるさいところがあるけれど、面倒見がよくて生徒たちの相談にも乗ってくれる優しい先生として女学生たちに人気があった。
「パーティーが終わった後、談話室をキレイに掃除すると約束できるのなら、いいでしょう。ただし、他の寮生たちの迷惑になりますから、はしゃぎすぎてはいけません。寮の台所を使うことと、パーティーでピアノを演奏することは許可します」
白鳥先生に「約束は必ず守ります!」と誓った桜子たちは、他のクラスメイトたちにも、菜々子にはナイショで声をかけた。すると、
「合同お誕生日パーティーって、何だか面白そうだわ。わたしたちにもできることがあったら手伝うから、何でも言ってね?」
クラスメイトたちの多くがパーティーの準備に参加すると申し出てくれたのである。
そして、日曜日、桜子たちはお菓子の材料やパーティー会場の飾りつけのための材料を
談話室の飾りつけは、蓮華とスミレが中心となり、料理があまり得意ではないクラスメイトたちが行なった。
スミレは、菜々子と仲良くなるために合同お誕生日パーティーをやることを桜子から聞き、「ぜひ、協力させてください!」と言ってついて来てくれたのだ。
蓮華、スミレたちは、ごちそうをたくさん並べられるように大きなテーブルを談話室に運び、色とりどりの折り紙で室内を飾りつけた。
みんな、
一方、桜子や桔梗、料理が得意なクラスメイトたちは、蓮華からもらったレシピを参考にしながら西洋のお菓子作りにチャレンジした。
また、桜子たちのことが気になっていた柊子もかけつけて、お菓子作りに加わってくれたのである。三年生の柊子は、料理の実習で西洋のお菓子を何度も作っていたから、桜子たちはすごく助かった。
「菜々子さん。わたしたちが力を合わせて作ったお菓子、どうぞ食べてみてください」
「こ……こんなにもたくさんのお菓子、作るのすごく大変だったんじゃ……」
菜々子は、テーブルにずらりと並んでいるお菓子たちを見て、おどろいた。
まずは、主役のケーキ。二人の誕生日なので、二種類作った。スポンジケーキに生クリームをたっぷりぬった生クリームケーキと、甘い甘いチョコケーキだ。ケーキにはイチゴをたくさんのせている。
この時代のフルーツは高級デザートで値段も高かったけれど、運よくクラスメイトの中に親がフルーツパーラー(フルーツを材料にしたケーキや飲み物を出す喫茶店)を経営している子がいたおかげで、ちょっと傷がついてお店に出せなくなってしまったイチゴを安く売ってもらえたのだ。もちろん、みんなでお金は出し合った。
また、余ったイチゴで、イチゴミルクのジュースを作った。
ただし、ミキサーがまだなかった時代なので、ミキサーにほうりこんでお手軽に作ることはできない。ふるいに目の細かい網がはられた裏ごし器という道具でイチゴをつぶし、ミルクに混ぜた。
お次に、シュークリーム。
シュークリームは江戸時代の末期には西洋人によって日本に伝わっていた、意外と日本での歴史が古い西洋のお菓子である。
桜子たちは、最初は上手くできるか不安だったけれど、
さらに、ドーナツもたくさん作った。
みんなはドーナツを
他にも、ハート型や猫、犬、うさぎなどの形に型ぬきしたクッキー。
マシュマロを火であぶった、あぶりマシュマロ。
それに、ホットケーキも作った。
「菜々子さんが喜んで食べてくれるのを想像しながら作ったから、ぜんぜん大変ではなかったですよ。とっても楽しかったです。さあ、食べてください!」
桜子がそう言って、切りわけたチョコケーキを菜々子にすすめると、菜々子はコクリとうなずいてチョコケーキを食べた。
「お……おいしい! すごくおいしいわ!」
「やったぁ! 菜々子さんが笑ってくれた!」
桜子が大喜びしてピョンピョンと飛びはねると、みんなは顔を見合わせながら笑った。
「……でも、人気者の桜子さんだけが誕生日をお祝いされるのならわかるけれど、どうしてわたしのためにこんなにもしてくれたの? わたし、桜子さんに意地悪ばかりしていたし、みんなに話しかけられても無視していたのに……」
「そんなの、菜々子さんと仲良くなりたいからに決まっているじゃないですか。菜々子さんは、わたしのことを嫌っていても、入学式でたおれたわたしを
桜子は、身長差のある菜々子を上目づかいで見つめながら、自分の気持ちを菜々子に精いっぱいぶつけた。
菜々子の瞳に、桜子の真剣な顔が映る。
(わたし、一方的に桜子さんを毛嫌いして、バカみたい……。桜子さんは、お父様が言っていたように、一生懸命に人を愛する温かい人なんだわ。まるで、亡くなったお母様みたいな……)
ふと、大好きだった母カスミの優しげな顔を思い出し、その
桜子の春の陽だまりのように明るく温かな性格は、亡くなった母親に似ている。だから、「こんなちびっ子をお姉様だなんて認められないわ!」と思っていても、心の底から桜子を憎むことができなかったのだ。
入学式で桜子がたおれた時、母が病気でたおれた日のことを思い出して、心臓が止まりそうになるほどうろたえてしまった。
(なんで、年上のお姉さんじゃなかったからという理由で、今まで冷たくしてしまっていたのだろう。意地をはってしまう
菜々子は、ぽろぽろと大粒の涙を流した。意地をはって桜子を
「うっ……ぐす……ひぐっ……。うわぁーーーん‼」
幼い子供みたいに大泣きしだした菜々子は、自分よりもずっと小さい桜子に抱きついた。
「な、菜々子さん⁉ よ……よしよし、よしよし。泣かないでください」
桜子はちょっと戸惑いつつも、菜々子の背中を優しくさする。もうどっちが年下なのかわからない光景だった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 意地悪ばかりして、ごめんなさーーーい!」
菜々子は、わんわんと泣きながら、涙や鼻水を桜子の胸に押しつけてあやまり続けた。
桔梗や蓮華、スミレ、クラスメイトたちはそれをぼうぜんと見つめている。
「菜々子さん。桜子さんが聞きたいのは、
柊子が、おだやかな声で優しくそう言うと、泣きじゃくりながら菜々子はうなずき、
「わたし……桜子さんと仲良くなりたい。ひっく、ひっく……。クラスメイトのみんなとも……。友達になってくれますか?」
と、桜子と桔梗、蓮華たちクラスメイトを見回してお願いした。
「もちろん! これからよろしくね、菜々子さん!」
桜子がニコッとまぶしい笑顔で言うと、みんなも笑いながらうなずいた。
スミレは、菜々子お嬢様にようやく友達ができて、感動のあまりズビズビと鼻水をたらしながら泣いている。
「ありがとう……みんな」
「菜々子さん、これからは家でも学校でも仲良くしよな。わたしたち、これからは友達やもん」
菜々子が友達になってくれてうれしい桜子は、はしゃぎなら故郷の方言でそう言った。
「わたしにも、これからは三重弁で話してください。わたしのお母様も話している時にたまに三重弁になることがあったから、その可愛らしいしゃべりかたを聞くと、心が落ち着くんです」
なぜか桜子に対して言葉が急に丁寧になった菜々子がお願いすると、桜子は菜々子の
菜々子は、初めて桜子に対してやわらかな表情を見せて、ほほ笑んだ。
「これから、ずっとずっと、よろしくお願いします。桜子お姉様」
「はい、よろしくおねが…………ん? 今、わたしのことを『お姉様』って言わへんだ……?」
ビックリした桜子は、聞きまちがえかと思い、たずねた。
「言いましたよ。だって、桜子お姉様は、わたしのお兄様の婚約者なのですから、将来はわたしの義理の姉になるじゃないですか。これからは、学校でいっしょに学ぶ友達として、そして、一つ屋根の下で共に暮らす妹として、桜子お姉様のおそばにずっといます!」
目をキラーンと星みたいに輝かせて、菜々子は桜子の手をギュッとにぎった。
「で、でも、わたしは菜々子さんの年下やし、お姉様って呼ばれるのはちょっと……」
「姉妹になるのに、年齢なんて関係ありません!」
「そんなものやろか~……」
桜子は
「お姉様! 今日からわたしのことを実の妹だと思って何でも言いつけてください! 家の掃除や料理だけでなく、学校で小さなお姉様をいじめる人がいたらわたしがやっつけますから!」
菜々子は、桜子にほおずりしながらそう言った。
こうして義理の妹(年上)ができた桜子は、「う、うん。ありがとうな……」と言いつつ苦笑いするのであった。
「うふふ。仲良くなったと思ったら、年下の桜子さんをお姉様と呼んで甘えだすなんて、ちょっと
「うんうん。面白い子だよねぇ、菜々子ちゃん。あはは~」
桔梗と蓮華がでこぼこ姉妹の桜子と菜々子を見つめながら、そうささやきあった。
この後、桜子と菜々子は、クラスメイトたちに囲まれておいしいお菓子をお腹いっぱい食べ、ピアノが得意な柊子に演奏をしてもらって童謡や流行歌などをみんなで楽しく歌うのであった。
ちなみに、誕生日によく歌われる「ハッピーバースデートゥーユー」の歌がアメリカで登場するのは、桜子の十二歳の誕生日の二年後のことである。
だから、桜子たちが有名な誕生日の歌を歌うことになるのは、もうちょっと未来の話になるだろう。
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